すくいきれないもの
「おー。久々だな」
ナルトを病室の扉を開くと、カカシは笑顔で歓迎した。
カカシの怪我はすでに短い距離なら歩けるところまで回復している。
カカシが久々と言ったのは、毎日見舞いに来ていたナルトが、カカシとサクラの関係を知ってしまったあの事件以来ぱったりと姿を見せなかったからだ。「サクラちゃんは」
「風邪で寝込んでるから、今日は来れないんだろ」
ナルトが事情を説明する前に、カカシがナルトの言葉を続けた。
「何で知ってるの」
驚くナルトにカカシは鼻歌まじりに答える。
「風の噂だよ」
サクラからカカシに伝えてくれと言われたのだから、当然彼女がカカシに連絡したのではない。
療養中だというのにどのような情報源があるのか分からないが、その地獄耳をナルトは正直恐ろしいと感じた。
その後、二人の間に会話らしい会話はなく、ただ時間だけが過ぎていく。
カカシはベッドに半身を起こしつまらなそうにTV番組を見ていたし、ナルトはぼんやりと椅子に座っている。
自分に関心のない様子のカカシに、ナルトは返事を半ば期待せずに問い掛けた。「カカシ先生、怪我が治ったらサクラちゃんの気持ちが離れていくと思ったことはないの」
「ないね」
TVから目を離すことなくカカシは即答した。
思いがけず返ってきた言葉とその内容に暫し呆気にとられながら、ナルトはなおも食い下がる。
「それでも、もし、サクラちゃんに他に好きな男の人ができたら」
「そうしたらー」
ようやくナルトに顔を向けたカカシは、事も無げに答えた。「サクラの足を斬るかな」
目を見開いたナルトに、カカシはゆっくりと相好を崩す。
「どこへも行けないように、ね」
まるでとっておきの秘密を告白する子供のように、カカシは楽しげな笑みを浮かべて言った。その笑顔にナルトは慄然となる。
別の人間が言ったのなら冗談なのだと思い、笑い返すだろう。
だが、他でもないカカシの口から出た言葉だったから、ナルトは妙に納得してしまった。この上忍の先生は、もともとサクラの気を引くため、だけに地雷に突っ込むような馬鹿だ。
運良く傷は完治したが、たとえ足が無くなっていたとしても後悔はなかったはずだ。
いや、むしろ、足がなくなっていた方がよりサクラの気持ちを掴むことができたのに、と惜しんでいるに違いない。
自分と同様、いやむしろそれ以上かもしれないカカシのサクラに対する執着に、ナルトは内心舌を巻く。「カカシ先生、何でそんなにサクラちゃんが好きなの」
それはナルトが前から知りたいと思っていた疑問。
カカシは両腕を胸のあたりで組み合わせ、首を傾げた。
だが上手い言葉が見つからなかったのだろうか。
カカシの解答は全く要領を得ないもので、ナルトを随分とがっかりさせた。「理由のある好きは、本当の好きじゃないよ。俺はただサクラが欲しいんだ」
サクラの家を訪れた時、彼女の両親が留守だったことはナルトにとって都合の良いことだった。
彼らは里の他の大人同様、サクラと同じ班にナルトがいることをよく思っていない。
ナルトが見舞いに来たと言っても、体良く追い払われていただろう。ナルトがチャイムを押すと、熱のために赤い顔をしたサクラが出てきた。
「ナルト」
「サクラちゃん、大丈夫?これ、お見舞い」
ナルトは好物の牛乳を片手ににっこりと笑う。
一人暮らしのナルトと違い、サクラは別に牛乳に困っていなかったが、サクラは有り難くそれを受け取った。
ナルトらしい見舞いの品に苦笑しながら。「一人なの?」
ひっそりと静まり返った室内に、ナルトは落ち着かない気持ちで辺りを見回す。
「うん。お母さんは町内会の旅行でいないの。お父さんは私のこと心配して仕事を休むって言ったんだけど、私がいいって言って家から追い出しちゃった。でも、早めに帰ってくるって言ってたわ」
まだ少しふらついているサクラを気遣い、ナルトはお茶の用意をするサクラを手伝うために台所へ向かう。
「ごめんね。すぐ帰るから」
「大丈夫よ。朝に比べると全然よくなったから。ナルトは先に居間で座っててよ」
笑顔のサクラを、ナルトは不安そうに見遣った。
サクラがお茶を持って居間にやってくると、ナルトは棚に飾られた写真に見入っていた。
「これ、サクラちゃん」
「うん。そうよ」
テーブルにお盆を置いたサクラはナルトの隣りに歩いてくる。
写真には、幼いサクラが両親と公園でくつろいでいる様子が写っている。
Vサインをしてレンズに向かうサクラが可愛らしい。「楽しそうだね」
「これはね、私の5歳の誕生日の時の写真なのよ」
サクラは嬉々として家族の話を始める。
仲が良い家族らしく、殆どが自慢話だ。
家族で行った旅行の話や、親子で共通の趣味など。
楽しそうに話していたサクラは、ナルトの顔を見て突然話を止めた。「どうしたの」
ナルトは俯いて暗い顔をしているサクラに訊ねた。
「ごめんなさい」
「・・・・何で謝るの」
サクラはナルトに家族がいず、長い間一人暮らしだということをすっかり失念していた自分の迂闊さを恥じた。
いたたまれず、ナルトから顔を背ける。
「ナルトのこと分かってるつもりだったのに」
サクラのその一言に、ナルトの顔からすっと表情が消えた。
「何が」
「・・・・」
冷たい声音に、サクラはナルトが自分を責めているのだということをはっきりと感じた。
答えることができずに黙り込むサクラに、ナルトは淡々と言葉を続ける。「君が俺の何を分かっているというの。サクラちゃんが見ている俺はほんの一部分。それなのに、分かってるなんて軽はずみに言わないで欲しいよ」
ナルトは無表情のままサクラを一瞥した。
「でも」
口を挟もうとするサクラをナルトはきつく睨む。
「俺はね、小さな時から理由も分からず大人達に蔑みの目で見下されていた。存在そのものを否定されていたんだよ。周りの人間達が俺に望んでいたのは、俺が早く死んでくれることだけだった。そう悟った時の孤独を、恐怖を、君は本当に分かるの」
一気に捲し立てたナルトは息を吸い込むと側にあるテーブルを荒々しく叩いた。「分かるって言えるのかよ。ねぇ!」
言葉と同時に再び強く叩く。
テーブルの上にのっていたティーカップが床に落ち、音をたてて割れる。
その音の震動に、サクラも身を震わせた。
「ご、ごめんなさい」
見たことのない険しい形相のナルトに、サクラはすっかりのまれている。
突然豹変したナルトが恐ろしかった。
震える足は立っているのもやっとだ。気付くと、テーブルは赤く染まっていた。
強く叩いたことでナルトの手から血が滴っていたためだ。
ナルトはどこかうつろな目でその傷口を見詰めている。
そして緩慢な動作で指先をぺロリと舐めた。
「俺は別にサクラちゃんに謝ってもらいたいわけじゃないんだよ。そうだね、でも」
ナルトは薄く微笑んでサクラを振り向いた。
「同情するくらいなら、慰めてくれる?」ナルトのその言葉の意味を理解できないまでも、サクラは警戒心からあとずさった。
だが、サクラのそんな様子にはかまうことなくナルトは距離を縮めてくる。
「やだ。あっち行ってよ」
壁際に追い詰められたサクラは悲鳴混じりの声をあげた。
今サクラの目の前にいるのはナルトであって、ナルトではない。とっさに印を結ぼうとしたサクラの手をナルトが易々と掴んで壁に押し当てる。
「振りほどける?」
面白そうに笑うナルトに、サクラはその手を外すために懸命になった。
だが、それは敵わない。
「君には無理だよ。今じゃ腕力もチャクラの使い方も君より俺の方がずっと勝ってるし、背だってほら」
ナルトは言いながらサクラの額に軽く触れる。
「同じくらいだ。あと2、3ヶ月すれば追い抜くかもね。でも、君は全然気付こうとしてくれなかった。俺の本性にも勘付いていたのに、見ないふりをしようとしていた。馬鹿だよ。おかげで君は今窮地に立たされてる」伸ばされた手に、サクラは怯えた瞳をナルトに向ける。
ナルトは血の出た方の手でサクラの頬に触れていた。
半ば放心状態のサクラはよけることすらできない。
サクラの顔に、まるで所有を誇示するマーキングのように、ナルトの血が鮮明に彩られる。
声もなく瞳を潤ませるサクラに、ナルトは僅かに口の端を緩ませた。「カカシ先生にばれたら、たぶん俺殺されちゃうな。別にそれでもかまわないけど」
ナルトはサクラのよく知る、屈託のない微笑を浮かべて言った。「サクラちゃんは優しいから、先生に告げ口したりしないよね」
次の休日、暇を持て余したナルトは手を頭の後ろで組んで口笛をふきながら、ぶらぶらと散歩をしていた。
そして、人気のない場所まで行ったところで、待ち人に声をかける。
その気配には、家を出て暫くした時点で気付いていた。「カカシ先生、いつ退院したの」
「まだだよ」
ナルトが振り返ると、確かにカカシは病院内にいる時と同じ服装だ。
「じゃあ、早く病院戻らないと駄目なんじゃないの。サクラちゃんも心配してるよ」ナルトの眼前まで来ると、カカシは目を細めてナルトを見た。
「ナルト、お前サクラに何かした」
カカシの言葉に、ナルトは不思議そうな顔になる。
「何かって、何」
カカシの鋭い視線にもナルトは動じず、目を逸らすことなく、逆に問い掛ける。
「サクラちゃんが、何か言ったの」
「いや、サクラは何も言わないよ」
「なら別にいいじゃん」
ナルトは朗らかに笑って答えた。カカシから視線を外したナルトが再び歩き出そうとすると、カカシに腕を取られる。
「本当に何もないんだな」
「あったら、どうするの。俺を殺す?」
煩わしいという風にカカシの手を振り払うと、ナルト真顔になった。
「できないでしょ。だって、俺を殺したら九尾の妖狐の封印が解けちゃうもんね。今まで封じられていた怒りの反動から、今度は里がなくなるかもしれないよ」
緊張した面持ちになったカカシに、ナルトはやわらかく微笑んだ。
「何にもしてないよ。でも」
言葉を切ると、ナルトは少しだけ小首を傾げる。「栄枯盛衰。10年経ってもまだサクラちゃんが先生の元に留まってると思う?」
とぼけた声を出すナルトとは対照的に、カカシは苦虫を噛み潰したような顔をした。
ナルトのその言葉はカカシの内心の不安を的確についたものだったからだ。
押し黙るカカシに、ナルトは踵を返すとそのまま駆け出した。
こみ上げる笑いをなんとか抑えながら。
ナルトがサクラに言った脅し文句は嘘だ。
どんなことがあろうと、自分の命が奪われることはない。
最悪の場合でも軟禁程度。
だが、妖狐の存在を知らないサクラは簡単に騙された。そしてカカシに言った「何もしてない」という言葉も、嘘。
幼い頃から嘘をつくことには、慣れている。
笑顔で偽りを言うことなど、ナルトには何でもない。
そして、自分の嘘を人が信じることは、たまらないカタルシスだ。
ナルトは健気にも秘密を口外せずに耐えているサクラのことを思うと笑いが止まらない。
カカシと二人でいる時にサクラがどんな顔をしているのか、想像するだけで楽しい。
日が経つにつれ、ナルトは段々と九尾の妖狐様様という気分になってきた。
共存していくことを考えれば、これほど頼りになる存在はいない。
誰もが恐れる九尾の妖狐。
火影になるための、大切な大切な足掛かり。立ち止まったナルトは自分の腹部に手を置くと、なかにいるモノにいとおしげに呼びかけた。
「これからもよろしくな。相棒」
あとがき??
駄文投票1位、『少年の纏足』の続編。
やばい。やばすぎる。この話は本当にこれでおしまい。打ち止めです。
ナルト達の年齢15歳前後の設定なので、一応パラレル。
えーと、いろいろと奥ゆかしい描写なので、分からない人は分からなくて結構です。(汗)
読み返せないー!さ、削除したい・・・。タイトルは名作中の名作ゲーム、『タクティクス・オウガ』から。
ちなみに「すくいきれないもの」はナルトであり、カカシ先生であり、二人に愛された悲運なサクラでもある。
本当に救いきれない。それでも、彼らはサクラを渇望しているらしい。妖狐との共存を選んだナルトは、これから孤高の道を突っ走るようです。
私の予想じゃ、この先の展開は1.ナルトが死ぬ。(というか、殺される(毒殺とか騙し討ちで))
2.ナルトが火影になって恐怖統治をする。(イルカ先生とカカシ先生は死亡)
3.サクラが死んでナルトを諌める。のどれかなんですけど。うはー、どれもこれも最悪。
『少年の纏足』に投票してくださった皆様、有難うございました。