少年の纏足


「ナルト」
アカデミーからの帰り道、ナルトの姿を見つけたイルカは駆け寄って声をかけた。
「久しぶりだな」
「イルカ先生」
イルカの呼びかけに立ち止まり、ナルトは嬉しそうな笑顔を向ける。
「任務の帰りか」
イルカの疑問にナルトは首を振って答える。
「ううん。これからカカシ先生のお見舞いに行くんだ」

ナルトの所属する7班の上忍、はたけカカシが足に重傷を負って入院したのは2週間ほど前の話。
嘘のような事実に木ノ葉の忍びは騒然となった。
怪我の理由は、森で地中深く埋められた狩猟用地雷を踏んだため。
カカシは何故そのような初歩的なミスを犯したのか皆に話そうとはしなかった。

「そうか、入院してたんだったな。怪我の具合はどうなんだろう」
「昨日は全然元気そうだったよ」
イルカは「えっ」と驚きの声をあげてナルトを見た。
「昨日もお見舞いに行ったのか」
「うん。毎日行ってる。サクラちゃんも来てるよ」
イルカはナルトの言葉に、単純に7班の先生は慕われているのだと思った。
ナルトの頭を撫でながら、イルカは労いの言葉をかける。
「カカシ先生を心配して毎日病院に通うなんて、感心だな」
ナルトはイルカの手を払いのけるように身を引くと、急に表情を曇らせた。
「・・・そんなんじゃないよ」

 

カカシの怪我は、サクラのために負ったもの。
地中の地雷を誤って踏んだのはサクラだった。
ナルトとの会話に夢中になっていたサクラは、足に感じた違和感に、瞬時に顔を真っ青にした。
とっさにカカシがサクラを庇わなかったら、間違いなくサクラの足はもげていたことだろう。

血を流して倒れるカカシと、泣き叫ぶサクラの姿を見た時、ナルトは冷静な頭で「ああ、まただ」と思った。
波の国に向かう途中、襲撃をうけた時も自分だけ動けなかった。
今回も。
サクラの一番近くにいたのは自分だったのに、爆風から自らの身を守ることしかできなかった。
大切な人を守れなくて、今までなんのために特訓を重ねてきたのかとナルトは自問する。

なにより許せなかったのは、カカシを妬んでしまった自分だ。

サクラは毎日病院に通い、甲斐甲斐しくカカシの世話をしている。
生真面目なサクラは、絶対にこの恩を忘れないだろう。
負い目を感じて、一生カカシに尽くすはずだ。
自分だって、サクラのためだったら足の一本や二本どうなったっていいのに。
病院で負傷したカカシを横目に、怪我の心配よりも、まずそのように考えてしまうことに、ナルトは自分がとんでもない悪人になってしまったような気がしていた。

 

「ナルト?」
黙り込んだナルトに、イルカが心配そうな声を出す。
「ごめん。俺、もう行かなきゃ」
ナルトはイルカの前から逃げるようにして走り去った。
皮肉げに歪んだ顔をイルカに見せたくなかった。

イルカ先生は、自分の中に醜い感情があることを知らない。

 

ナルトがこうして毎日まめに病院に足を向けているのも、別にカカシの怪我が心配だからではない。
カカシとサクラの距離をこれ以上縮めたくないからだ。

最初に7班のメンバーで病室に訪れた時、サクラは泣きながらひたすらカカシに謝っていた。
自分の過失を後悔し、サクラはすっかり食が細くなった。
青白い顔で涙を流すサクラと、足以外たいした怪我もなくいつもの飄々とした顔のカカシでは、サクラの方が入院患者のように見えた。
サクラを手招きしたカカシは、
「サクラに怪我がなくてよかったよ」
と言うと、俯いて涙するサクラの頭をなでた。
その言葉にサクラは堪えきれずカカシの胸にしがみついて大泣きした。

これまでのナルトだったらサクラを非難することなく優しい言葉をいうカカシに、先生格好いい、と思っていただろう。
でも、この時ナルトに芽生えた感情は全く正反対のものだった。

カカシ先生はわざと怪我をしたのかもしれない。
上忍のカカシだったら、逃げることは可能だった。
だけど、サクラにかりを作るために。
馬鹿なことだと一度はその考えを一蹴したナルトだったが、自分やサスケにどこか余裕のある笑みを返したカカシを思い出すと、どうしても不快な考えを拭えなかった。

 

あれこれ考えながら歩いていたナルトは、いつの間にか病院にたどり着いていた。
カカシがいない間、ナルト達は自主練習をすることになっている。
一応、各自一日のノルマをカカシから言い渡されており、サクラはそれがすむといつも早々に姿を消した。
カカシがいなくなってから、サクラはぼんやりとしていることが多くなり、今までよりずっと優しい笑みをナルトに向けるようになった。
それがナルトの不安を増長させる。
今までの経験上、自分に優しく接する人間には何か裏がある。
後ろめたいことがあるのだ。

そして、ナルトはこの日、悪い予感というのは当たるものなのだと身をもって知ることになった。

「カカシ先生、そろそろナルトが来るよ」
ドアノブに手をかけたナルトは自分の名前が聴こえてきたことで、とっさに気配を消して室内の様子を窺った。
「いいじゃん。見られたって」
「駄目だってば」
僅かな隙間から垣間見る。
ぴったりと寄り添うカカシとサクラの姿に、ナルトの瞼が震えた。
眼前の光景を、すぐには信じることができない。

「早く放してよ」
サクラは自分をしっかりと捕まえているカカシの両腕に手をかける。
だけれど、それは決して嫌そうな声音ではない。
「じゃあ、キスしてくれたら放してあげる」
カカシは自分の口元を指差して言った。
「本当―?」
サクラはクスクスと笑いながらカカシを仰ぎ見る。
サクラがカカシに唇を寄せようとしたその時、病室のドアが大きな音をたてて開いた。

怒りとも悲しみともとれる表情をしたナルトが、二人を睨みつけるようにして仁王立ちしていた。
「な、ナルト」
サクラは慌ててカカシから身を放そうとしたが、カカシはその手を放さなかった。
挑発的な笑みを浮かべたカカシが面白そうにナルトを見る。
「なに、覗き見してたの?出歯亀くん」
ナルトの顔が瞬時に赤く染まった。
怒りのために握り締めた拳が震えている。

「先生、やめて」
その場の険悪な雰囲気にサクラが悲鳴のような声をあげる。
サクラの声が引き金となり、ナルトはドアを開けたまま病室から駆け出した。
カカシを殴りたい気持ちは山々だが、いかんせん、実力の差がありすぎる。
例え怪我をしていても、ナルトはカカシにかなうとは思えなかった。
ナルトには病室から立ち去ること以外に選択肢は残されていなかった。

 

最初にナルトの頭に浮かんだのは、どうしてあの二人が、ということ。
だが、ナルトはその愚問に苦笑いした。
ナルトはとうの昔に気付いていた。
カカシがサクラに向ける視線の意味に。
だから、サクラのために怪我をしたカカシを妬んだのだし、毎日病院に通った。
ただ、認めたくなくて目を瞑っていただけ。
上忍と下忍の格差は身にしみて分かっていたから。
その間に、カカシはサクラを手中にすることに成功してしまった。

「ナルト」
背後から聞こえてきた声に、ナルトは振り返った。
サクラが息を切らして駆けてくる。
ナルトは無言のままサクラを見詰めた。
サクラは声をかけたものの、どう切り出して良いのか、困惑している表情だ。

「あの、驚かせてごめんなさい。でも、私」
「いつからカカシ先生と付き合ってるの」
狼狽気味に話すサクラの言葉に耳を貸さず、ナルトは問い掛けた。
その冷ややかな声にサクラは驚いて目を見開いている。
「ナルト・・・?」
「カカシ先生が入院してからでしょ」
サクラは黙って俯いた。
サクラのその沈黙をナルトは肯定と取る。
「サクラちゃん、勘違いしてるんだよ」
それまで無表情だったナルトは、急に軽薄な笑みをサクラに向けた。

「サクラちゃんはカカシ先生に負い目を感じてるだけ。それは愛情じゃない。罪悪感があるから、先生の気持ちに応えようって、先生が好きだって思い込もうとしてるんでしょ。違う?」
「やめて!」
顔をあげたサクラは怯えたような瞳でナルトを見た。
目の前にいるのがナルトだと信じられなかった。
ナルトの声が冷笑を含んだものであったから、よけいに酷な印象を与える。
「どうしてそんな酷いこと言うの」
「酷い?でもこれは事実でしょ」
間髪入れずに返答したナルトはそのまま含み笑いをもらした。
サクラは瞳に涙をにじませながらナルトを睨む。
だが、笑いを止めたナルトは全く怯むことなくサクラを見詰め返している。
真っ直ぐな瞳で自分を見据えるナルトに、やがてサクラはボロボロと涙を落とし泣き始めた。
サクラのすすり泣きに、ようやくナルトは我にかえる。

あぶないな。
最近気を抜くと本音が口をついて出てしまう。

「・・・・ごめんね。今言ったのは全部嘘だよ」
ナルトが表情を和らげて言うと、サクラは泣きながらもホッとした表情をした。

サクラの顔を眺めながら、ナルトは思った。
サクラちゃんもイルカ先生と一緒だよ。
笑顔の裏側で、いつも自分が何を考えているか、想像もしていないのだろう。
でも、彼らは自分にとって何にも代えがたい大切な存在なのだ。

 

昔の本当に小さな頃はともかく、大きくなってからは皆の目をひくための悪戯をしたいとナルトは思わなくなっていた。
だけれど、ナルトは自分の意志に反して、悪戯行為をやめなかった。
今までと違った行動を取れば、何故か周りの人間が不安そうな顔をするから。
そうなれば、後に自分の身に何が起こるか子供ながらに恐ろしかった。
進んで道化役をすることは、幼い頃から自然に身に付けたナルト流の処世術。

里の人間達の自分に対する硬化な態度の理由は、自分の中に九尾の妖狐が封印されていると知ってからようやく理解できた。
自分がもしサクラのように優等生だったとしたら、里の皆の対応は今よりももっと厳しいものだったはずだ。
最下位の成績をとって、ただの悪戯小僧だと思っているからこそ、皆は安心して自分を中傷できるのだ。
こんな馬鹿な奴なら九尾の妖狐の力を出すことなどできるはずもないと。
そんな周りの大人達の反応を見て、ナルトは心の中ではあざけりの笑みを浮かべていた。
まだ子供である自分の真意を見抜けないとは、なんと浅はかな大人達だろうか。

それでも、周りに合わせて行動していれば楽だったから、この作られた性格を変えるつもりはなかった。
誰にも負けない力をつけるその時まで、子供の仮面は外さない。
今にきっと火影となって、自分を虐げてきた者達を見返してやる。
そうして蔑まれて生きてきた恨みは、笑顔に隠したナルトの胸のうちにゆっくりと積み重ねられていった。

順調に周りの人間を欺き続けてきたナルトだが、カカシと出会ったことでその考えを改めることを余儀なくされる。
7班が結成されて初めて二人きりになった時、カカシはナルトにこう言ったのだ。
「お前、ズルしてるだろ」
愕然とした表情をするナルトに、カカシはニヤリと笑った。

見抜いている。
表面的に子供を演じているナルトに、カカシだけが気付いていた。
上忍の洞察力に瞠目しながらも、ナルトはそろそろ変わらなければならない時がきたのかもしれないと思い始めた。
折りしも、ナルトの意志に反して日に日に強くなっていく負の感情。
サクラとカカシが接近してからは、より急速に自分の中で何かが壊れていくのが分かる。

果たして、里の人間達への復讐という気持ちだけに支えられている自分の破綻した精神は、いつまでもつのだろうか。

 

「俺、サクラちゃんが好きだよ」
耳に胼胝ができるほど聞いた、いつものナルトの台詞。
そのはずなのに、サクラは目の前で笑みを浮かべるナルトがまるで別人に変化したように感じていた。
先ほどからのナルトらしくない言動のせいかもしれない。
「でも、私カカシ先生が」
「うん。それでも俺諦めないよ」
俺が火影になったら、カカシ先生を殺してでも君を手に入れるから。
物騒な言葉を飲み込みながらナルトは朗らかに笑った。
「ナルト・・・」
不安げに見詰めるサクラに、ナルトは彼女が自分の本性に感づき始めていることを悟る。

そんな顔しなくても、大丈夫だよ。
まだ君の望むままの、子供っぽくて、頼りない、サクラがいないと何もできない「ナルト」でいることができるから。

もう暫らくの間は・・・。


あとがき??
うはーー!なに、このダークさは!!
まさか暗い部屋にナルト中心の話を置く日が来るとは思わなかったよ!
暗い部屋に来ると、ナルトも狂うらしい。
天真爛漫なナルトに実は裏の顔があったとかいうと面白い(?)かなぁと思いまして。
先生に触発されて、ナルトの悪人度増してるし。
でも、あんな人生送ってきて、ナルトのあの明るい性格は絶対無理あると思うのよー。
ちょっと太宰治の『人間失格』入ってるな。

これ以上ナルトに地獄を見せてどうするんだって感じの話。
あれ、これもともとはナルサクだったんじゃあ?
カカシ先生極悪人、ナルト虐待話になっちゃったよ。ひー。
ラブラブ(?)ナルサク書こうとしたのに!(本当)なんでー???
でも、カカサクいちゃいちゃのあたりが一番スラスラと書けたあたり、私も外道やね・・・。
ナルト、ごめん。

今気付いたけど、サクラちゃん、ナルトの言葉、否定してない・・・。
カカシ先生の怪我はもちろんわざとですよ。(きっぱり)

カカシ先生がサクラをかばって足に怪我するあたりは、ばりばり『キル・ゾーン』のぱくりですな。
カカシ=エイゼン、サクラ=キャッスル、ナルト=ラファエル。
え、ってことはサスケはシドーか。
ピッタリすぎるキャスティングにビックリだ!!


暗い部屋に戻る