百物語 5
「ナルト、具合とか、悪くない?」
「え、平気だけど」
二人が働いていた店を出て暫くして、カカシがサクラに気付かれないよう訊ねると、ナルトはあっけらかんと答えた。
カカシに幻覚を見せる薬をかがされて倒れたナルトだったが、別段、後遺症はないらしい。
あのとき、座敷にいたカカシがすぐに気付くほど、廊下に立つナルトは殺気を放っていた。
機先を制して中から飛び出したカカシだったが、上手くことが運ばなければ、彼かサクラ、どちらかが確実に命を落としていたはずだ。
仕事柄、いくつかの薬を持ち歩いていて本当に良かったとカカシは思う。「もうすぐ着くよ」
「うん」
カカシが頭を撫でると、ナルトはすぐ笑顔になる。
母親との別れに意気消沈していると思ったが、そんな気配は微塵もなかった。
ナルトとサクラがどのような生活を送っていたか、カカシは詳しく知らない。
だが、幸せと言えるものではなかったのは、短い会話でも何となく察することが出来た気がした。
町では知らない者はいない医療院と聞き、どのような門構えかと思ったナルトとサクラだったが、実際は普通の民家を少し広くしたような作りだった。
診察のための母家と、数日入院出来る施設がある離れ。
医師の見習いが一人住み込みで働き、カカシの弟も仕事を手伝っているとのことだ。「それじゃ、紹介するから付いてきてね」
言いながら、カカシが勝手口の戸を開けると、使いの者から話を聞いていたらしい少年が彼を待ちかまえていた。
「休診にしてふらふらとどこに行ったかと思えば、ついに犬だけじゃなく、人まで拾ってきたか!!」
仁王立ちしてカカシを睨み付けたのは、サクラ達と同じ年齢と思われる黒髪の少年だ。
怒鳴られて唖然とするナルトとサクラに彼が自分の弟であることを説明し、カカシは笑顔で彼に向き直る。「まぁまぁ、そう怒るなよ、サスケー。なかなかの掘り出し物なんだよ」
自分のすぐ後ろに立っていたサクラの腕を掴むと、カカシは有無を言わせず彼女を前に立たせた。
「ほら、美人でしょう。サクラっていうんだ」
無遠慮にじろじろと見られていることが分かり、サクラは緊張して体をすくませる。
弟と言われたが、カカシにはまるで似ておらず、サスケはとんでもなく整った顔立ちをしていた。
そんな彼に火傷付きの自分を「美人」と紹介するとは、サクラは穴があったら入りたい気持ちだった。
「・・・・お前にしちゃ、上出来だな」
予想に反した呟きを耳にして、サクラは目を丸くしたがサスケは彼女を無視してナルトを凝視している。
「だが、そっちのへちゃむくれは何だ。そんなチビ、まともに働けないんじゃないのか」
「へちゃむくれって・・・・」
きょろきょろと首を動かすと、ナルトは自分に対しての言葉だとようやく気付く。
「お、俺のことかよ!!!チビとは何だ、チビとは!!!」
「まるで猿だな」
思わずサスケに掴みかかったのだが、彼は依然として小馬鹿にした笑みをナルトに向けていた。「優しい弟さんなんですね。私達の緊張を和らげるために、あんなこと言って」
口げんかを始めた二人を見ながら、サクラはくすくすと笑う。
優しいというより、あれは本音だと思うカカシだったが、黙っておいた。
これから一緒に生活するのだから、初対面の印象が良いにこしたことはない。
「それじゃ、親睦を深めているあいつらは放っておいて、いろいろ案内するね」
「はい」
口論を続けるサスケとナルトをよそに、サクラを連れ出したカカシは風呂場や厠、生活に必要な場所から診察室や薬の置き場所まで、一通り見せて回る。
そして、最後にたどり着いたのは、いくつも並んだ犬小屋の前だった。
広い庭の半分はこの犬小屋に占領され、犬が遊ぶための玩具もいろいろ揃っている。
道で捨てられた犬を見付けるたびにカカシが拾ってくるらしく、これだけの数がいれば、弟のサスケが目くじらを立てるのも分かるような気がした。
サクラは後で知った話だが、カカシは貧しい人間からはけして治療費を取らない。
そして、たまに手元に入る金は医療器具や薬、犬のために使ってしまうため、御典医を務めながらも生活は実に質素だった。
将軍家から賜った壺を売らなければ、どうやってもサクラ達を引き取る金は用意出来なかったことだろう。
「そうそう、サクラに会わせたい奴がいるんだよ。おいでー」
犬達はカカシの姿を見付けると嬉しそうに駆け寄ってきたが、その中の一匹を彼はサクラの前へと連れてくる。
どこかで、見た覚えのある犬だった。
「忘れちゃった?サクラが、こいつの命を救ってくれたんだよ」
「あっ・・・・」
犬に足元にすり寄られ、サクラはようやくそのときのことを思い出す。
数日前に飢えて倒れていた、そして買い物帰りのサクラが食料を分け与えた、あの犬だ。「良かった、生きてたんだ!」
しゃがんで体を撫でるサクラを見つめ、犬はしきりに尻尾を振っている。
「散歩中に他の犬と喧嘩して、帰り道が分からなくなったみたいよ。腹がすいて倒れていたところにサクラが通りかかって、本当に助かったって。サクラがいなくなって暫くして、ようやく俺が見付けだしたんだけどね」
「へぇ・・・」
「それで、こいつがどうしてもサクラに恩返しがしたいって言うからさ。こうしてサクラを連れてきたわけだけど」
「・・・・ちょっと待って」
真顔で話し続けるカカシを、サクラは思わず手で制する。
「犬が言っていたの?私が助けたって、そういう風に」
「うん」
即答したカカシを横目に、サクラは暫し考え込んだ。
何を馬鹿なことを、と笑い飛ばしたい。
だが、実際にカカシは犬からの情報でサクラを探し当てたのだ。
それに、目の前にいるカカシならばそうしたことが出来そうな気がして、サクラは困惑してしまう。「戌年だからかねぇ。生まれつき、犬の喋っていることが何となく分かるんだ」
「・・・そう」
それは関係ないのでは、ということはおいておいて、サクラは取り敢えず頷いておいた。
最初から変わった人物だと思っていたのだから、それが少し増長されたとしても、あまり違和感はない。
そして、彼のその不思議な能力のせいで自分がここにいるのだと思うと、むしろ感謝したい気持ちだった。
「このワンちゃんのために、私を引き取ってくれたのね」
「んー、きっかけはそうだけど、ちょっと違う」
「えっ」
「一目惚れしたって言ったじゃない。あれ、本当。何年かしたらサスケにこの医療院を丸ごとあげちゃうから、サクラと一緒にどこか田舎で隠居生活をしたいなぁと思ったの」
「・・・・・はぁ」
カカシの話を聞きながら、サクラはあやふやな返事と共に頷いた。「それは、了承してくれたと思っていいの?」
「えーと・・・、何だか頭が混乱していて。それは将来、私と夫婦になりたいってこと?」
「うん、そうかな」
「こんな傷がある女でも、いいんですか」
自分がカカシをどう思っているかより、まず、そのことが気になった。
鏡の前に立つたびに、サクラ自身が目を背けたくなる傷なのだから、他人ならばもっと不快に思うはずだ。
そんなサクラが日常的にうろついて、果たして耐えられるのかとサクラは訊いている。「まだそんなこと気にしているんだー。サスケも「上出来」って言っていただろ。望むなら傷は消してあげるけど、そんなことをしなくてもサクラは綺麗なんだよ」
明るい口調のカカシは、サクラの鬱な感情など吹き飛ばすように笑ってみせる。
お前は醜い、あっちへ行け。
そう言われ続けられてきたサクラの心の傷までも、カカシによって癒されていく気がする。
手を引かれたサクラは、さして抵抗することなく彼の腕の中に収まった
「ま、あいつには絶対やらないけどねー」
名医で、犬と喋れて、半分顔の潰れた女を綺麗だと言う風変わりな人。
こうしていると、気恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
カカシに強く抱きしめられながら、これが恋というものだろうかとサクラは漠然と考えていた。
あとがき??
サクラはお岩さんのイメージだったので、タイトルが百物語。怪談っぽく。
4人でわいわい賑やかに、幸せになってくれるといいです。
しかしこの口の悪いサスケ、好きだな。
長い話は書いていて飽きるんですが、完成出来て良かった・・・・・。