触媒
「サクラ」
「お帰りなさい、カカシ先生」
両手を広げると、サクラはいつものようにカカシの胸に飛び込んでくる。
カカシにとってたまらなく嬉しい瞬間だ。
どんなに辛い任務でも、サクラが笑顔で迎えてくれることを思えば、耐えられる。
しかし、感じた違和感にカカシは眉をひそめた。「サクラ、またやった?」
肩に手を置いてその顔を見ると、サクラは苦笑しがなら軽く舌を出した。
「ばれちゃった」
全く悪びれた様子もなくエヘヘと笑うサクラを、カカシは再び強く抱きしめる。
「しょうがないなぁ。今度は誰なの」
「情報管理班にいたコウガくん。過去形なのはね、デスクワーク中心だったのが、左遷されちゃって今度生きて帰れないかもしれない任務に行く事になったんだって。可哀相でしょ」
カカシの背に手を回して頬を擦り寄らせるサクラに、カカシは心無い言葉を言う。
「そうだね。可哀相だね」「でも、何でいっつもすぐにばれちゃうのかなぁ」
不思議そうな声を出すサクラの唇を、カカシがふさぐ。
長い長いキスが終わるころには、サクラの身体はベッドの上に投げ出されていた。「匂いだよ。サクラの身体は君を抱いた人間の匂いがすぐに染み付いちゃうんだ。だから分かる」
キスの余韻で焦点の合わない目でカカシを見るサクラは、カカシの言葉が自分のした質問の答えなのだということに暫らく気付かなかった。
軽く腕をあげて自分の身体に視線を走らせる。
「へぇ」
「自分じゃ分からないだろ」
カカシは可笑しそうに言うとサクラの服に手をかける。
「これから俺がコウガくんの匂い消してあげるからね」
「んー」
カカシの愛撫に応えながら、サクラは否定とも肯定ともとれる返事をかえした。
サクラとカカシは恋人同士だ。
サクラが下忍の頃から関係を持ってはいたが、二人の間柄が公のものとなったのは、サクラが中忍になって、さらに日数が経ってからのこと。
だが、サクラはカカシの恋人という自覚がないのか、他の男に簡単に身体を許してしまう。
カカシが身近にいる時はまだ自制ができるらしいが、問題はカカシが任務で里を離れている間。
相手の男が危険度の高い任務に行くことを告げれば、サクラはかなりの確率で情にほだされる。「だって、可哀相じゃない」
それがサクラの言い分だ。
「君がコウガくん?」
満面の笑みを自分に向けるカカシに、コウガと呼ばれた男は静かに笑った。
「そうですよ。そろそろ来る頃だろうとは思っていました」
「いい覚悟だね。最近は、分かってるはずなのにあがく男が多くて嫌になってたところだよ」
コウガに近づくと、カカシは彼の肩を優しく叩いた。
「その殊勝な心がけに免じて、苦しまないようにしてあげるね」人気のない路地は一瞬の間の後、血の海と化した。
もし素人の人間がこの場所に踏み込んだら吐き気をもよおして10秒と留まることはできなかっただろう。
原形を留めることのできなかった肉塊がそこかしこに散らばっている。
その中心で微笑みを浮かべる一人の男。
身体には血の染み一つない。
表情はおよそその場に似つかわしくない晴れやかな笑顔だった。「さて、連絡しておいたからそろそろ来るよな」
顔見知りの死体処理班の人間が現れる前に、カカシはその場から姿を消した。
「カカシ先生―。このごろコウガくん見ないの。もう任務に向かったのかなぁ」
「そうなんじゃない。それよりサクラ、俺一週間後にまた任務で外に行くんだ。今度は悪い虫を起こさないようにしろよ」
「ラジャー」
無駄だと知りつつも忠告するカカシに、サクラは無邪気な笑顔と敬礼を返した。
その動作に破顔したカカシはサクラの額に唇をおとす。自分の相手をした男がどうなっているのか、サクラも気付いている。
それなのにサクラはみすみす相手の男の詳細をカカシにばらす。
その度にカカシも男を消しに行く。
サクラに手を出せば命が無いと知っていながらも、思いを遂げることを望む男はあとを絶たない。
そして繰り返される奇行。二人にとって、これらの事はすでにお互いの愛を確かめ合う儀式のようなものだった。
あとがき??
超短時間で仕上げました。い、一時間。
書き終えた今となってはどうしてこの話を書こうと思ったのかもよく分からない。
たぶん映画『カンゾー先生』に出てくる女の人がサクラのモデル。ソノコさんだっけ。
パラレル、パラレル。