破片 2


「カカシは、そう悪い人間じゃないぞ」
「・・・・うん」
膝の上にのる忍犬を見つめ、サクラは小さく頷く。
彼は自分の両親や、一族の者を虐殺した忍びの一味だ。
死んでいった彼らのためにも、憎まなければならない。
そう思うのに、温かみのある彼の微笑を見ると、どうしても気持ちが萎えてしまう。
親身に自分の世話をする彼の心に、偽りはないのだと信じたくなるのだ。

素直になれないサクラがつっけんどんな態度を取っても、カカシは気にしない。
代わりに、サクラが少しでも穏和な応対をすれば、馬鹿のように喜ぶ。
カカシとの生活になじみ始めているのは事実で、近頃は彼に対してどういった態度をとればいいのか、サクラはよく分からなくなっていた。

 

「戻ってきたぞ」
忍犬の言葉に反応して振り向くと、走ってくるカカシが目に入る。
犬の散歩がてら、サクラを連れ出したカカシは彼女を公園のベンチに残して姿を消していた。
サクラの前まで来ると、カカシは彼女に二色のジェラートがのったコーンを差し出す。
「サクラ、甘いもの好きだよね。公園の脇にあるこの店のジェラート、有名なんだよ」
「拙者達には?」
「ない。はい、サクラv」
「・・・・有難う」

カカシを睨んでいる忍犬達の目を気にしながら、サクラはコーンを受け取る。
注意していないと聞き取れない声量だったが、カカシは母親の褒められたときの子供のような笑顔を見せた。
サクラが思わす目線を逸らしたのは、赤くなった頬を見られないためだ。
彼のことは嫌いではない。
だから、困っているのだ。

 

ナルトやいのという同世代の友達が出来、サクラは楽しい毎日を過ごしている。
カカシに連れられていった場所で会う木ノ葉隠れの里の人達は、皆サクラには優しかった。
だが、彼らに笑顔を返すたびに、罪悪感で胸が痛くなる。
無惨な死に方をした家族のことを、忘れたわけではない。
いっそ手酷い扱いをされれば、周りを非難することで、サクラは楽になれていたはずだ。
ベンチの隣りに腰掛けたカカシを横目に、サクラは泣きたい気持ちで俯いていた。

 

 

 

 

「俺の家って、そんなに侵入しやすい場所かなぁ・・・」
散歩から帰ったカカシは、家の扉が派手に壊されているのを見てがっくりと肩を落とす。
目を丸くしているサクラほど驚いた様子ではないのは、犯人がすぐに分かったからだ。
5代目火影に就任したばかりの綱手。
女の身ながら、馬鹿力では彼女の右に出るものはいない。
気の短い彼女が、侵入者対策の鍵や仕掛ごと扉を破壊することはままあることだった。

「・・・何か、急な任務かね」
カカシは怯えるサクラの肩に手を置きながら、中へと入っていく。
用件は何となく予想できたが、火影が相手では、逃げるわけにもいかなかった。

 

 

「あれ、本当に可愛い子だねぇ」
勝手に冷蔵庫から出した缶ビールを飲んでソファーでくつろいでいた綱手は、サクラを見ながら目を細める。
口調はのんびりとしていたが、目は鋭さを失っていない。
思わずカカシの後ろに隠れたサクラだが、彼は平然と綱手の瞳を見詰め返している。
「密告ですか」
「そうそう。あんたと暮らしている女の子が、死んだはずの一族の生き残りだって、教えてくれた奴がいてね」
鼻先で笑った綱手は、ビールを口に含んで飲み下す。
「全く、困ったもんだよ。皆殺しにしろって言ったのに、あんた達の部隊はいつも色気付いて女子供を目こぼしするんだからさ」

体を強張らせたサクラを、カカシは抱き寄せる。
あの場にいた女子供の何人かは、確かに生き残っていることだろう。
だが、生きていることを感謝する境遇にいるとは思えない。
唇が白くなるほど噛みしめているサクラを見たあと、カカシは再び綱手へと視線を戻す。

 

「それで、火影様はサクラを捕まえに来たんですか」
「まぁ、そういうこと。木ノ葉の住民票を持っていない人間を、ここに住まわせるわけにいかないからね」
「それなら、大丈夫ですよ。サクラは木ノ葉の人間です」
「何ー?」
きっぱりと言い切るカカシに、綱手は眉を寄せて聞き返す。
「サクラは俺の婚約者です。伴侶が木ノ葉の者なら、住民票だって発行出来るでしょう?」

思いも寄らない言葉に、呆気にとられたのはカカシ以外の全員だ。
綱手とサクラ、そして足元の忍犬達もカカシを凝視している。
「あんた、自分が何を言っているか分かっている?その子、まだ子供じゃないのさ」
「今すぐなんて言っていませんよ。成人するまでは、保留期間にしておいてください」
「・・・・・」
揺るぎない声音とその眼差しに、綱手はカカシが本気なのだと悟る。
だからといって、簡単に引き下がるわけにもいかなかった。

 

 

「サクラっていったね。こっちに来な」
「・・・・」
「取って食いはしないよ」
怖々と自分を見やるサクラに綱手はくすりと笑う。
カカシに背中を押されたサクラは、そのまま彼女のすぐ手前まで歩みを進めた。
「この里に恨みを持つ者に、滞在許可を与えるわけにはいかない。あんた、家族を殺した忍びを憎んでいないのかい?」
「憎いです」
サクラは迷うことなく即答し、カカシは頭を抱えた。

里に害をなす可能性のある不穏分子は、即排除。
木ノ葉隠れの里の基本理念だ。
カカシがいくら彼女をかばおうとしても、本人が助けを請わなければ意味がない。
自分を真っ直ぐに見据えてくるサクラに、綱手は口元を緩める。

「じゃあさ、後ろで心配そうにあんたを見てる上忍のことはどう思う?」
問い掛けた瞬間、サクラの瞳を過ぎった動揺の色を綱手は見逃さなかった。
後方の様子を気にしつつ、サクラはゆっくりと声を出す。
「・・・・家族を、殺されたことは忘れません。でも、この里の人達のことは嫌いじゃないです」
「そうかい」
明るい笑みを浮かべた綱手は、立ち上がるなりすたすたと玄関に向かって歩き出した。
そして、すれ違いざまにカカシに小判を数枚手渡す。
「私、帰るから。これで扉を直しておくれ」
「あの、サクラは?」
「あんたが嫁にするんだろ。里の人間を嫌いじゃないなんて言っている子供を始末する必要はないよ。がたがた言う奴がいたら、私がぶん殴ってやる」

 

手を振って出ていく綱手に、カカシは頭を下げる。
彼女の温情に、心から感謝しながら。
サクラを拘束しようと思えば簡単だ。
情けをかけたのは、彼女を思うカカシの気持ちをくみ取っての判断に違いなかった。


あとがき??
英さん他、続きが読みたいとおっしゃっる方が数名いたので、頑張ってみました。
・・・・でも、終わらない。(涙)
もうちょっと艶めいた話のはずだったのだが。あれー?
密告者は、もちろん最初の話でサクラに狼藉を働いた奴ですよ。
3を書くとしたら、たぶんエピローグ的なもので、短いです。


暗い部屋に戻る