破片


裏切り者には制裁を。
こうして忍びの里の秩序は保たれてきた。
だから、珍しいことではない。
火の国にとって有益ではないと見なされたその一族は、主君の命令によって、木ノ葉隠れの忍びに襲撃を受けた。
男は皆殺しにされ、女子供は売り飛ばされる。
屋敷にはすでに火がかけられ、おびただしい量の血が地表に流れ出していた。

 

 

「これで全員かー」
死者を燃え盛る火の中に投げ入れると、リーダー格の上忍は僅かな数の生き残りを一つの場所に集めた。
皆、体を寄せ合い、怯えた眼差しで暗部の面を着けた忍び達を見ている。
目を凝らした上忍は、彼らの中から一番顔立ちの整った娘を選び、無理矢理体を引き寄せた。
「戦利品だ!お前らも好きなの一人、持っていっていいぞ」

瞬時にして歓喜の声と悲鳴が入り交じったその場所は、阿鼻地獄そのものだ。
逆らうことの出来ない娘達の体を嬲り、飽きたら女郎宿に引き取ってもらえばいい。
こうしたことが目当てで任務に参加する忍びもいたが、早々に現場を去ろうとする彼には全く興味のないことだった。

「カカシ、お前は?」
「俺は・・・」
仲間の言葉に、「いらない」と答えようとして、彼は口をつぐんだ。
目の前の惨状をどうすることも出来ずに佇む、一人の子供が彼の視界内にいる。
細い手足を震わせ、泣くこともできない子供が、どうしようもなく哀れに思えた。
暫く考え込んだあと、カカシはその子を指差して仲間を見やる。
「あの子をもらう」

 

 

 

破れた衣服を身につけ、顔は煤だらけ、髪も埃で真っ黒だった。
何度も噛み付かれながら、暴れる子供を風呂に入れたカカシは、その変化に目を見張る。
カカシのぶかぶかのシャツを着て強張った表情で立ちつくすのは、桃色の髪の可憐な少女だ。

「女の子・・・だったんだねぇ」
頬をかいたカカシは、困ったように呟きをもらす。
捕虜の中で一番汚く、小さい子供に労働力は期待出来ない。
あの場で殺されてしまうのが目に見えていたから、カカシはその子を引き取った。
だが、性別が女となれば、また違った使い道があるはずだ。

 

「ちょっとはやまったかな」
カカシがポンッと頭に手を置くと、彼女は間髪入れずに振り払う。
親兄弟を殺され、望まぬ場所に連れてこられた子供が心を開かないのは当然だった。
警戒する子供をどう扱うか悩むカカシは、クシャミをした彼女に自分の羽織っていた上着をかける。
「ごめんな。もう少ししたら、ちゃんと新しい家族を見付けてあげるから」
「・・・・」

無言のまま顔をあげた彼女に、カカシは笑いかけた。
その手が払われることがなかったのは、上着が欲しかったせいなのか、彼の言葉が心からのものだと気づいたからか。
カカシは彼女の表情から読み取ることは出来なかった。

 

 

 

 

「えーと、今日の煮物は会心の出来なんだけど、どうかな・・・」
朝食の途中、カカシは向かいの席にいる彼女を上目遣いに見る。
食事のたびに、何とかコミュニケーションを取ろうとするカカシだが、彼女が応えてくれることはない。
黙々と箸を動かす彼女に、カカシは小さくため息を付く。
それでも、食べる気になってくれただけでも、有り難いことだった。

ここに連れてきて数日は、飲み食いを全て拒んだ。
何とか日常生活を営めるまでに回復したのは、カカシの忍犬達のおかげだった。
生来動物好きの彼女は犬達だけにうち解けて話しをする。
その彼らに懇願されては、ハンストも中止せざる得ない。

 

「パックンが「サクラ」って呼んでいたけど、それが名前でいいんだよね」
「・・・・」
「今日は忍犬達を全員連れて行くけど、一人でお留守番平気?」
「・・・・」
殆どカカシの独り言のようだったが、聞こえてはいるはずだ。
「駅前に評判の洋菓子店があるんだけど、ケーキとプリン、どっちが好きかな。お土産に買って帰るよ」
辛抱強く答えを待っても、サクラは俯いたままだ。
無性に悲しい気持ちになりつつ、カカシは自分の茶碗類を持って椅子から立ち上がる。
小さな声が微かに耳に届いたのは、その直後だった。

「プリン」

 

 

 

「えへへ。可愛いよね〜、プリンが良いってさ」
足元に忍犬を数匹引き連れながら、カカシは満面の笑みで帰路についている。
手には、プリンが1ダース入った袋を持っていた。
「買いすぎじゃないのか?」
「だって、嬉しかったんだもん」
呆れている忍犬に、カカシは笑顔で答える。
この日の任務は面倒なものばかりだったが、カカシはずっと上機嫌だ。
彼女の照れたような横顔が、忘れられない。

「これを食べたら、笑ってくれるかな」
足取りも軽く玄関の扉を開けたカカシは、すぐにその異変に気づいた。
仕事柄、鍵は厳重にしてあるというのに、それは全て解除されている。
しかも、外から無理にこじ開けるやり方で。
「サクラ!」
家の中へと駆け込んだカカシは、目にした光景に、頭の中が真っ白になった気がした。

 

サクラは居間で本を読んでいるときに、侵入者に出くわしたのだろう。
カーペットの上には本が散らばっている。
組み伏せられたサクラの顔は涙に濡れ、服は胸元が大きく裂かれていた。
彼女の上に馬乗りになっているのは、カカシが懇意にしている暗部の仲間の一人だ。

「・・・・何を、している」
「カ、カカシ、その、これは違うんだよ」
動揺する彼は、カカシから目をそらしながらゆっくりと立ち上がる。
逃げようとする彼に、カカシは隙を与えない。
「まだ、何もしていないから。そう、怒るなよ」
「何をしに来たか聞いているんだ」
カカシの声はどこまでも冷ややかだ。
内心の怒りを堪える瞳を見ただけで、彼は心臓を鷲掴みにされたようだった。

「彼女は、あのときの生き残りだろ。お前がいやに大事にしてるようだから、どんな感じなのかと様子を見に来たんだ」
「で、わざわざ俺がいないときを狙ったわけ」
声音の鋭さとは裏腹に、カカシは穏やかな微笑を浮かべる。
「もう一度やったら、命の保証はしないよ」

 

這々の体で駆け出した彼の後ろを眺めつつ、カカシは唸り声をあげていた忍犬達を制する。
仲間内ではあまり評判のよくない男だ。
彼に少しでも気を許していたかと思うと、気分が悪くなった。

「サクラ、もう大丈夫だから」
嗚咽を漏らすサクラの肩を叩くと、彼女はカカシの体にしがみついてくる。
抵抗したときにやられたのか、顔には殴られたあとが残っていた。
自分といれば、また危険な目にあうかもしれない。
一刻も早く彼女の引き取り手を見付けなければならないというのに、躊躇している自分の気持ちがカカシにも分からなかった。


あとがき??
楽しかったです。
映画『トロイ』のアキレスとブリセウスのイメージでした。(『レオン』も有り?)
私、このカップリング大好きなんだわぁ〜。
十分満足したので、続きを書くかは微妙です。(^_^;)


暗い部屋に戻る