チェンジリング 3


スコップを持つナルトが鼻歌混じりに歌っているのは『死体置き場でロマンスを』。
実際、墓場で棺桶を掘り起こしている最中に歌うものではないと思うが、軽快なメロディーとナルトの明るさにはいつだって救われている。
他の墓参りの人々の目も考え、夜中に行動しているが土を掘り起こす作業はなかなかしんどい。
やがて出てきた棺桶のふたを開けると、
1年ぶりに見る遺体はすでに白骨化していた。
「ビンゴーー」
骨の頭部に残っている髪を手に取り、ナルトはにっこりと微笑みを浮かべる。

ナルトに渡された髪をカカシが間近で観察すると、根元が黒く、毛先が桃色と不自然な色合いだった。
つまりサクラとしてこの棺桶におさめられた遺体は髪を同じ色に染めただけの、全く別人のものだったということだ。
サクラの発見時、両親は彼女の姿を見るのも辛く、よく確認せずに葬儀を出したのだろう。
わざわざそのように手間暇かけて偽の遺体を用意する意図が読めず、彼女がサクラであることを誰も疑わなかった。

「カカシ先生、どういうことなの、これは?」
「それは、あいつが知っているだろう・・・・」
カカシを手伝って墓を暴いたナルトは、スコップを放り出して頬についた泥を払っている。
一介の村民として暮らすヤチ一族の頭領の息子、カイを掴まえることはそれほど大変ではなかった。
何より、カカシの姿を見たカイがすっかり観念して、大人しく捕縛されたからだ。
里で拘束されている彼は変化の術を解き、自分自身の姿に戻っている。
銀髪はもともとのものだが、何故カカシと同じ顔に化けていたかは不明だ。
しかし、こうして亡骸を確認すると、カイの妻となっていたアカネがサクラであることはほぼ間違いなかった。

 

「んー、どうしようか、これ。一応、元通りふたをして土をかぶせておいた方がいいよね。女の子みたいだし、ずっとこのままじゃあ可哀相・・・」
白骨死体を見て悩むナルトは、カカシに突然肩を掴まれて目を見開く。
「ナルト、俺を殴ってくれ」
「ええ!!?」
仰天したナルトは驚きの声をあげたが、カカシは真顔だ。
殴ることは別に構わないが、やり返されても面白いはずもなく、ナルトは慎重に言葉を選んで問いかける。
「な、何で?サクラちゃんは生きているんでしょう。良かったじゃん」
「・・・・・また、夢の続きを見ているんじゃないかと思って、怖いんだ」

何度も、何度も、繰り返し見た。
サクラがどこかで生きていて、自分の元に帰ってくるという、悲しい夢を。
起きても、もちろんサクラはどこにもおらず、孤独な日々が待っている。
そして、実際にサクラが生きていると分かると、自分に都合のいい夢の世界にいるのではないかと、不安になった。
もう、絶望するのは嫌なのだ。

「夢じゃないよ」
殴る代わりに、柔らかな笑みを浮かべたナルトははっきりと言う。
優しく背中を擦られたカカシは、笑顔のナルトを見て、ようやく安堵の表情を見せる。
『死体置き場でロマンスを』。
再び鼻歌を歌って棺桶のふたを戻すナルトに、教えてやった方がいいだろうか。
まるっきり調子の外れた音階で、たぶん彼はオンチと言われる部類なのだということを。

 

 

 

 

「俺が捕まってからずっと、父の使いの者が里の近くで張っていたんだ。そしてあの夜、牢を抜けた俺を見つけた・・・・」
窓一つない薄暗い取調室で、カイは淡々とした口調で語る。
人数は精鋭が十余名、いくら優秀の忍びであってもサクラと中忍の二人では勝ち目がない。
まずは中忍の男が血祭りに上げられた。
そして魔手が昏倒するサクラに及んだとき、カイは身を挺して彼女をかばっていたのだ。
カイが命を取り留めたのは、サクラのおかげに他ならない。
憎い木ノ葉隠れの里の忍びといえど、恩人を殺すことはどうも気がとがめた。
そして、わずかな時間でカイの傷を癒した腕は並みのものではなく、育てることが難しいとされる医療忍者を連れて帰れば、必ず一族にとって利益がある。
結果、カイの必死の説得に折れた仲間によって身代わりの遺体が用意され、サクラは里で死んだものとされたのだった。

 

 

「サクラは自分の立場をよく理解して、怪我人や病人を治療してくれたさ。でも、けして一族の者と必要以上に関わろうとしなかった。隙があれば逃げ出して、木ノ葉隠れの里に帰ることを望んでいた」
「それは、そうだろうねぇ・・・」
尋問班に願い出て、彼の話を聞く担当になったナルトは相槌を打つ。
サクラは木ノ葉隠れの忍びだ。
突然攫われて、助けてやったのだからヤチ一族に従えと言っても無理だろう。
それに、サクラには家族も友人も、恋人も里にいるのだから。
「でも、俺はサクラを離したくなかった。だから、サクラから不要な記憶を消すことに決めたんだ」

いつしかサクラを恋い慕うようになったカイだったが、もとの記憶があるかぎり、彼女は心を開かない。
彼女を手に入れるために、催眠術と薬でサクラの記憶を全て抹消、新たなアカネとしての生い立ちを植え付ける。
途中までは上手くいっていたのだ。
「術は完璧だった。それなのに、サクラには何をしても絶対に手放さない記憶が一つだけあったんだ」
「何?」
「「カカシ先生」、それがキーワードだよ」
驚くナルトを見て、カイは自嘲の笑みを浮かべた。
「俺は、よく化けていただろう。サクラの記憶のとおりに、「カカシ先生」とやらを再現したんだから。俺がそばにいることで、サクラは安心したように偽物の記憶を受け入れていった。あの村で、俺達は夫婦として幸せに生活していたんだ。でも・・・」
一度言葉を切ると、カイは遠い眼差しをして呟く。
「サクラが夢の中で呼ぶのは最期まで「カカシ先生」だった」

 

記憶と共に医学の知識を失ったサクラは術が使えなくなり、一族にとって用なしの存在となった。
そんな彼女と結婚すると言い出した息子を父親は勘当し、二人はカイの母親の生まれた村で忍びとしての人生を忘れて暮らしだしたのだ。
いつかは、カイ自身を見てくれることを願って。
だが、カイが必死になって尽くそうとも、サクラはけして里にいる恋人を忘れない。
どのような夢を見ているのか朝になると忘れてしまうようだが、寝言でカカシの名前を呟くサクラは夜ごと涙を流し続ける。
悲しげな寝顔を見るたびに、胸が痛んだ。
「所詮、身代わりが本物を越えることは出来ないんだ・・・・」

サクラを誘拐したことは絶対に許せないが、ナルトはどうも目の前でうなだれるカイのことが憎めなくなる。
叶わない恋の辛さは、ナルトもよく知っていた。
そして、片想いをしていた相手は、同じサクラだ。
里の中忍を殺した咎で明日には処刑される予定だが、同病相哀れむというやつで、話だけはしっかりと聞いてやろうという心情だった。

 

 

 

 

暗示が解かれたとはいえ、急に記憶が全て戻るというわけではない。
村から連れ出されたサクラは、里に戻ったものの、自分の両親のことも分からなかった。
ぼんやりとだが、面影は覚えている。
だが、涙を流して喜ぶ両親にどう接していいか分からず、困惑する気持ちの方が強い。
アルバムを見せられても、自分によく似た人間がいるとしか思えないのだ。
それまで信じていた自分の人生が全て偽りだと聞かされ、どうにも不安定な足場に、一人取り残されたような。
そんな気持ちだった。

 

「サクラちゃん、元気かい?」
「ええ。有難うございます」
少しでも昔のことを思い出すよう、近所を歩くと、彼女の帰郷を喜ぶ人々から頻繁に声をかけられた。
昔の自分の評判はなかなか良かったらしく、皆が笑顔なことがなんとなく嬉しい。
そしてサクラは、自然と公園を抜け、路地を抜け、一つの建物の前にたどり着いていた。
集合住宅だろうか。
まるで毎日通る通学路を行く子供のように、自然とこの方向を選んで歩いていたのだ。

「・・・・誰の家?」
首を傾げて呟いた直後、背後に立つ気配に気づく。
振り返ると、それまで毎日のように見ていた顔が、そこに立っていた。
だが、夫と認識していたカイはもうこの世におらず、それは別の人間のはずだ。
村の物干し場で一度見たことにある人物、そう、今のように彼は泣きそうな顔をして自分を見ていた。
あのときはなんとも思わなかったというのに、あやふやだが、以前の記憶を取り戻しつつあるサクラは、無性に心を揺さぶられる。
サクラが目指した建物は、おそらく彼の家だ。
自分は毎日のように、今来た道を通って彼に会いに行っていた。
もうすぐ会えることが、嬉しくて、嬉しくて、仕方がなくて、歩いているというより走りながら。

 

「カカシ先生」
自然と、口をついて声が出ていた。
泣いているような、笑っているような、不思議な表情で自分を見た彼に、駆け出したサクラは思い切り飛びつく。
その背中に腕を回すと、随分とやせたように思えた。
サクラが全てを忘れて穏やかな日々を送っていた間、彼はどのように生きていたのか。
考えただけで、申し訳なくて涙が出そうだ。

「ごめんなさい・・・・」
小さく呟いたサクラの体を、カカシは壊れ物を触るように、そっと抱きしめる。
不本意なこととはいえ、サクラはカカシを思い出しもせず、1年もの間他の男と暮らしていた。
しかし、そのようなことは、カカシにとって些細なことだ。
サクラが生きていた。
ただそれだけで、神への感謝を、町中に響くような声で叫びたいような気持ちだ。

 

 

サクラが里に戻ってからも、カカシは彼女の家に会いに行く勇気がなかった。
村で出会ったときのように、初めて彼を見るような眼差しを向けられ、怯えられれば、今すぐ死にたくなる。
だが、サクラはカカシの名前を呼び、自分から抱きついてきたのだ。
もう、他に望むものなどありはしない。
「あの・・・まだ、カカシ先生のこと以外、あんまり思い出してないの」
「いいよ、そんなの」
俯くサクラの額にキスをしながら、カカシは笑って言う。
むしろ、このまま他のことを思い出さなくても、いいくらいだ。

往来で抱き合っているのだから、もちろん通り過ぎる人々はちらちらと彼らのことを見ている。
だが、カカシはいつまで経っても離そうとしない。
1年も離れていたツケとして、これから存分にサクラとの時間を取り戻そうと心に誓うカカシだった。


あとがき??
こういう話だったのかー、と終わってみて思いました。
いや、本当「サクラ=記憶を失う=別人になる」という設定以外は、何も考えずに入力していたので。
本当に、どーしよーかなーーと思いながら書いていました。
元ネタはコバルト文庫ですが、こうしてみると活かされたのは「別人になる」設定だけでした・・・・。あれ。
『チェンジリング』は妖精の「取り換え子」という意味ですね。
・・・・こんなカカサクラブな話になるとは。予想外。


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