心の鏡 2


「やっぱり私、ナルトとは結婚できないわ」
ナルトからのプロポーズを受け入れて数日後、サクラは突然話を切り出した。
「えっ」
「ごめんなさい。他に、好きな人ができたの・・・」
サクラは申し訳なさそうに視線を逸らして言ったが、ナルトの頭には入っていかなかった。
昨日までは、サクラも楽しげに式場のパンフレットを眺めていたのだ。
いきなり「他に好きな人がいる」などと言われて信じられるはずがない。
「う、嘘だぁ・・・・」
笑ってみせたナルトだったが、サクラは無言で俯いている。
視界が、大きく揺らいだ気がした。

 

「男のくせによく泣く」と、サクラにしょっちゅう言われている。
このときもやっぱり涙が出た。
泣きながら目を覚ますと、そこには見慣れた自宅の天井がある。
安堵感より、夢とはいえサクラに別れ話をされたショックの方が強かった。
悪夢を振り払うように強くまぶたを擦ったナルトは、傍らに目を向けるなりハッとして上半身を起こした。
昨夜、眠る直前まで見ていたピンクの髪がそこにない。
果たして、どこまでが夢だったのか判断できず、ナルトの頭は混乱していった。

 

 

 

「あー、またやっちゃったわーー」
魚を真っ黒に焦がしたサクラは急いで部屋の窓を全て開け放す。
ポテトサラダを作ることに熱中していたために、魚の網をすっかり失念していた。
今日こそはナルトのために美味しい朝食を作ろうと奮起していたのだが、徒労に終わったようだ。
料理や裁縫が大の苦手なサクラは、これで本当に結婚できるのかと不安になってしまう。
家事の失敗がもとで婚約解消になったらそれこそ笑いものだ。

「えーと、代わりにお肉でも焼いて・・・・」
冷蔵庫を覗いてあれこれ思案していたサクラは、ふいに感じた気配にぎくりとする。
この家にいる住人は、サクラ以外に一人しかいない。
サクラがもう料理を焦がさないとナルトと約束したのは、つい昨日のことだ。
「な、ナルト、お魚焦がしてなんかいないわよ。焦げ臭いのは気のせいだから。これからお肉焼くからご飯はもう少し待っていてね。あ、先にシャワー浴びてもいいし」
振り返ったサクラは、失敗をごまかすために聞かれもしないことを喋り捲った。
そして、話が全く別の方向へ行き始めたときに、ようやく口を閉じて彼の顔を見る。
いつもなら、笑って「おはよう」と言うナルトがじっとサクラを見据えて立ち尽くしていた。

「・・・ナルト、あんた、ちゃんと服着てきてよ。目のやり場に困るんだけど」
ベッドからそのままここに入ってきたらしいナルトに、サクラは困惑した表情で言う。
だが、サクラの声など耳に入っていない様子で近づくと、ナルトは彼女の腕を掴んで引き寄せた。
その体はかすかに震えているようで、サクラはどうしたらいいか分からなくなる。
「良かった」
「・・・何が?」
「サクラちゃんが、いなくなっちゃう夢を見たんだ」
泣きそうな声で言われたサクラは、ナルトの背中を優しく撫でさする。
「ここにいるでしょう」

 

ナルトは甘えん坊だ。
本当にこれでずっと一人で生活していたのだろうかと思うほど、家ではサクラにべったりだった。
逆に、孤独な生活を送っていた反動が今になって出てきたのだろうか。
子供の頃の寂しさを埋めるようにして、甘えてくるのなら無碍に突き放すことなどできるはずがない。

「これからはずっと一緒よ」
ナルトを安心させるようにサクラは繰り返す。
ナルトがもう、悪夢を見ないように。
一人で泣くことがないように、彼を抱き締めながら心から祈った。

 

 

 

 

夕方、近くのスーパーマーケットへ買い物に行った二人だったが、目を離した隙にナルトの姿が消える。
子供のように、一ヶ所にじっとしていない性格なのだ。
買い物カゴを持つサクラは小さくため息をついて、お菓子コーナーへと足を向ける。
ナルトがいるとしたら、そこかインスタントラーメン売り場に決まっていた。

「全くもう、私の料理よりラーメンがいいなんて、失礼しちゃうわ・・・」
「サクラ」
肩を怒らせながら歩いていたサクラは、その呼びかけに反応して振り返る。
そこには、同じように買い物途中と思われるいのが笑顔で立っていた。
「いの」
「今日は、ナルトはいないのー?」
「んー、どこかにいると思う。それより、いの、この前教わった煮物の作り方だけど・・・」
自分と違い、家事全般が得意ないのはサクラの主婦業の先生だ。
立ち話をしている間に随分と時間が経ってしまったのだが、突然顔を歪めて笑い出したいのにサクラは怪訝な表情になる。

「いの?」
「さ、サクラ。あそこ」
いのが指差した方角を見たサクラは、何ともいえない気持ちで口を閉ざす。
自分の欲しい物をいくつか持ち、必死な顔で周りを見回すナルトは母親とはぐれた子供そのものだ。
とりあえず、一番は「可愛い」という感情だが、あとは「情けない」「頼りない」等々、いろいろなものが混じる。
何故だか無性に切なくて、胸が苦しい。
「・・・・いの」
「んー?」
「私、ナルト好きだわ」
素直な心情を吐露したサクラに、いのは思わず苦笑する。
「それでいいんじゃない」

 

彼には、これからも泣きそうな顔で自分を探して欲しい。
そう言ったら、少し可哀相だろうか。


あとがき??
mitsuさんに『心の鏡』の素晴らしいイラストを頂きまして、矢も盾もたまらず書いていました。
イラストは裸なので、一応「浦の部屋」に置きます。
mitsuさんに捧げさせて頂きますよ。
ナルトは下忍時代より少し広い家に住んでいる様子。結婚するので、また大きいところに引っ越す予定です。
ああ・・・ナルト好きだなぁ。ナルト愛が強すぎてヤバイです。ビバ、ナルサク!
カカサクとはまた違うんですが、ナルトは何とも言えずにいとおしいです。


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