破片 3


サクラの夢には毎日のように死んだ両親や兄弟が出てきた。
幸せだった家族の日常が夢の中で繰り返される。
だが、それは長続きしなかった。
子供のサクラには分からない、大人達の諍いの末、木ノ葉隠れの里の忍びの襲撃により近隣に住んでいた一族は死に絶える。
サクラが泣いても、喚いても、過去の情景は変らない。
燃え盛る家屋敷を呆然と見つめ、サクラは絶望的な気持ちでその場に一人残される。
そして最後に、恨めしい表情の家族が、殺されたときの無残な姿でサクラの前に立つのだ。

何故、お前だけが生き延びた。
全てを忘れ、明るく笑っていられるのか。
自分達を殺した木ノ葉の忍びの情けに縋って生きるなど、許せない。
祟り殺す、呪い殺す。
生前は考えられない暗い顔の家族、親戚、縁者に囲まれ身動きが出来ない。
まとわりつく邪気に耐え切れず、サクラは甲高い悲鳴を上げて覚醒した。

 

 

「サクラ」
優しく、頬を撫でられる。
サイドテーブルにある明かりに照らされ、労わるように見つめる瞳に、サクラはようやく呼吸することを思い出した。
「大丈夫、大丈夫だよ・・・・もう、怖くないから」
涙を流し、荒い呼吸を繰り返すサクラを抱き寄せるとカカシは何度も繰り返して言う。
不眠症のサクラは一人ではけして眠ることが出来ない。
最初の頃は忍犬が、今ではカカシが傍らで付き添い、彼女の掌を握っていてようやくうとうととし始める。
それにしても、わずかな時間だ。
「父様、母様・・・・」
腕の中で、無意識に呟かれた小さな声にカカシの手を震えた。
サクラがこうして苦しんでいるのは、彼の責任でもある。
今では笑顔を見せてくれるようになったサクラだが、たまに沈んだ表情になるのは、家族を思い出しているのだろう。

任務を全うし、春野の人間を殺したことをカカシは悔いてはいない。
しかし、サクラを知った今ならば、同じことをしろと言われてもおそらく無理だ。
傷ついた彼女を何とかしたいと、それだけを毎日考えている。
復讐を果たせば、自分がサクラに殺されれば、少しでも彼女は救われるのか。
そんな考えが、ちらりと頭を横切った。

 

 

 

「何で、そんなに夢中なんだよ」
「えっ?」
「毎日毎日、そんなに土産買って帰って、煙たがられてねーのか?」
カカシを半眼で見つめるアスマは、心底不思議そうに訊ねる。
仕事の帰り道、偶然道で出くわしたカカシは、サクラが着る服や食べる菓子を山のように手に抱えていた。
未来の嫁を手懐けようと必死のようだが、アスマにはその思惑が全く分からない。
聞けば、痩せぎすのあまり特徴のない少女だという。
美女に入れ込むなら分かるが、死にぞこないの子供などに興味を持つ心理が理解できないのだ。

「・・・俺は、許して欲しいのかもしれない」
「ああ!?」
「今までいっぱい殺してきたから。それが仕事だってことは分かっているけど、時々、胸が痛くなる。サクラを拾ったのは偶然だったけど、彼女だけでも、生きていて欲しいと思って」
訥々と語るカカシは、最後にアスマを見て困ったように笑った。
「いまさらだよなぁ」

サクラ一人と助けたところで、掌に染み付いた血が取れるはずがない。
それでも、サクラの笑顔を見ると安心して、心が少しだけ軽くなる気がするのだ。
自己満足といえば、それだけのこと。
サクラはカカシのことなど大嫌いで、一刻も早く家を出たいと思っているかもしれない。
彼女がそばにいるのは、カカシの婚約者という身分があってことだ。
他に選択肢がないために、そばにいる。

「おい、カカシ!!」
足元をふらつかせたカカシに声をアスマがかけたとき、彼はすでにその場に倒れこんでいた。
昼間の仕事中、写輪眼を使いすぎたようだ。
いつもならば少し休んで帰宅するのだが、自分の体力を過信していたらしい。
カカシは心配性の同僚に担がれて、病院に運ばれる。
サクラの土産を、早く渡さないと。
眩暈を起こしながらも、カカシは自分の帰りを待っているサクラの顔が、早く見たいと思った。

 

 

「馬鹿!!疲れているなら、お土産なんて買ってないで、早く家に帰って休めばいいでしょう!!何やってるのよ」
「・・・・ごめんなさい」
連絡をもらい、病院に駆けつけたサクラはベッドに横たわるカカシを開口一番に叱り付ける。
傍らで付き添っていたアスマが驚くほどの剣幕だった。
「お嬢ちゃん、ここは病院だし、もう少し静かに・・・・。カカシは明日になったら、帰れるそうだし」
「あ、す、すみません。カカシさんを運んで頂いたみたいで、有難うございます」
謝罪のあと、サクラはアスマに丁寧に頭を下げて礼を言った。
滅んだ一族の生き残りと聞き、どんな蓮っ葉な少女かと思われたが、意外に礼儀正しい。
好印象を抱いたアスマに、カカシは目ざとく気づいたようで忠告を忘れない。

「サクラは俺のだからね、手は出すなよ」
「俺に先物買いの趣味はねーよ」
「失礼なこと言わないでください!」
アスマとサクラ、両方に怒鳴られてさすがにカカシはしゅんとする。
振り向いてアスマを見上げたサクラは、にっこりと笑った。
アスマはカカシと違って少女愛好家ではなかったが、確かにほだされるかもしれないと思う笑顔だ。
「じゃあ、俺はもう帰るぞ」
「ああ、悪かったな」
扉が閉まり、病室に二人きりになるとサクラはすぐさまカカシに駆け寄る。
心配そうに見つめるサクラと目が合い、カカシはなんだか申し訳ない気持ちになった。
力の使いすぎで倒れるのはいつものことで、大騒ぎすることではないのだ。

 

「お願い。無茶なことしないで、体を大事にして」
「・・・・サクラ」
「あなただから、私はいるのよ」
カカシが何かを口にする前に、サクラは彼の掌を握って自分の頬へと持っていく。
いつでも、サクラを支えてくれていた優しい手。
このぬくもりを失えば、今度こそ生きてはいけない。
「本当なら絶望して死んでいた。でも、一緒にいたかったから。誰に何を言われても、悪夢を見ても、あなたが優しかったから・・・・」

途中、サクラはこぼれた涙のために声を詰まらせた。
最後まで言わずとも、伝わっているはずだ。
サクラは繋いだ手を、痛いほど強く握り締める。
「もう私を一人にしないで」
「・・・うん」

救ったはずの子供に救われて、何故だか無性に泣きたくなった
必要としていたのは、自分の方だ。
いつか、サクラがこの手を不要だと思うときがきても、それでもカカシは離すことが出来そうになかった。


あとがき??
なんだか新作が書けないので、適当に昔の作品を引っ張り出してみました。
終わって良かったです。


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