夢から覚めた夢 U


神護の森にたどり着くと、時刻は正午近く。
どんなに集合時間が早くても、担当上忍が毎回遅刻するので目的地がつくころにはお昼になってしまう。
昼食を手早くすませ、さっそく7班は準備に取り掛かった。

「見つけたらすぐ無線で知らせること」
カカシのその言葉と同時に、下忍三人は思い思いの場所に散った。
「じゃあ、俺はそれまで待機してるとするか」
カカシは犬探索を三人にまかせて、早速いつものように愛読書を取り出す。
この場所は森への入り口にあたり、“神護の森”のたて看板と共に、丁寧に座るのにちょうどいい切り株が並んでいる。
森に来る時は自然に7班の集合場所となっていた。

カカシが切り株に腰掛け読書を始めると、たいして時間が経過しないうちにある気配に気づく。
相手に悟られないよう上手く消しているが、わずかな気の乱れにカカシは敏感に反応した。
威嚇するように鋭い視線をその方向に向ける。
「誰だ」
相手は暫くカカシの様子を窺っていたようだが、カカシが声をかけるとすぐに気配を隠すことをやめた。

「カカシ、そう怖い顔するなよ。俺だよ俺」
笑顔で林の間から姿を現したのは、顔見知りの上忍。
「なんだ」
カカシは瞬時に緊張をとく。
「どうしてお前がこんなところにいるんだよ」
「それはこっちの台詞だ」
カカシの問いかけに、相手も訝しげな表情をかえす。
この上忍は抜け忍の始末や大名クラスの重要人物の護衛などA級任務を専門に行っている。
それがこの神護の森に一体何の用があるというのか。
まさか自分のように犬の探索というわけではないだろうに、とカカシは不審に思った。

「俺はいつもの犬探しの任務のために下忍と一緒にここに来てるんだけど」
上忍仲間は首をめぐらす。
「その下忍達はどこにいるんだ」
「もう犬探しに行ったけど」
カカシがそう言うと、その上忍は急に険しい表情になった。
「それはまずいな」
彼は口元に手を当てて考え込む。

「実はこの神護の森に凶悪な強盗犯が逃げ込んだみたいなんだ。しかも、そいつを追った中忍が二人殺されてる」
カカシは思わず表情を硬くした。
中忍では手におえないということで、上忍の彼が駆り出された。
相手はかなりの手だれということだろう。
そのような事情があるなら、犬探索などというDランク任務は当然延期となっているはずだ。
どこかで情報の行き違いがあったらしい。

「早く連絡をとることだな」
という言葉を残して彼は早急に姿を消した。
言われずともカカシはすぐに三人に無線で呼びかける。
幸い、ナルトとサスケはカカシの呼びかけにすぐに応えてきた。
まもなくこの集合場所へ現れるだろう。
だが残る一人、サクラとはどうしても通信ができない。
電波の届かない場所にいるか、または通信できない状況なのか。

心に不安が広がっていく。
急く気持ちを押さえることが出来ない。
カカシはナルト達が姿を見せるのを待たずに駆け出していた。

 

その頃、まさにサクラは通信のできない状況というものに追い込まれていた。
強盗犯と対峙している。
サクラは彼が強盗犯だということは露とも知らない。
ただ、サクラの姿を見た相手が有無を言わせず向かってきたのだ。
サクラの額当てを見て、自分を追ってきた者と勘違いしたのかもしれない。

わけが分からないなりに、サクラは術を交えながらクナイを使って応戦する。
相手が自分を殺そうとしてかかってきていることは、その眼を見れば分かる。
だが相手は中忍をも倒したつわもの。
流派は分からないが、免許皆伝の刀の使い手だとサクラは推測した。
到底サクラのかなう相手ではない。
しだいに追い詰められたサクラは防戦一方、その途中うっかり通信機を落としてしまった。
拾いに戻る余裕はなかった。

カカシ先生の元にさえたどり着けばこんな相手などすぐに倒す事ができるはずだ。
そう思ったサクラはとにかく逃げることに集中していた。
よく知っている森だからまだ余裕を持って逃げられているが、サクラに有利な条件といったらそれだけだ。
事前に決められた集合場所まではまだ距離があるし、相手もサクラと全く同じスピードでついてくる。

サクラが攻撃をかわしながら逃げる方向を算段していたその時、相手の放った小柄の先に小動物がいることに気づいた。
写真に写っていた、今回の任務で探索していた犬。
とっさに犬を抱えたサクラは、相手の攻撃を避けきれず、小柄を腕にうけ倒れこんだ。

 

現場に到着したカカシの眼に最初に入ってきたのは、傷ついたサクラと、彼女の命を奪おうと刀を振りかざす男の姿。
手加減する気はまるっきり起こらなかった。
忍犬を使い相手の動きを封じ、その心の臓へとクナイを一突き。

男の返り血が、わずかに顔にはねた。
肉にくい込む刃物の感覚が手に伝わる。
声もなく倒れこむ相手の顔をカカシは無表情に見下ろした。
何の感慨もない。
カカシはただ血の匂いが懐かしいとだけ思った。

相手の身体からクナイを引き抜くと同時に、自分の背後にいる存在がカカシの気分を落ち着かないものにした。
見ると案の定、サクラは顔面蒼白。
怯えた瞳でカカシを見ている。

 

嫌だな。
これでこれからサクラに避けられることは確実だ。
たぶんサクラははこのまま自分を振り返ることなく、サスケやナルトのいる場所へと逃げ去っていくことだろう。

でもそれでいいのかもしれない。
自分はこんなふうに簡単に人の命を奪える男なのだ。
7班で笑っている自分の方が偽りの姿。
サクラが自分に近寄ってこなければ、彼女に対する想いを断ち切れるかもしれない。

 

そう考えていたから、カカシはサクラの行動に度肝を抜かれた。
立ち上がったサクラは何の迷いもなくカカシに向かって走り寄ってきたのだ。
そして目を丸くしているカカシの首筋に飛びついた。

「先生、ごめんなさい」
サクラは泣いている。
泣いてカカシに謝っている。
「何が?」
戸惑いを隠せないカカシの瞳を、サクラはまっすぐに見つめる。
「私のせいで、先生、この人を・・・」
「別に、そんなに謝らなくてもいいよ」
慣れてるから、という言葉をカカシはあやうく飲み込み、サクラを安心させるように微笑む。
いや、微笑もうとした。
「でも、人を殺して後悔しない人なんていないよ」
サクラの口から出たその言葉が、カカシの胸に突き刺さった。
表情が、凍りつく。

 

後悔。
サクラ、何を馬鹿なことを言うんだ。
俺はとっくに何人もの命を奪っているんだ。

後悔。
上忍の中でも、暗部といえばエリート中のエリート。
自分から志願したはずだ。

後悔。
そんなものいちいちしていたらきりがない。
自分はそんなに弱い人間じゃない。

後悔。
でも暗殺任務に憂鬱にならなかったことなんてあっただろうか。
任務の後はどんな気持ちだった?

後悔。
殺す事は慣れている。
本当に?

後悔。
最初に人を殺した時、どう思った?

後悔。
仲間をかばって自分に無理な戦いを挑んできた相手をみて何を考えた?

後悔。
遺留品から幸せそうに微笑む家族の写真が出てきた時は?

後悔。
ターゲットが年端のいかない子供だった時は?

後悔。

したよ。

沢山。

 

「うあああぁぁぁーーー!!」
カカシは叫び声をあげてサクラを突き飛ばした。
頭を抱えてうずくまる。
「せ、先生」
態度を急変させたカカシに驚きで眼を見張りながらも、サクラはおずおずと手を差し出した。
ためらいがちに、カカシの背に触れる。
触れた先から、サクラのぬくもりが伝わってくる。
苦しげに顔をゆがめたカカシは睨むようにしてサクラを見た。

サクラは危険だ。
サクラといると彼女の暖かい気持ちが流れ込んでくる。
そして、自分の中のいらぬ感情がよみがえってきてしまう。
それは忍びには必要のないもの。
そんなものがあると、いつか自分の犯してきた罪に耐えられなくなる。
暗部で精神を病んだ人間など数え切れない。
自分がその仲間になることなどごめんだ。

早く排除しなければ。
狂ってしまう。

考えるより先に身体が動いていた。
サクラの首に伸ばされた手。
カカシはもう自分が泣いているのか、笑っているのか、それとも全くの無表情なのか、それすら判断できなかった。
ただ、自分に向かって吠える犬の声がいやに耳障りだと感じた。


あとがき??
うーん。変なところできっちゃったなぁ。
どうしよう。この続き〜。
「るろ剣」の宗ちゃんなカカシ先生〜。


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