あう時はいつも死人 1
たまの休日、することもなくぶらぶらと歩いていると、妙に視線を感じた。
女性から熱い眼差しを向けられることは慣れていたが、見回してみてもそれらしい人物はいない。
それもそのはずだ。
カカシを凝視していた人物は、彼の目線から随分と下に位置するところにいた。
4、5歳と思われる少女が、カカシのすぐ足下で顔を上げて立っている。
「・・・何かな?」
「それ、面白いの?」
彼女が指差したのは、カカシが往来を歩くときでも手放さない18禁本だ。
「うん」
「でも、ご本を読みながら歩いたりしたら、危ないよ。お母さんに怒られるよ」
初対面の少女に真剣な表情で諭されたカカシは、驚いて目を見開く。
仕事に関わること以外で、こうして誰かに叱られたのは随分と久しぶりだった。
両親はすでに亡くなり、何かと世話を焼いてくれた恩師が逝ったのは何年前のことだろうか。「うん、そうだよね」
少女の言うとおりに本をしまったカカシは、しゃがみ込んで彼女と目線を合わせてみた。
まだ身の回りの綺麗な世界しか映したことのない瞳は澄んでいて、緑色の宝石のようだ。
柔らかそうな桃色の髪に触れようとしたカカシは、その手を直前で止める。
新たな仕事が入ったことを告げる鳥が、上空を飛んでいた。
今の火影は忍者使いが荒く、非番の日でもおかまいなしに仕事を入れてしまうのだから、困ったものだ。
「・・・任務が入ったみたいだ。行かないと」
立ち上がったカカシが頭をかきながら言うと、少女はふんわりとした明るい笑みを浮かべる。
「頑張ってね」
釣られてカカシまで微笑んでしまいそうな、実に愛らしい笑顔だった。
だが、頑張れと言われても、頑張りがいのある仕事ではない。
自分が頑張るということは、それだけこの世から命が消えるということだ。「頑張っていますよ、ええ」
目の前に並んだ首は全部で三つ。
かさばるため持ち帰るのが面倒だが、依頼主は首実検をしたいというのだから仕方がなかった。
暗殺任務は今月に入ってこれで10件目だ。
「何ぶつぶつ言ってるんだよ」
暗部仲間に声をかけられて振り返ると、彼は自分と同じように首を二つ持っていた。
大人のものと、小さな子供のもの。
腰から下げた袋に首を入れる仲間を、刀を鞘に治めたカカシは無言のまま見つめる。
小さな首は綺麗な桃色の髪の持ち主だ。
閉じられた瞼の奥にある瞳が、緑色なことをカカシは知っていた。
今度会ったときは何か甘い菓子を渡そうと思ったのに、もう叶わない。「殿様の分家らしい。謀反の疑いがあったみたいだな」
「ふーん・・・」
先日殺した相手もお家騒動の種となる子供で、身分の高い家に生まれると何かと大変なようだ。
血の匂いのこもる家から出ると、満月の光が夜道を照らしていた。
暗部に来てからというもの、仕事は憂鬱な気持になるものばかりで、心を許した相手はみんな先に逝ってしまう。
少しばかり生きているのが嫌になっても、しょうがないことだと思った。
「こんなところにいたら駄目よ」
すぐ耳元で囁かれたような気がして、カカシはハッとして目を開ける。
「・・・あれ?」
いつの間にか、眼前には見慣れぬ風景が広がっている。
忍者の隠れ里らしからぬ、一面の花畑の真ん中にカカシは立っていた。
布団に入って眠っていたはずだったが、夢遊病にでもなったのだろうかと首を傾げると、先程彼に話しかけた人物が進み出る。
「ここは霊界よ。死んだ人の魂がくる場所。分かる?」
「・・・・」カカシを見上げているのは、桃色の髪に緑の瞳の、10代前半を思われる少女だ。
普通ならば宗教の勧誘は相手にしないカカシだが、実際にこの世のものとは思えないほど綺麗な花畑にいるのだから、不思議と彼女の言葉が頭に浸透していく。
「じゃあ、俺は死んだのか」
「そんな感じ。今すぐ体に戻らないと、本当に生き返れなくなるわよ」
「・・・生き返れるの?」
「あなたの場合は特別、寝ている間に魂が体と分離してこっちに来ちゃったみたい。幽体離脱ってやつね」
「はぁ・・・」
オカルト番組でそうした現象を聞いた覚えはあるが、自分にそんな芸当が出来るとは思ってもみなかった。
生きるか死ぬかという大事な局面でも、カカシはいつものようにのんびりと構えている。「それで、君は誰?やっぱり幽霊なの」
「私は死神よ」
「・・・・死神って、黒い衣装で大きな鎌を持っていたりするんじゃあ」
「人間の勝手なイメージよ。そんなダサい格好してる死神はどこにもいないわ」
両手を腰に当てて主張する彼女は、確かに赤い服とスパッツという出で立ちで、そのまま里を歩いていても全く違和感はない。
「死神って人の魂を奪うのが仕事じゃないの?俺を連れて行かなくていいの」
「そんなの私が決めることじゃないもの。それに、私はあなたにまだ生きていて欲しいの」
矢継ぎ早に質問していたカカシが黙り込んだため、暫くの間沈黙が続いてしまった。
自分を真っ直ぐに見つめるカカシに戸惑い、少女は怪訝そうに眉を寄せる。
「・・・・何?」
「うん。君、この間殺した子供に似てると思って」
「そうですか」
どう反応していいか分からず、曖昧な表情のまま頷いた少女にカカシはにっこりと笑いかける。
「有り難うね」
ぽんぽんと、優しく頭を叩くと、彼女の体は氷のように冷たかった。
昔話に出てくる雪女はこんな感じだろうか。
これでは抱きしめたりしたら本当に凍ってしまうかもしれない。「・・・あなた、私のこと怖くないの」
「何で?」
「私は死神よ」
「俺だって死神みたいなものだよ」
人を殺すことを生業にしているのだから、似たもの同士というやつだ。
「それに、君は可愛い女の子だ」
あとがき??
『四月怪談』を思い出す・・・・。
カカシ先生、死神ナンパしておりますよ。
すぐ終わる簡単な話だったはずが、前後編に分かれてしまった!