Cups 3


「何か、良いことあったんですか?」
報告書を提出したときに、カカシは受付の中忍に訊ねられた。
「え、何で」
「楽しそうです」
言われて初めて、カカシは鼻歌を歌っていたことに気づく。
門の外ではいつものようにサクラが待っている。
今日はどこに寄り道して帰るか、そうしたことを考えていたら、自然と笑みがこぼれていた。

「分かった、これから恋人とデートなんですね」
「・・・まぁ、そんな感じ」
曖昧に笑ったカカシは手を振りながら部屋から出ていく。
サクラは恋人ではない。
だが、今では恋人である彼女よりも、サクラと過ごす時間が多くなっていた。

 

建物の外であたりを見回すと、塀に寄りかかりながら立つ桃色の髪の少女が見える。
「サクラ」
その声を耳にするなり、サクラは一目散に彼に向かって駆けてきた。
胸に手を置いて息を整える姿が可愛かったから、カカシは頭に手を置いて優しく撫でる。
「お待たせ。どこに行きたい」
「えーとね・・・・カカシ先生の家」
「俺の家―?」
思いがけない言葉に、カカシは素っ頓狂な声をあげる。

「散らかってるよ」
「じゃあ片づけてあげる」
顔は笑っているが、サクラは一歩も引かない。
どうせ、気まぐれな恋人は滅多に家に寄りつかないのだ。
サクラの意図は読めないが、カカシにも特に異存はなかった。

 

 

 

「適当に座っててよ」
サクラを家に入れたカカシは、そのままにしてあったテーブルの皿を流しに運んだ。
サクラも床に散らばる雑誌類をまとめ、干したままの洗濯物を片づけている。
こうしないと座る場所がないのだから、仕方がない。
「・・・先生、どんな生活してるのよ」
「ここのところ、毎日夜に任務が入っていたんだよ。代わりに掃除や洗濯してくれる家族もいないし」
「ふーん」
呆れながらも、サクラの口元が心なし緩んだのは、この部屋に女性の匂いを感じなかったからだ。
そして、鳴り始めた電話を聞いたカカシは駆け足で受話器を取る。

「もしもしー」
「いますぐ来て」
もれ聞こえた声に、カカシの顔つきが明らかに変わった。
忘れるはずのない、声音。
大事な大事な恋人からの、呼び出しの電話だ。
それは、カカシにとって、何があっても優先されるべきもの。
里の長である火影でも、彼女への想いを阻むことは出来ない。

 

「・・・・来客中なんだ」
「私の方が大事でしょ」
当然のように言うと、彼女は待ち合わせ場所のみを告げて一方的に電話を切った。
彼女は初めて会ったときから全く変わらない。
ため息を付いて受話器を置くと、カカシは不安げに自分を見ているサクラと目が合う。
「誰かに呼ばれたの?」
「うん」

サクラはそれが誰か大切な人間からの電話だったことを、敏感に感じ取っていた。
外出の用意をし出したカカシを悲しげに見つめたサクラは、すぐに笑顔作って椅子から立ち上がる。
「じゃあ、私、帰るね」
「どこ行くのさ」
玄関に向かおうとするサクラの腕を掴むと、カカシは訝しげに訊ねた。
「だって、先生、どこかに行くんでしょ」
「そうだよ。やっぱり部屋が汚れてるしさ、ご飯はサクラと外で食べようと思って」
「え」
目を丸くするサクラを見て、カカシは苦笑している。
「でも、電話の人は?」
「サクラの方が大事だよ」

 

 

 

あれから彼女の連絡は途絶えている。
未練がないわけでない。
長い間、ずっと好きだった人だ。
だけれど、サクラと一緒にいて、分かってしまったから。
あの人とでは、幸せになれないということが。
思い出の品をごみ箱に放り、カカシは滲んできた涙を手の甲で拭った。

空いたアルバムのスペースには、失った恋人の代わりに、レンズに向かってはにかんだ微笑を浮かべる少女の写真を入れていく。
彼女の望みが、いつまでも自分と手を繋ぐことであるのを、カカシは強く願っていた。


あとがき??
元ネタはそのまま藤原薫先生の『Cups』。
あんまりというか、読んでも全然分からないと思いますが・・・。
暗い話で申し訳ございませんでした。
以前の私は、何を思ってこんな話を書いたのか。はて。


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