螺子とランタン


諸外国の圧力に屈し、幕府が開国をして30年。
江戸は海を渡り遠い国から伝わった西洋の文化と日本古来の文化が混在する異色の都となっていた。
頂点に将軍が座し、その下に華族、士族と続く階級社会。
通常、一般家庭で育つ子供が教育を受ける場所は近くの寺子屋だ。
そして身分の高い家に生まれた男子は寄宿学校へ、女子は家庭教師がついて学ぶと決まっている。
この日、新たな職を探すカカシが招かれたのは、将軍家の血筋を引くという名門中の名門華族の家だった。

 

「お荷物はそれだけですか?」
「あー、はい、はい。そうです」
廊下を歩きながら、調度品の豪華な壺に目を奪われていたカカシは、先を行く執事の言葉にのんびりと相槌を打つ。
ちらりと後ろを執事は何とも不安な人物が来たと思ったが、彼が幼い時分に異例の早さで大学を卒業した秀才なのは事実だ。
教授の紹介状も間違いなく本物で、書類上は不審な点は見あたらなかった。
これから住まう部屋に手荷物を置いたあとは、いよいよ令嬢との対面ということになる。

恩師である教授に尻を叩かれてこの家に来たカカシだが、実は彼には働かずとも食べていける親の遺産が手元にあった。
教授の呼び出しさえなければ、のんべんだらりと日々を過ごしていたはずだ。
元教え子の自堕落な生活を心配した教授の親切心だとしても、本人にしてみれば迷惑以外の何ものでもない。
人に勉強を教えた経験もなく、子供も嫌いだ。
そして、華族の女児といえば、甘やかされて我が儘に育った小生意気な子供に決まっている。
執事が家の中を案内して回る間、カカシが考えていたことといえば、どうやってこの仕事を辞めるかということだけだった。

 

 

「こちらが、サクラお嬢様の部屋です」
「はい」
廊下の奥まった場所にある扉が開かれるのを、カカシはほんの少しの期待感と共に見つめる。
すぐに辞めるにしても、相手は深窓の令嬢。
どのような美少女なのか興味がないわけではない。
そして部屋に入ってすぐ、数人の女中に囲まれて立つ彼女にカカシの眼は吸い寄せられた。

「はじめまして、先生・・・」
それから何か言葉を続けたサクラだったが、彼の耳には入ってこない。
明るい桃色の髪に緑の瞳、品のある物腰に知的な面立ち、年が少々若いことを除けば完璧に好みのタイプだ。
瞳の色に合わせた浅葱色の着物も、笑顔も、可愛いの一言に尽きる。
「あの・・・、大丈夫ですか」
黙ったままサクラを凝視しているカカシに、傍らの執事が声をかける。
具合でも悪くなったのかと危惧したのだが、彼の輝く瞳を見れば体調が良好なことはすぐ分かった。
「何だー、可愛いじゃないの!ねぇ」
「は?」
すたすたとサクラに歩み寄ると、カカシは彼女の頭にぽんっと手を置く。
「うん、合格、合格!!これからよろしくね」
満面の笑みを浮かべるカカシを見つめ、より一層不安を募らせる執事と使用人一同だった。

 

 

 

 

「うさんくさい、うさんくさいわよ。きっとこの家の財産を狙ってもぐりこんだに違いないわ」
「でも、先生、お金は持っているみたいよ。いろいろプレゼントくれるし、それなりの資金がないと大学なんて卒業できないもの」
「じゃあ、爵位だわ。奴は成金のドラ息子で、春野家の一人娘のサクラと結婚して高い身分を手に入れようとしてるのよ」
箒を片手に息巻くいのを、サクラは苦笑して見つめる。
乳母の娘であるいのとサクラは何でも話す間柄だが、彼女はどうしてもカカシをこの家から追い出したいらしい。
カカシの方はいのより大人な分、彼女が険しい表情で睨んでいても意に介した様子はない。

「・・・ちょっとサクラ、さっきから何を読んでいるのよ」
「イギリスの本。今日の授業の予習なの」
机に広げた本をサクラはいのの方へと向ける。
「先生が、これからはオランダ語より英語の方が主流になるからって、貸してくれたの。先生はこの本、すらすら読んで訳してるわよ」
「・・・・・」
難解な横文字の羅列を見たいのは、立ちくらみを起こしそうになる。
普通の本でさえ滅多に読まないというのに、外来語は辛い。
オランダ悟と英語の違いなど分かるはずもなかった。

 

「ど、どんな本なの、それ」
「んー、タイトルは『イチャイチャパラダイス』。男女の関係を赤裸々に描いた過激な内容から発禁処分になった曰く付きの本なのよ。たしか、18歳未満は読んじゃだめとか・・・」
「だーーーー!!!!」
淡々と語るサクラの手からいのは思わず本を奪い取った。
「せ、清純で無垢な私のサクラに、何てもん読ますのよ、あの色ボケ教師は!!」
「呼んだーー??」
顔を真っ赤にして声を張り上げるいのの背後に、いつの間に入ってきたのか、カカシが立っていた。
“色ボケ教師”に反応するあたりは、本人にも自覚があるのだろう。

「お呼びじゃないわよ!サクラに変な知識付けるのはやめて!!」
「えー、これ、なかなか感動作なんだよ。1頁に1回は泣ける描写が必ずあって、俺の愛読書なんだ。作者はG.RAIYAっていうさすらいのギター弾きで、昔は日本にいたっていう噂の・・・」
「どーでいいわよ、そんなの!!!」
いのは本をカカシに投げつけて絶叫する。
彼とこのまま話していたら、頭の血管が切れてしまいそうだった。

 

 

「カカシ先生、いのは私の大事な幼なじみなんだから、あんまり怒らせないで」
いのが肩を怒らせて出ていったあと、サクラは眉を寄せてカカシを見上げる。
「善処します。それよりさ、授業始めようか」
「え、ちょ、ちょっと先生、まっ・・・」
抱きしめられたサクラはそのまま唇を奪われる。
それからどうなるかは、何度も彼の授業を受けているサクラは承知していた。
壁際に体を押し付けられたサクラは、カカシの顔が離れた隙に何とか荒い呼吸を整える。

「先生・・・、たまには、ちゃんとした勉強をしましょうよ」
「いつもしてるじゃないの。恋のレッスンABCってね」
まるで悪びれず笑っているカカシに、サクラは深々とため息を付く。
彼女にしても、子供のような言動をする彼を憎からず思っているのだから、どうしようもなかった。

「先生、帯結ぶの手伝ってね」
幾枚も重なった着物を脱がされながら、すっかり着付けが上手くなったカカシにサクラは囁く。
サクラの頭脳が並以上でなければ、成績不振の責任を取ってカカシは家庭教師を首になっているはずだった。

 

 

 

 

「おかまいなくー。あ、出来ればお茶菓子は最中よりも煎餅の方が良いです」
「はぁ」
居間に通されたその少年を、茶を運んだいのはじろじろと無遠慮に見つめる。
カカシが家から呼んだという使いの者で、彼が使用する細々とした日用品を運んできたらしい。
大きな風呂敷包みを横に置いた彼はいのの視線を気にせず茶をすすっている。
金の髪に青の瞳、年齢はいのと同じ十代半ばだろうか。
居間から出ようと扉に手を掛けたとき、いのは視界の隅にとんでもないものを見た気がした。

「ちょ、ちょっとあんた、それ・・・・」
「え?」
振り向いた少年は、首を傾げていのを見る。
「何だってばよ」
「その風呂敷についている家紋、将軍家のものじゃないの!?」
「そーだよ。俺がお仕えしている畠家は先代の将軍様の弟君が作った家だからね。恐れ多くも家紋の使用が認められているんだ」
「じゃ、じゃあ、あのいけ好かない色ボケ教師は、畠家に縁のある人なの?」
「縁があるっていうか、当主様だってばよ」
“いけ好かない色ボケ教師”が誰のことを指すかすぐ分かったのか、少年は即答する。

「最も、家に寄りつかないで別宅を泊まり歩いていたけど、教授に呼び出されたとかで姿を消したときはみんな大騒ぎだったんだー。こんなところに隠れていたとはね」
ぱくぱくと茶菓子を食べながら語る彼は嘘を言っているようには見えず、また、家紋が真実であることを物語っている。
由緒ある将軍家の家紋を許されない者が持てば打ち首獄門なのだ。
現在の将軍に世継ぎがない場合、その地位につく可能性のある畠家は、同じ華族でも春野家より格上の名家だった。

 

「よ、世も末だわ・・・・」
がっくりと項垂れるいのは絶望的な気持ちで呟きをもらす。
Vサインをするカカシが目に見えるようで、歯軋りするいのだったが、一介の小間使いにはどうにも出来ない。
「あの、お茶のおかわりをお願いしますー」
いのに気持ちも知らず、のうのうと湯のみを差し出すナルトを彼女は思わず蹴り飛ばしそうになっていた。


あとがき??
カカシ先生の恩師の教授は四代目、将軍様は三代目、使いの少年はナルトだったんですが、名前、出てこなかったですね・・・。(いらぬ設定)
時代劇ということで、江戸時代を意識したのに、何故か明治が混じり、それでも幕府は継続しているという、よく分からない時代設定になってしまいました。
『忍びのオンナ』のような感じが良いとおっしゃっておられたので、それらしい設定を残そうと思ったらば、エロな部分だけが反映され・・・。
「時代劇なカカサク」(カカサクで、甘々で、パラレル)というのがリクでしたのに、何から何まで中途半端で申し訳ございませんでしたー!!!
パレレルにしろ、私はサクラになるべく「先生」と呼ばせることを心がけています。だから設定似たり寄ったりになるのかな。

余談ですが、私はタイトルをつけてから話を書き始めます。
そして、元ネタは『螺子とランタン』にしようと思い、仮タイトルとしてそれをつけていたのですが、駄文が完成しても他のタイトルが思い浮かばず、このまま使わせて頂きました。
出来てみれば全然元ネタになっておらず、螺子〜のファンには申し訳ないです!!(涙)
何だか謝ってばかりですね・・・・。
最後にナルトといのには感謝したいです。彼ら、書きやすくていつも本当に助かっています。

260260HIT、恵麻さま、有難うございました!


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