夢から覚めた夢 V
どこまで夢?
どこから現実?考えたことはなかったけれど、今はその境界がひどく曖昧で。
頭が上手く働かない。
酸素が、足りない。私の言葉に狼狽した風だったカカシ先生。
いきなり私の首を掴んだかと思うと、大地の表面へ押し倒した。
それから私の視界に広がったのは、今朝夢にみたものと全く同じ情景。
やっぱりこれは夢なんだなぁとサクラは思う。
最初は苦しかったのに、そうでもなくなってきたから。
サクラは抵抗しない。
ただ呆然とカカシを見上げていた。
やはり逆光でその表情を読み取る事は出来ない。
でも、これがあの夢と同じならきっとカカシ先生は泣いている。
どんなことがあっても余裕の表情をしているはずのカカシ先生の涙は、私の胸を苦しくさせる。
カカシ先生が泣いている。
それだけで、何故かたまらなく切ない気持ちになる。
だから。
きっと、私が笑えばカカシ先生はいつものように笑顔を返してくれるから。
目を閉じたサクラは、唇の端をかすかに緩ませた。
上手く微笑む事ができたのかどうか、サクラには分からない。
喉に新鮮な空気が入ってくるのを感じ、サクラは激しく咳き込んだ。
むせて気持ちが悪い。
視界が涙でにじむ。
ここまではサクラの見た夢と全く酷似していた。
夢の中のカカシもサクラの命を奪うことはしなかった。
しかし、この後サクラは夢から醒めてしまってどんな展開が待っているのか全く予想がつかない。「サクラ、サクラ大丈夫か」
首をしめた張本人であるカカシが、涙を流してサクラの肩を掴んだ。
平気。
そう言おうとしたが、サクラはまだ声をうまく出す事ができなかった。
口から出たのは、単語にならない言葉。
サクラの首には鬱血した痣が痛々しく残っている。
それを見たカカシはより一層顔を歪ませ、苦しげな息をするサクラをきつく抱きしめる。「サクラ、サクラ、サクラ」
カカシはサクラの名前を連呼した。
まるでその場から去ろうとしている魂を呼び戻そうとするかのように。
サクラを抱くカカシの腕の力は強すぎて、サクラには息苦しい。
それでもサクラはカカシの呼びかけに応えたいと思った。
そして、声が出ないことに対して激しい苛立ちを感じた。
どうしてカカシ先生が私を殺そうとしたのかは分からない。
ただ、私の言葉がカカシ先生を追い込んでしまったのだということは理解できた。
私よりも、カカシ先生の方がずっと辛そうな顔をしている。
7班で行動している時、私達を見ているようで、どこか遠くを見つめているようだったカカシ先生。
傍にいるはずなのに、別の世界の人みたいで嫌だった。
でも、今こうして私を抱きしめているカカシ先生は、確実に私だけを見てくれている。
今なら、私の気持ちを伝えることができそうな気がした。
サクラはカカシの身体を軽く押した。
その力は微力なものだったが、カカシは素直にサクラから手を離した。
カカシの傷ついた表情。違うのに。
サクラは頬を緩ませるとカカシの唇に口づけた。
布越しのキス。
驚いているカカシに、サクラはもう一度その行為を繰り返す。
カカシの顔についた血を手で拭い、サクラは笑顔でカカシの身体に抱きついた。声の出ないサクラの精一杯の愛情表現。
「俺はお前を殺そうとしたんだぞ。人だって数え切れないほど殺してる」
カカシの言葉に、サクラは首を振り、カカシから手を離そうとはしなかった。
再び、カカシの瞳から涙がこぼれ落ちる。
サクラは天使だ。
サクラの命を奪おうとした自分に変わることのない笑顔を向けてくれる。
サクラが抵抗するようなら、きっと自分は手の力を緩めることはなかった。
あの時、サクラの微笑みは自分の全てを許してくれていた。
サクラと一緒にいると、自分の罪が浄化されていくような気がする。
サクラが傍にいてくれるなら、罪悪感による死よりも、償いのための生を選べる。カカシは先ほどと違い、サクラが苦しくないよう、やわらかく彼女を抱きしめた。
「サクラちゃん、どうしたの!」
サクラを抱えて集合場所に現れたカカシに、ナルトが走りよってくる。
「急いで来てみたら、カカシ先生いないし、サクラちゃんも来ないし」
よほど心配していたのかナルトの顔は泣きそうだ。
「それは?」
サクラの首元を見ながら、サスケが訊ねた。
「ああ。森に強盗犯が逃げ込んだらしくてな。サクラ、今声でないから」
「ええ!!サクラちゃん、大丈夫」
カカシの腕の中のサクラをナルトが心配そうに覗き込む。
ナルトはその時サクラが探索中の犬を抱きしめていることに気づいた。
何も知らないその犬は、すやすやと寝息を立てている。
森をうろついたせいで薄汚れているが、怪我はない。「犬、サクラちゃんが見つけたんだね」
「ああ、今日の大手柄はサクラだ」
サクラの代わりにカカシが答える。
「でも、怪我しちゃうなんて」
ナルトが悔しそうに顔を歪ませる。
「俺がいたらそいつをこてんぱんにのしてやったのに」
カカシはサクラの傷が強盗犯にやられたものだとは言わなかったが、ナルト達は都合よく考えたらしい。
息を撒くナルトの言葉に、サクラは笑顔を返した。その笑顔に、カカシだけでなく、ナルトやサスケもホッとした表情をした。
あとがき??
うーん。ラブラブ。
誰か一人でも、存在を認めてくれる人がいれば、生きていくことはできるんじゃないかなぁと思った話。
たとえカカシ先生が目の前で人を殺しても、変わることなく胸に飛び込んで先生を抱きしめることのできるサクラちゃんと、サクラちゃんの首をしめるカカシ先生が書きたかっただけ。