溺れた魚
「近頃、紅と仲良くやってるみたいだね〜。今夜あたりまたデートですか?」
「ほっとけ」
上忍専用控え室に入るなり、にやにやと笑って話しかけてきたカカシに、アスマはぶっきらぼうな返事をする。
二人が一緒にいるところを見かけると、カカシはすぐにからかってくるのだ。
彼が吹聴したために、アスマが紅と交際を始めたことは一日で仲間達に広まってしまった。
「そういや、お前はあんまり女連れで歩いたりしてないよな」
「なるべく沢山の女性とお付き合いするようにしてるからね。一人だけ、特別扱いは出来ないでしょう」
悪びれもせずに答えるカカシをアスマは半眼で見つめたが、彼は全く気にしていない。
「俺、愛には興味があるけれど、恋とは無縁の生活なの」
女性は自分の必要なときにそばにいてくれればいいのだ。
週末ごとにべつの恋人の家に泊まっているカカシは、その中から一人を選ぶなど考えたこともなかった。
「カカシ先生、何ぼーっとしてるのよ!」
「・・・ああ、ごめん」
天井を見上げたまま考え事をしていたカカシは、サクラに注意されて我に返る。
「もー、私の話、ちゃんと聞いてた!?」
「うん。いのちゃんも医療忍術を学び始めたって話でしょう。サクラもますます頑張らないとね」
「そうよ。それで、いのがこの前の任務で菜の国に行ったんだけど・・・・」
サクラは再び夢中で話し始め、カカシは先程と同じく聞き手に回った。
綱手に弟子入りしてからサクラと同じ任務にあたることは少なくなったが、彼女が頻繁にカカシの家にやってくるため、顔を合わす頻度はあまり変わっていない。
複数いる恋人が鉢合わせしないよう普段女性を家に入れないようにしているカカシだったが、サクラは特別だ。
もし見咎められることがあっても、まだ子供のサクラならば「生徒だから」と言い訳出来る。
何より、サクラがあれこれと自分の世話を焼く姿を見ているのが楽しくもあった。
「あ、カカシ先生、また洗濯物をためてるわね!!」
山のように服が詰め込まれたカゴを見たサクラは、険しい表情でカカシに詰め寄る。
「サクラに言われたから、ちゃんと朝にゴミ出しはしたよー」
「それは当たり前よ!」
ぶつぶつと文句を呟きながらも、サクラはカゴを洗濯機の前まで運んでいく。
サクラがこうして片づけて帰るためによけいにカカシが怠け者になっているのだが、彼女はこの悪循環には気づいていない。
「先生、そこにあるタオルも貸して」
「ん」
カカシが机の上にあったタオルを差し出した瞬間、サクラと掌が重なった。
弾かれたように手を離したサクラは、真っ赤な顔で落ちたタオルを拾い上げる。色恋沙汰にそれほど敏感でないカカシも、何となく彼女が自分に好意を持ってくれているのは感じていた。
どんな人間でも誰かに嫌われるより好かれる方が嬉しいに決まっている。
ましてサクラは可愛い女の子だ。
「サクラ」
たわむれに、サクラの体を引き寄せてキスをしてみると、今度は首まで赤くなった。
今時珍しい純真な反応だ。
このまま続けたら次にどんな顔をするか見てみたくなって、彼女を家に泊めてしまったのがカカシ運の尽きだったのかもしれない。
キャアキャアと明るい声音が往来に響き、振り返ると露店で売るシュークリームに少女達が群がっている。
甘い物には興味がないカカシだが、思わず立ち止まって眺めてしまったのは、サクラの顔が頭に浮かんだからだ。
カカシと違ってケーキ類が大好物のサクラならば、大喜びでシュークリームを食べるに決まっている。
とくに連絡は入っていないが、前に姿を見せたのが五日ほど前だったから、そろそろサクラが来てもおかしくはなかった。「カカシ先生ー」
露店へと足が向きかけたカカシは、そのまま声のした方へと首を巡らせた。
通りの向こうから歩いてきたのは、巻物の束を抱えるサクラ本人と、木ノ葉隠れの額当てを付けた見覚えのない少年だ。
「先生、任務の帰り?」
「・・・うん」
「いつも話してる、七班のカカシ先生。先生、この子は一緒に医療忍術を勉強してる一郎くんよ」
少年に担任の紹介をしたサクラは、笑顔でカカシに向き直る。
「こんにちはー。サクラがいつもお世話になっています」
「・・・・こんにちは」
カカシはにこやかに挨拶をしたというのに、一郎の方は何故か愛想がない。
その瞳からは敵意すら感じられるように思えた。「私達、これから巻物を届けないといけないから。じゃあね、カカシ先生」
「・・・うん」
疑惑は、踵を返した二人を見た瞬間に、確信に変わってしまった。
カカシを睨むようにして見ていた一郎は、サクラには朗らかな笑顔を向けている。
サクラが普段カカシのことをどのように話しているかは不明だが、おそらく彼女の言葉の端々から本能で恋敵を察していたのだろう。
「サクラ」
何となくそのまま二人を行かせたくなくて、気づいたときには大きな声でサクラに呼びかけていた。
「今夜はうちに泊まりに来ないの?」ぽかんとした顔でカカシを眺めていたサクラは、すぐに顔を赤くして彼の元へと駆け寄った。
そして、小声ながら強い口調で忠告する。
「ひ、ひ、人前でそういうこと言わないでよ!馬鹿!!」
「だってサクラがいないと寂しいんだもの」
しゅんとした口調で言えば、サクラが逆らえないことはもう分かっている。
「来てくれないの?」
切なげに問われたサクラは、それ以上怒りの言葉を発することが出来ず、困惑した表情になった。
「・・・・お、遅くなってもいいなら」
任務報告を終え、上忍専用控え室に戻ったカカシは椅子に座るなり机に突っ伏す。
「大人気ないことをしてしまった・・・・」
あのとき、呆然と立ち尽くしていた一郎少年は、おそらく二人の関係にすぐ気づいたことだろう。
だが、サクラに向けられる少年の熱い眼差しを見ていたら、我慢できなかった。
サクラがたとえ子供でも他の男と仲良くしているのが腹立たしい。
そろそろなじみの他の女性達に連絡を取らなければならないのに、気を抜くとサクラのことばかり考えている。
こんな余裕がないのは、自分らしくなくない。控え室の扉を開けて入ってきたアスマは、テーブルに乗ったシュークリームの紙袋と、カカシの頭を交互に見やった。
「何だカカシ、具合でも悪いのか」
「ん・・・・」
顔を上げたカカシは、力のない笑みを浮かべてアスマに答える。
「なんか、溺れちゃった感じなのよ」
あとがき??
恋に溺れるカカシ先生。猿も木から落ちる、ということで。
ろくでなしカカシも好きです。
本当は前から先生も好きだったんですが、手をつけちゃったので、歯止めが利かなくなってるような・・・。