ガールフレンド 1
「誰、その子?」
小さな女の子の手を引いて帰宅したサクモに、カカシは怪訝そうに訊ねた。
彼女の遊び相手となる相手はこの家にはおらず、子供が歩くにしては遅い時間だ。
「お前の妹だよ」
手に持っていた新聞を床に落としたカカシは、にっこりと微笑むサクモの顔を穴が空くほど凝視した。
「・・・・・・・・・・は?」
「これから一緒に暮らすんだ。年は5歳、名前は春野サクラ。まだ母方の姓だけど、すぐに手続きをするから・・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
喋り出したサクモを遮り、カカシは額に手を置いて考えを纏め始める。
「5歳、5歳って、6年前まだ母さんが生きてたじゃないか。それって母さんが元気なときに、よそに愛人作ってたってこと?」
「・・・すまん」
「えーーーーーー、本当に、冗談じゃなくて!?」カカシがここまで驚くのは訳がある。
はたけ夫妻は木ノ葉の里でも評判のおしどり夫婦で、一年前に伴侶を失ったサクモは当時周りの人間が見ていられないほどの嘆きようだった。
それが、他に愛人がいたと言われても、カカシはすぐには信じることが出来ない。
「今まで黙ってたの、怒ってる?」
「いや、別に・・・・」
黙り込んだカカシにサクモはおずおずと訊ねたが、カカシは首を振って応える。
怒るというより、驚きが大きすぎて一切の思考が止まっているのだ。
「サクラ、これがお兄ちゃんのカカシだよ。仲良くしてね」
好感触ではなかったとはいえ、息子の反応がさして悪くなかったことに安心したのか、サクモはにこにこと笑ってサクラの頭に手を置く。
サクモの後ろに隠れるようにして立つサクラは、引っ込み思案な性格なのか、彼に背中を押されてもなかなか前に出ていこうとはしなかった。
サクラの母親は優秀な医療忍者で、サクモとは同じ任務につくことが多かったらしい。
いつから関係が続いていたのか知らないが、サクモの妻が亡くなって一年が経ち、そろそろカカシに紹介しようとした矢先に彼女がはやり病でぽっくりと逝ってしまった。
そしてサクラだけが取り残され、サクモが慌てて引き取ったというのが真相だ。
今まで何度も彼女達の家に通っていたせいか、サクラはサクモによく懐いていて、始終べったりとくっついている。
だが、カカシはといえば、どう接して良いのかが分からず、サクラとは一定の距離を保っていることが多かった。
長い間一人っ子だったというのに、突然妹が出来たのだから心中複雑だ。
まさかサクラと引き合わされて一ヶ月後にサクモが任務中の事故で急逝するとは、いくら写輪眼を持ち合わせるカカシでも、見通すことの出来ない未来だった。
「死人だらけだなぁ・・・」
残された者の気持ちも知らず、笑顔を浮かべる父の遺影を見つめて、カカシはため息混じりに呟く。
この短い期間にカカシとサクラは相次いで両親を失い、ついていないというより、何かが悪いものが憑いていると考えた方がいいのかもしれない。
そして、途方に暮れて座り込む二人の前では、今まで数度しか会ったことのない親戚の年寄り達が言い争いをしていた。
カカシはもうすぐ成人するため一人でもやっていけるが、問題はサクラだ。
自分の死が近いことを知らないサクモはまだ諸々の手続きを行っておらず、彼女は春野の姓のまま、戸籍上ははたけの家とは無関係の人間だった。「やっぱり施設に入れた方が・・・」
「銀行にはどれぐらい・・・・」
サクラの処遇や遺産について真剣な表情で話し合う大人達を、カカシは線香の匂いのする部屋でぼんやりと眺める。
先程からずっと見ているが、あんまり悲しそうではない。
血の繋がった親戚でも、死んだ時はこんなものなのかと思ってしまった。
傍らを見ると、サクラが体中の水分を出し尽くしてしまうのではないかという勢いで泣き続けている。
調べてみると彼女の母親は天涯孤独の身の上だったらしく、頼るべき人間が一人もいないサクラは、カカシ以上に運のない子供のようだ。
サクモの人生に係わった時間は一番短いだろうに、カカシにはこの部屋にいる誰よりもサクラが身近な存在に感じられた。
「あのー、ちょっといいですかーー」
カカシがのんびりとした口調で言うと、親戚一同の視線が彼に向けられる。
「サクラは俺の家族です。これからも一緒に暮らしたいので、どこかに預けるとか、そうした話は無しにしてください」
「えっ!」
思いがけないカカシの発言に、彼らは目を丸くして驚く。
この場にいる誰もが、カカシでさえつい5分前まで全く考えていなかった選択だ。
「お前に小さな子供の世話が出来るのか」
「ま、何とかなりますよ。おじさん達に迷惑はかけませんから。俺、こう見えて結構稼いでいるんです」
「でも・・・」
「父さんも母さんも、突然俺の前からいなくなって・・・。もうこれ以上家族を奪われたくないんです」
サクラの肩を引き寄せて発せられた言葉には自然と力がこもり、皆を黙らせるだけの威圧感があった。
「お願いします」
ぴりぴりとした空気の中、ふいに表情を和らげて頭をさげたカカシに、意見できる者は一人もいなかった。
「カカシ先生、早くしないと今日も遅刻よ!!先に行っちゃうからね」
甲高い声に促されて半身を起こしたカカシは、カーテンを開ける少女を真っ直ぐに見つめた。
夢の中で5歳だったサクラも今は12歳に成長している。
アカデミーを卒業し、下忍になったサクラがカカシの担当する7班に配属されたのは、もちろん裏工作あってのことだ。
忍びの世界に足を踏み入れたからには、命の危険もある仕事が多々有り、そばにいた方が守ることが出来る。
「何?」
「・・・・昔の、夢を見てたんだ。サクラが「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って煩いくらい付きまとってきたときの」
「ふーん」
たいして興味がないのか、そのまま部屋から出ていこうとするサクラの腕を素早く掴んだ。「もう、お兄ちゃんって呼んでくれないの?」
「任務中にも言っちゃいそうになるんだもの。これからはずっと「先生」を付けて呼ぶわよ」
「何だか寂しいなぁ・・・・」
目元を拭う動作をしたが、演技の泣き落としはサクラには通じない。
仕方なく、サクラから手を離したカカシは、言い忘れていた言葉を口にした。
「おはよう」
あとがき??
『うさぎドロップ』的なほのぼの家族を二人でやりたかったのに、何だか全然別方向に進みつつあります。
むしろ『回転銀河』の「クエーサー」とか・・・。あわわ。
ほのぼの目指して頑張ろう。