愛のある場所 U
「今日こそは起きてるんだからね。たっぷり昼寝しておいたんだから」
サクラは自分に気合をいれるように声を出した。
それは、すでに深夜と呼ばれる時刻なのでなるべく控えめな声だった。毎日カカシがこの部屋に入る前に断固侵入を阻止しようと息巻いているのだが、どうしても無理なのだ。
昔からの早寝早起きの習慣からか、12時を過ぎると瞼を開けていることができない。
それで、朝起きるとカカシがいる。
そのことがすでに日常と化していることにサクラは不安を感じていた。これまで一度だけカカシがサクラの部屋に現れなかった日があった。
目覚めた時にサクラが感じた気持ちは、紛れもなく落胆。
次の日カカシは
「夜、急な任務が入って来れなかったんだよ」
などと言い訳のようにサクラに言っていたが、本当かどうかは分からない。
もしかしたら、別の女の人のところに泊まっていたのかもしれない。
そう思った瞬間、サクラは何故だか分からないが泣きたくなった。最初は驚いたが、自分がカカシ先生の特別だと思うと悪い気はしなかった。
でも、先生が来なくなってしまったら?
それは先生に自分以外の特別な存在が出来たということ。
もう私は必要じゃないということ。
その時のことを考えるだけで、怖くてたまらなくなるのだ。
早く終わらせないと、後戻りできなくなる。
・・・馬鹿みたい。
先生にとって、自分は生徒の一人でしかないのに。そこまで考えて、サクラは思考を中断させた。
かすかな物音と、人の気配を感じたからだ。
サクラはこんな時間に現れる非常識な人物はカカシ以外は考えられない。初めに自分をあれだけ驚かしたのだから仕返しをしてやろうとサクラは考えていた。
今、部屋の明かりは消えて、サクラはベッドで息を殺している。
そして、侵入者の気配がベッドの近くまで来た時、
「現行犯よ!!」
サクラはベッドサイドの明かりをつけて叫んだ。
しかし、そこにあったのは知らない顔、ならぬ知らない顔達。複数形。
「・・・あれ?」
すっかりカカシがその場にいると思っていたサクラは思考がまとまらない。
深夜。
自分の部屋に窓から侵入している。
覆面をした見たことのない男の人達三人。
これは、つまり。ようやくサクラの頭が正常に動き出す。
「泥棒――!!!」
とサクラは叫ぼうとしたが、それは果たせなかった。
三人組の一人に口を抑えられていたからだ。
サクラが考え込んでいたのはほんの数秒だったが、侵入者がサクラの動きを封じるには十分な時間だった。
ふがふがという音がむなしくサクラの口元からもれる。「チッ。調べではこの部屋に人はいないんじゃなかったのか」
「済みません。ボス」
どうやらサクラの視界の正面にいる男がリーダーのようだ。
大柄で肉付きのよい体をしている。
プロレスラーになればかなり有望な選手になりそうだ。
「で、こいつどうします」
そう訊いたのは、ボスと呼ばれた男のすぐ隣にいる妙に小柄な男。
ボスと並ぶとまるで大人と子供だ。「ま、しょうがねぇ。運が悪かったと思ってもらって。殺すか」
ふが−と再びサクラが声を出す。
通訳すると「そんなー!」といったところか。
「可哀相だよ。可愛い女の子なのに」
「でも、逃げる前に通報されたら面倒なことになるしな」
どうやらサクラの味方は今彼女の体を抑えている身長の高い痩せぎすな男だけらしかった。
密かにサクラは心の中で彼に応援のエールを送ったが、それはあまり功を奏さなかったらしい。
「こうしてる間にも時間はたってるんだ。のっぽ、早く殺せ」
「・・・そうですね」
少しいらついたボス(仮名)の声を恐れたのか、のっぽ(仮名)はあっさりと頷いた。万事休す。
手が自由にならなければ印を結べないし、いつもの服ならまだしも、クナイ一つ仕込んでいないパジャマ姿では全く抵抗することができない。
まさか自分の人生が泥棒に殺されて終わりだなんて、思わなかった。
それもこれも全部カカシ先生のせいだ。
馬鹿馬鹿馬鹿――!絶対化けて出てやるーー!!死んだら下忍だとか上忍だとかは関係ないんだからねー!!
サクラは頭の中で、思いつく限りの罵詈雑言をカカシに向かってぶつける。
そうすることで現実逃避をしていたのかもしれない。サクラはすぐさまのっぽが自分の首をしめるか、刃物で身体を傷つけるかしてくるものだと思ったが、違った。
彼の手が自分の身体をまさぐっているのをパジャマの布越しに感じる。
サクラはあまりの不快感に胃の中のものを全部吐き出したい気持ちになった。
「おい、やめろよ。まだガキじゃないか。さっさと始末しろ」
「すぐ済みますって」
興奮した面持ちののっぽはすでにボスの言葉に耳を貸そうとしない。
「お前も好きだなぁ。この部屋にその子がいるって知ってたんだろう」
ボスは下卑た笑いを浮かべただけで、のっぽを咎めようとはしなかった。パジャマの上着を破られて露出したサクラの肌にのっぽが舌を這わせる。
ざらついた大きな手の感触がじかに伝わってきて、これが夢ではないことをサクラに確認させる。
自分の身になにがおきようとしているのか理解したとたん、サクラは恐怖のあまり声も出なくなってしまった。
殺されるという覚悟はした。
でもこれはそれとはまた違った恐怖だ。
いっそこのまま早く殺して欲しいとまで思ってしまう。
閉じることさえ忘れてしまったサクラの瞳から涙があふれる。
「・・・カ、カカシせんせ・・い」
サクラの口から救いを求めるかのように絞り出された名前は、彼女が先ほどまで恨みの言葉を投げつけていた人物だった。
そしてサクラがその名を口にした瞬間、空気の流れが変わった。
室内の気温がいっきに10度は下がってしまったかのような感覚。
これは殺気だ。
それもとんでもなく大きな。
殺意を向けられた泥棒三人はもとより、サクラも全身総毛立つ。「だ、だ、誰だ」
サクラのことはのっぽに任せ、他の部屋に移動しようとドアノブに手をかけていたボスと小男(仮名)は、恐れに身体を震わせながらも誰何する声を出す。
全く同時に。
泥棒三人の身体から、その一部がとんだ。
ボスは両手を、小男は両足を、のっぽは首を。
血しぶきがあがり、部屋の中が血の匂いと誰のものとも区別できない叫び声で溢れる。
血、血、血、血。
視界にうつるもの全部が真っ赤に染まる。
自分の手や足を抱えてのた打ち回る男達。
サクラの眼前には地獄絵図のような光景が広がっていた。「この部屋で血を出したくないんだ。現実にしたくなかったら、消えろ」
その声が耳に届いた時、その場にあった全ての赤い彩色が消えた。
未だに茫然自失の表情の四人。
消えた血の代わりにその場に存在していたのは、サクラがその名を呼んだ人物。幻術。
今のは全て幻だったことはなんとか理解できたが、この殺気は本物だ。
少しでも変な行動をすれば、この男は間違いなくあの光景を現実のものとするだろう。
すでに抵抗する気力すら残っていない三人はふらつく足どりでなんとかサクラの部屋から退散した。
「大丈夫か」
パジャマは少し破けてしまったが、サクラに怪我はなかった。
「・・・平気」
口では気丈な言葉をいったが、まだサクラの身体は不自然なほど震えていた。
床に座り込んだままのサクラにカカシは手を差し伸べたが、彼女は立ち上がることができない。
カカシはのばした手をサクラの頭にのせる。
「ごめんな。遅くなって。サクラが嫌ならこのまま帰るよ」
サクラは無言でまだどこか虚ろな目をしていた。カカシはしゃがんで床に両膝をつけると、サクラの頬に触れる。
そして彼女の視線の焦点を自分に合わせた。
「今日だけじゃなくて、これからもここに来ない」
重苦しい沈黙が辺りを包む。
二人は視線を合わせたまま微動だにしなかった。
どれくらいそうしていたのか。「・・・かないで」
「何?」
サクラは頬にあったカカシの手をとると、今度ははっきりと言った。
「先生、どこにも行かないで」
関を切ったように泣き出すと、サクラはそのままカカシにしがみつくようにして抱きついた。
「先生がいなくなるなんて嫌。もう来ないなんて言わないでよ。何があっても私のところに帰ってくるって言ってよ」
一度泣き出したら止まらなかった。
サクラはそれだけ言うとそのままカカシの胸で声をころして泣いた。
カカシはサクラの身体をしっかりと抱きしめると、サクラの髪に口づける。
額に、瞼に、頬に。
キスの雨。「・・・先生、くすぐったい」
さすがに気恥ずかしくなったのか、サクラが抗議の声をあげる。
「サクラが泣き止むまでやめないよ」
カカシは悪戯っ子のような表情でまだ涙の残るサクラの目の端にキスをする。
真っ赤な顔のサクラは、カカシを上目づかいで軽く睨んだ。
だが、すぐにその瞳に不安の影がよぎる。「先生、傍にいてくれるの?」
「それは俺の台詞なんだよ」
カカシはうって変わって真剣な表情でサクラを見つめた。
「サクラの部屋の窓のすぐ近くに鳥の巣があるよな。俺はそれをずっと捜していたんだ。あの鳥のように安らぐことのできる、自分の帰るべき場所。俺にとって、もう随分前からサクラがその帰る場所だったんだよ」サクラはカカシの言葉に驚きを隠せなかった。
てっきり自分は先生に電気毛布くらいにしか思われていないと思っていたから。
目を丸くしているサクラに、カカシは苦笑する。
「信じられない?」
サクラは素直に首を縦に振った。
カカシはにっこり笑う。
「じゃあ、確かめさせてあげる」
サクラはカカシに言葉の意味を問う間もなく、そのまま押し倒された。一難去ってまた一難。
サクラにとってこの日は厄日だったとしかいいようがない。
「キャアァァ!せ、先生、ちょっと待ってよ」
「待てない。前に言ったよな。寝てる時はなんにもしないけど、起きてる時はするって」
カカシは文字通り、口封じでサクラの悲鳴をおさえた。
その頃階下では。
「あなた。サクラが最近おかしいのよ。時々悲鳴をあげたり、暴れたりする音がするんですけど、部屋に行っても誰もいないの」
「・・・こんな風にか?」
頭上にあるサクラの部屋からちょうど悲鳴のようなものが微かに聞こえた。
「そうそう、こんな感じで。情緒不安定なのかしら」
「年頃の娘ってのはそういうものなんじゃないのか?あ、静かになった」
「私の時はそうじゃなかったと思うけど」
娘の貞操の危機も知らずに夫婦はそんな会話をしていた。
「おっはよー、サクラちゃん」
「・・・おはよう」
いつものように満面の笑みで挨拶してくるナルトに、サクラは暗い声で返事を返した。
一番最後に到着したナルトを待って、7班は任務のある場所まで移動を始めたのだが、ナルトはしきりにサクラにまとわりついている。
「サクラちゃん、どっか悪いの?」
「なんでよ」
心配してくれるのはありがたいが、今のサクラには非常に迷惑だった。
「だって、サクラちゃん、歩き方なんか変」ナルトの言葉にサクラは軽く頬を赤らめる。
この間の匂いの件といい、どうしてこいつはこんなに勘が鋭いのよ。
ナルトがその観察眼を発揮するのはサクラに関してだけ、つまりそれだけサクラのことを見ているわけだが、彼女はそんなことを知るよしもない。
「腰が痛いのよ!」
サクラはナルトに怒鳴るようにして言った。
「なんだ。若いくせに年寄りみたいなこと言うなぁ」
サクラは振り向くと、ハハハと笑っているカカシに、あんたのせいよ!!と視線で非難の気持ちをぶつけた。
あとがき??
このバカップルがぁぁぁぁーー!!
ラブラブシーンは書いてて非常につらかった。私には無理!
本当はもっとえげつない話だったのだが、やめた。
裏作る気はなから。(笑)っていうか、すでに裏的内容??(がーん)表用作品だったのだけど、オチがあれなので、暗い部屋に落ちてきた。あらら。
クッ、こんなに長くなるとはまさに予想外だったわ。
さすがに途中から外で文章書けずに、自宅で入力してました。
タイトルは大好きなブリリアントグリーンからね。