みおくる夏 1


サクラが、いつからか自分を担任としてではなく、一人の男として見ていたことには気付いていた。
告白めいたことを言われたこともあったが、上手く話の流れを逸らして冗談にしてしまう。
分かっていても、知らないふりをした。
幸いサクラは優秀な医療忍者として活躍している。
治療術を使える忍びは稀な存在で、どこに行っても重宝され、万が一敵に捕まったとしても殺されることはない。
サクラが五代目火影の下で修行を始めたときは、内心ホッとしていた。
彼女が長く生きられることを確信したからだ。

命を奪うのではなく、命を助ける医療忍者。
サクラにこれほど似合う仕事はないと思った。
常に周りを気遣い、明るい笑顔を振りまくサクラは、側にいるだけで気持ちが癒される。
サクラのことが嫌いな人間はこの世にいない。
里のために命を捨てる覚悟をしていなければ、きっと自分は彼女の想いに応えていたはずだ。
瞳をくれたオビトの分も、働かなければという思いは常に頭にある。
サクラより先に逝くと分かっていて、彼女の幸せに影を落とすわけにいかなかった。

 

 

 

「私を、抱いてください」

窓から差し込む春の日差しを背に浴びながら、サクラが呟く。
思わず湯のみを落としそうになったが、自分を真っ直ぐ見据えるサクラの瞳に茶化すような空気は一切なかった。
休みの日を選んでこの家を訪れたサクラは、つい先程まで朗らかに笑って話していたのだ。
それが何故、突然妙なことを言い出したのか、理解できない。

「・・・サクラ?」
「私、半年後にはもうこの世にいないんです。何も知らない体のまま、あの世には行きたくないから」
サクラがバッグから出したのは、病院の診察券と、診断書。
医療用語が異国の文字で書かれていて読むことは叶わない。
ただ、服の袖から見えた異様に細いサクラの手首が、それが真実であることを伝えた気がした。

「秋になるまではもたないって綱手師匠にも言われたの」
言葉と共に、サクラが身を寄せてくる。
鼓動が信じられないほど早くなり、体がびくついた。
頭が混乱して、サクラの言葉がなかなか頭に入っていかない。
「お願い。一度でいいの」
切なげに自分を見るサクラの体を押し返すことは、できなかった。

サクラがいなくなる。
サクラは自分より先に、いなくなってしまうのだ。
今までのようにサクラの気持ちを見て見ぬ振りをすることに、何の意味があるだろうか。

 

 

 

「ああ、サクラね。あの子の病はもう助からないよ。諦めな」

否定の言葉を期待していたというのに、五代目火影、綱手は断定的に言った。
会議の合間の時間を利用した面会のためか、手には書類をいくつも持っている。
話しながら書類に目を通すその姿が、癪に障った。

「あの子は火影様の弟子でしょう。何とか、何とかならないんですか」
「私だって治せるものなら治したいさ。でも、もう手の施しようがないんだ。悪いけどサクラ一人に構ってるほどこっちは暇じゃないんだよ。分かったかい?」
まるで早く出て行けと言われたようで、怒りを込めて乱暴に椅子から立ち上がる。
彼女とは昔からの付き合いだが、これほど冷たい人だとは思わなかった。
サクラは綱手を師匠と慕い、彼女の方も何かと気にかけているようだったが、勘違いだったようだ。
サクラへの思いやりが綱手の中には少しも見あたらない。

「サクラはどうしてる?」
挨拶もなしに執務室から出ようとすると、彼女は思い出したように訊ねた。
「・・・俺の家で、帰りを待っていますよ」
「そいつは良かった」
明るい声音を耳にして、憤りと共に扉を閉める。
忍びとしての実力はともかく、今の火影は最悪だ。

 

 

 

病気のことさえ考えなければ、サクラと過ごす日々は楽しかった。
一人での生活に慣れていたために、最初は戸惑っていたもののすぐに馴染むことができた。
明るい笑顔で出迎えるサクラがいて、いつでもあたたかい食事の用意がされている。
風呂から出れば丁寧に畳まれた衣類が置かれていて、戸棚をさぐることもない。
部屋には塵一つ無く、硝子窓もぴかぴかで、これ以上ないほど快適な生活だ。
サクラにはなるべく安静にしているように言っているのだが、じっとしていることができない性分らしい。
なるべく早く家に戻り、休みになると二人で手を繋いで公園を歩き、買い物をして帰る。
サクラの体調が良ければ映画館や美術館を巡り、なるべく体の負担がないよう気を遣いながら過ごした。

サクラは幸せそうに笑っているが、時折辛そうな表情で俯いていることを見逃してはいない。
食が細いのも病の影響だろう。
命の期限を知りながら生きていくのがどういう気持ちなのか。
自分には推し量ることはできなかった。

 

 

「・・・・せ、せんせっ」
途切れがちなサクラの声が耳に届いて、我に返る。
見下ろすと、サクラが苦しげな様子で瞳に涙を滲ませていた。
サクラの望みのままに体を抱いてから、毎日のように愛し合っている。
ほとんど骨ばかりの痩せたサクラでは、そう長い時間この責め苦に耐えられるはずがなかった。
それでも執拗に求めてしまうのは、彼女の存在をより深く感じていたいからだ。
訴えるような眼差しを無視して行為を続行すれば、サクラはほどなく意識を失う。
ぐったりとするサクラを貪り続ける自分は獣そのものに違いない。

優しくしようと思う反面、日に日に凶暴な感情が心を支配していった。
いつ、死んでもおかしくないサクラの体。
明日、仕事から家に帰ったら、もう死んでいることも十分あり得る。
明日を無事に過ごせても、明後日、明々後日は・・・。
果たして、サクラとの生活に慣れてしまった自分がその死体を前にして正気でいられるだろうか。

今すぐにでもサクラを殺して自分も死んでしまえば。
この苦しさから解放されるのかもしれない。
汗の流れ落ちた先、サクラの細い首を見つめながら、今すぐにも締め付けたくなる衝動を必死に押さえ込んでいた。


あとがき??
まぁ、私の書くものですから・・・・。不幸な話は書けない人間なんです。
長い目で見とってください。
林真理子の『初夜』を立ち読みしたら急にこんなSS書いていたのですが、その作品とは1ミリも共通点がないです。
なんだったんだろう??
タイトルは『ぼくの地球を守って』ですね。輪くんの詩。


暗い部屋に戻る