百物語 2


ふらりと立ち寄ったその男が、上客であることは一目で分かった。
白い髪は無造作に伸ばされ、左目を眼帯で覆い隠したその風体は怪しくもあるが、身に着けている十徳や手に持っている薬箱は医者の証だ。
高価な薬品を扱う職業の者ならば、当然羽振りも良いと決まっている。
腰に挿している刀も、相当良い品だと女将は看破していた。

「まぁまぁ、いらっしゃいましー」
「女将さん、ここに顔の傷がある女の子、いる?」
ぺこぺこと頭を下げて出迎えた女将に、彼は単刀直入に切り出した。
その意味が分からず、首を傾げた女将に、彼はさらに続ける。
「ピンクの髪で、顔の半分に火傷の痕がある女の子。聞き込みをしたら、この店の子だって言われたんだけど」
彼の言う特徴に当てはまる娘といえば、一人しかいない。
「サクラが、何かやらかしたんですか!?」
「ああ、そう心配しないで。俺は岡引じゃないんだから」
悲鳴じみた声をあげ、血相を変えた女将に彼は穏やかな口調で言う。

「サクラちゃんって名前なんだ。その子、呼んできてくれるかな」
「あの・・・・・」
「これを、預けておくよ」
怪訝な表情の女将に気づくと、男は懐から出した財布を差し出した。
ずっしりと重みのあるそれを受け取れば、女将に否はない。
ころころと微笑みを浮かべて愛想の良くなった女将に、カカシは同じく笑顔で応える。
「俺は隣町で医者をやっている、カカシ。八丁堀のはたけ医療院っていえば、ちょっとは知られているでしょう」

 

 

 

その頃、サクラはちょうど竈にくべるための薪割りをしている最中だった。
何か廊下が慌しいと思って顔をあげたのだが、女中頭の松が自分に向かって手招きをしているのに気づき、思わず眉を寄せる。
午前中の仕事はこれが済めば終了のはずで、彼女から言付かった手伝いはない。
休憩を挟む暇もなく、また何か用事を押し付けられるのかと思った。

「あの、もう少しでこれが終わるので・・・・」
「そんなの、あとでいいよ!座敷の客があんたを呼んでるから、早くおいで」
「え!!?」
青天の霹靂ともいえるその言葉に、サクラはただぽかんと口をあける。
この顔を客が怖がるという理由でサクラは滅多に店の方へは顔を出さない。
外に買い物に行く際も、気味悪そうに自分を見る者ばかりで、知り合いは一人もいなかった。
そのサクラが呼び出されるなど、信じられない。

「何かの間違いじゃ・・・・」
「あんただよ。顔に傷のある、ピンクの髪。あんた以外にいるもんかい」
戸惑うサクラの顔を、松は濡れた手ぬぐいで簡単に拭き清める。
座敷の客と会うのに、泥のついた顔ではさすがに失礼だ。
「相手は名の通った医者の先生だからね。大人しくしてるんだよ」
驚くばかりだったサクラは、腕を引かれてその襖の前に立つと、とたんにこれが夢ではないと自覚する。
気づかないうちに、何か失態をしたのかもしれない。
それを咎められるのだと思うと、急に恐怖が沸き起こり、体の震えが止まらなくなった。

 

「さっさと入るんだよ!」
「あっ」
足をすくませたサクラは、背中を押され、有無を言わさず座敷へと引き出される。
倒れこむようにして中に入ったサクラは、自分を呼び出した人物を見ることもなく、畳に額を押し付けた。
ほぼ、土下座に近い格好だ。
何も状況の分からないサクラは泣きたい気持ちで俯いていたのだが、聞こえてきたのは軽やかな笑い声。
「あー、君、そんなにかしこまらなくていいからさ。もっと近くに来て顔を見せてよ」
全く予想外に、気安く声をかけられたサクラは驚いて目線をあげる。
サクラを呼び出した客というのは、見たこともない銀色の髪の男だった。

「おいで。取って食べたりしないからさ」
サクラを手招きするカカシは、穏やかな微笑を浮かべている。
何より驚いたのは、初対面の人間に必ずある、火傷に対する嫌悪の感情がカカシに全く見られないことだった。
「大丈夫だよ」
獣をなだめるように話しかけられ、サクラはおずおずと彼に近づく。
何が起きたのかはまだはっきりしないが、とりあえず、彼は敵ではないと認識した。
「うん、サクラちゃん。君だ。ずっと探していたんだ」
サクラの顔を間近で見つめたカカシは、より一層顔を綻ばせる。
同時に頭も撫でられたが、嫌な気持ちはしなかった。
ただ、何故初対面の彼がこうも親しげに接してくるのかが分からない。

 

「女将、この子、連れて帰りたいんだけれど、いくら出せばいい?」
唐突に言われ、後ろに控えていた女将だけでなく、サクラも目を見開いた。
「え、さ、サクラですか!!?」
「それ以外、いないじゃないの」
「もっと、器量のいい子は他にもそろっていますよ。何も、そんな汚らしい小娘でなくとも・・・・」
「馬鹿だねぇ。サクラ以上の器量よしなんか、他にいないよ」
サクラを貶める発言をされたカカシは、不快な様子で顔をしかめる。
「俺はこんな綺麗な子は今まで見たことがない。ねぇ、サクラ。うちに来てくれるかい?」

自分の顔をまっすぐに見つめるカカシを前にして、サクラは戸惑うばかりだ。
からかわれているにしては、カカシの瞳は真剣だった。
高名な医者というが、彼のことは何も知らない。
簡単に付いていって、今よりもひどい境遇になるかもしれない。
それでも、彼の眼差しはあたたかく、握られた掌から伝わるぬくもりに、自然と心が安らぐ。

彼と、一緒にいたいと思った。


あとがき??
つ、続いている・・・・。
さらっと始まってさらっと終わるはずだったのに。おかしい。
ただの思いつきで何も考えないで書いている
SSなのですよ。どう続けよう??
ま、軽い気持ちで読んでおいてください。


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