百物語 4


「うろちょろするんじゃないよ。あっちにいきな!」
頭を小突かれたナルトは、実の母親に、鬼のような形相で睨まれる。
客に媚びを売っている最中だというのに、小さな子供に入ってこられては邪魔でしょうがない。
彼女とのいい雰囲気を邪魔された客も、眉間に皺を寄せてナルトを見ている。
「・・・・その子供は?」
「知らない子だよ。それより、ねぇ、新しい着物を買ってくれるって本当?」
「ああ、何でも好きなもの買ってやるぞ」
「嬉しいーー」
ナルトを廊下へと追い出すと、彼女は客の首筋へと抱きついた。

彼らの明るい笑い声を聞きながら、立ちつくすナルトの右手には花が握られている。
余分な金があるはずもなく、道の脇に咲いていたものをつんできたのだ。
小さな白い花が綺麗で、それを母にも見せたいと思った。
ただ、彼女の笑った顔が見たくて。

 

ナルトを見れば、母は顔をしかめることしかしない。
父は博打にのめり込んで多額の借金を作り、ヤクザとの諍いで殺された。
残された母はナルトと共にこの店に身を寄せ、負債を返すために働き続けている。
苦労したために、父親によく似たナルトの姿を見るだけで嫌悪感がこみ上げるのだという。
何の時だったか、子供好きな父のために仕方なく産んだのだと、はっきりと言われた。

知らない子。
ナルトの中で、母のその言葉が何度も繰り返される。

一度でいいから、抱きしめて、「愛している」と言って欲しい。
そんなにも大それた望みだろうか。

 

「ナルト、どうしたの!」
姿の見えないナルトを捜していたサクラは、彼をに気付くとすぐに駆け寄ってくる。
ぼんやりと佇んでいたナルトは彼女に向かって、用のなくなった花を差し出した。
「わぁ、どうしたの?」
「・・・買い物の途中で見付けた」
「私に?」
サクラの瞳を見詰め返し、ナルトは頷いた。
捨てるよりはマシという、簡単な気持ちで。

白い花を見つめていたサクラは、やがてその顔を嬉しそうに綻ばせる。
「有難う」
ナルトの望んでいた、優しい笑顔がそこにあった。
急に、恥ずかしくなる。
道端に咲いていた小さな花。
もっと沢山、綺麗な花を贈ったら、どんな顔をしてくれるだろう。

「お松さんが呼んでるよ。早く行かなきゃしかられちゃう」
顔を上げたサクラは、思い出したように言う。
サクラに握られた掌が温かくて、ずっと彼女と手を繋いでいたと思った。
恋をした瞬間を訊ねられたら、ナルトは間違いなくこのときのことを言ったはずだ。

 

 

 

豆腐に包丁を入れたときのような、ふわふわした感触だった。
だが、刺したのは包丁ではなく、人の体。
真っ赤な血が畳に広がり、その中心にサクラが横たわっている。
この出血量ならば、即死だったかもしれない。
無我夢中で、ナルトが気付いたときには、サクラが死んでいたという状況だ。
サクラを身受けしたという人物は席を外していたらしく、油断していた彼女を難なく殺害出来た。

「サクラちゃん・・・・」
まだ温もりの残る頬に触れて呼び掛けても、サクラは目を開けない。
当然だ。
彼女は死んでいるのだから。
今までは、呼べばすぐに振り向いて、サクラは何時でも微笑んでくれた。
火傷がナルトよって付けられたのだと勘付いていても。

澄んだ緑の瞳は二度とナルトを映すことなく、優しい笑顔は永遠に失われたのだ。
これがナルトの望んだ結末だった。
そのはずなのに、思い通りになったはずなのに、ナルトは少しも満たされていない。
ただ、絶望と悲しみだけが心を支配している。
「・・・・夢だ、これは夢だよ」
血まみれの掌を握り締め、自然と呟きが口からもれていた。

 

夢ならば、またやり直しが出来る。
サクラが死ぬのは、嫌だ。
そばにいられなくてもいい。
彼女が笑ってくれて、たまに自分のことを思いだしてくれれば、それで十分だった。
だが、失ってから気付いても、遅いのだ。

「嫌だよ・・・こんなの」
涙が止めどなく溢れ、両手で顔を覆った瞬間、弾かれたように、意識が覚醒していった。

 

 

 

「目、覚めたー?」
素っ気ない呼び掛けと共に、ナルトは額を叩かれる。
一瞬、自分がどこにいるか分からなくなったナルトだったが、自分の顔を覗き込んでいるカカシを見るなりハッとなった。
彼は、サクラを身受けするという客だ。
包丁を握り締めたナルトが座敷の襖を開こうとしたとき、中から出てきた彼と出くわした。
そこで、ナルトの意識は途切れている。

「さ、サクラちゃんは!!?」
飛び起きたナルトは慌てて周りを見回したが、そこにサクラの姿はない。
また、血だまりの光景も存在しなかった。
「ここにはいないけど、大丈夫、ちゃーんと生きているよ」
肩に手を置かれたナルトは、その言葉に、ぎくりとして振り返る。
「俺が厠に行こうとしたら、君が廊下で倒れていたの。意識がなかったのは、ほんの3分くらいだよ」
「・・・・」
一呼吸置くと、カカシは意味ありげな笑みと共に訊ねた。
「ねぇ、どんな夢を見た?」

カカシの目を見つめながら、無意識に懐を探ったナルトは、そこにまだ包丁があることを確かめる。
今なら、彼は隙だらけだ。
カカシさえ殺めれば、サクラを気にかける人間は自分以外にいなくなる。
だけれど、先程見た夢のせいで殺意の消えた今のナルトには、彼を刺せそうにない。
そして、ナルトが何をしにここに来たのか、どんな夢を見たのかを、彼は全てを知っているような気がした。

 

「あんた、ヤブ医者じゃないよね・・・」
「失礼なー。一応、オランダ渡りの西洋医術を学んで、名医って言われているのに。将軍様も診る御典医なのよ」
「そんなえらい先生が、サクラちゃんをどうする気?」
「助手にする気。前の子が辞めちゃって探していたの。ちょっと訳があって彼女のことを知ったんだけど、粗末にするつもりはないよ」
次々と質問に答えるカカシの顔をナルトは探るように見ている。
いまいち、掴めない人柄だ。
だが、悪い人物とも思えなかった。

「サクラちゃんを幸せしてあげて。もう、いじめられたり、お腹をすかせたり、辛い目に合わないように俺の代わりに守ってあげてよ」
「言われなくてもそのつもりだけど、そうしたら、君のことなんてすぐ忘れちゃうかもよ」
「・・・・いいよ」
意地悪なカカシにも動じず、ナルトはしっかりとした声音で言う。
「忘れるだけなら、思い出すことがある。生きてさえいてくれれば、また会える可能性だってゼロじゃない。俺、サクラちゃんが元気でいてくれれば、何でもいいよ」
「そっか」
何故か嬉しそうに顔を綻ばせたカカシは、俯いたナルトの頭を乱暴に撫でる。
「合格―」

 

 

彼の言動は全く意味不明だ。
その言葉の真意を訊ねようとしたナルトは、開かれた襖の音に、顔をあげた。
「ナルト!!」
見たこともない綺麗な着物を着たサクラが、彼の顔を見るなり飛び付いてくる。
「良かった。何ともない?」
「・・・うん」
「心配したのよ。突然倒れていたから」
半身を起こしたままのナルトは、息も出来ないほど強く抱きしめられて泣きそうになる。
母には与えられなかった、でも、それ以上の愛情をくれた人。
馬鹿なことをしないで良かった。
そう、心から思った。

「何ですか、御用って」
サクラに連れられて来たらしい女将は、座敷に入るなり無遠慮に訊ねる。
「うん、サクラともう一人、この子も連れて帰りたいんだ」
朗らかに笑ったカカシの一言に、彼を除く全員が目を見開く。
最初に我に返ったのは、サクラを引き取りたいといった理由を最初に聞いていた女将だ。
「ナルトまで。医療院っていうのは、そんなに人手がいるんですか・・・」
「それもある。けど、サクラがね、この子のことが気がかりで仕方がないっていうからさ」


あとがき??
サクラが恩人とか、ナルトが見た夢とか、いろいろミステリアス。
謎は次で・・・解明される・・・・はず。サスケもね。
・・・・何だか、これ、カカサクじゃなくてナルサク話ですよね。今、気づいたけれど。看板に偽り有り!?
は、早く終わらせたい。


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