うさぎ病
閃光が見えたと思った瞬間、サクラは後方へ仰け反るように倒れていた。
敵の仕掛けたボーガンの矢尻は確実に額を貫いている。
誰かが目撃したならば地表に転がっている体は屍だと判断しただろう。
事実、特殊鋼板の装甲がなければ、間違いなく即死の怪我だった。
「・・・・ぃったーー」
仰向けに倒れたままサクラがその場所へと手をやると、割れた額当ての破片とぬるりとした感触が指先から伝わってくる。
傷は浅いようだが血は派手に出ているようだ。
衝撃と眩暈から立ち上がれないサクラを尻目に、その脇を突風が駆け抜ける。
そのとき、サクラは無駄だと知りつつも大きく声をあげていた。
「ナルト、駄目よ!!」
遠ざかっていく足音は、サクラの制止をまるで無視して目標物に向かって突き進んでいく。暫く額を押さえていたサクラは、血が一旦止まったことを確認し、手早く布で縛り上げた。
医療班が来るまでじっとしていることなど、出来ない。
「生け捕りにしろって言われてるのに・・・・」
頭に響く鈍痛と戦いながら木立の中を歩くサクラは、すぐにその気配に気が付いた。
「ナルト!」嬉々とした声で振り向いたサクラだったが、足はその場に縫い止められたように動かなくなる。
サクラの視線の先にいるのは、確かにナルトだ。
だけれど、その半身は真っ赤に染まり、青く澄んでいた瞳は薄暗く濁って見える。
任務の結果がどう終わったのかは、聞かずとも分かる気がした。
「・・・・呼んだら返事をしなさいよ。怪我はない?」
「ごめん」
木陰から一歩踏み出したナルトは、泣き出しそうな顔でサクラを見つめる。
怯えた眼差しは叱られる前の幼子を連想させ、サクラは怒る気も失せてしまう。
「やっちゃった」
「そんなの見れば分かるわよ。私はあんたに怪我がないか聞いてるの」
「・・・平気」
「そう」
安堵のため息と共にナルトに近寄ったサクラは、そのまま両手を彼の背に回して抱きしめる。
サクラが気に掛けていたのは任務の達成よりも、彼の安否だ。
温かな体温を確認するように、サクラは目を閉じる。
「同じような罠が仕掛けてあるかもしれないんだから。あんまり心配させないで」互いに服が血まみれなのだからしょうがないが、独特のその臭気にサクラは眉を寄せた。
今回のことだけでなく、ナルトは人一倍血に敏感だ。
特に、仲間の流す血に。
普段は相手が誰であれ情のある接し方をする彼も、身内を傷つけられれば容赦しなかった。
何も持たなかった彼にとって、人との繋がりは他者が思うよりもずっと大切なのかもしれない。
里から逃げた重要参考人を、口を割らせる前に殺したことは当然罰せられる出来事だった。
バディシステムのパートナーとして、サクラもナルトと同じ処罰を受ける。
一ヶ月の謹慎中、サクラはほとんどナルトの家に入り浸っていた。
近頃働きづめだったこともあり、長い休みを貰ったようだとサクラは思っている。たとえ昇級が遅れたとしても、チャンスは何度でも巡ってくるのだ。
組織のトップを目指していないかぎりは。
「TV、見えないわよ」
お気に入りの黄色いビーズクッションにもたれたサクラはぱりぱりとおせんべいを噛んでいる。
その真ん前に陣取ってサクラの顔を凝視しているのは、しかめ面をしたナルトだ。
「傷、残っちゃったね」
「もうだいぶ薄くなったわよ。それに、ナルトが責任取ってくれるんでしょ」
あっけらかんと答えると、ナルトはにいっと微笑む。
「・・・・何でそんな嬉しそうな顔するのよ。馬鹿」サクラは動こうとしないナルトを横目にクッションを引っ張りながら、TVの見える位置へと移動した。
動物を扱ったバラエティー番組は、ウサギの特集を放送している。
ウサギの赤い瞳を見つめているうちに、サクラは以前耳にした噂話を思い出していた。
ウサギは寂しいと感じると衰弱して死んでしまう。
それを聞いたとき、サクラは何故かナルトの姿を連想した。
辛い生い立ちからか、孤独を嫌うナルト。
だけれど、寄り添う相手が自分でなくてはならないということはない。
前々から考えていたことを、サクラはTVを眺めながら何気なく切り出した。「あのさ、ナルト、私とのコンビ解消した方がよくない?」
のんびりと茶をすすっていたナルトは、目を見開いてサクラを見る。
「え、何で!?」
「だって、あんたの実力ならもっとレベルの高いパートナー選べるでしょ。サスケくんとかシカマルとか。今度のこともだけど、私と組んでなければ任務に成功して、とっくに上忍になれていたかもしれない」
「そんなことないよ」
身を乗り出したナルトは傍らにあるサクラの手を強い力で掴む。
必死な様子でサクラを見るナルトは、彼女が火影を目指すナルトの将来を心から案じていることなどまるで分かっていない。
サクラはため息を付きたいのを我慢して、ナルトの目を見つめ返した。
「ねぇ、ナルトは何でそんなに私のこと思ってくれるの」
サクラは長い間疑問に思っていたことを、初めて訊ねる。
「昔と違ってみんなナルトのこと認めているから、他にもっと可愛い彼女を作れると思うわ。優秀な忍びの血筋の女子は木ノ葉に沢山いるし。私なんてその辺にいくらでもいる普通の女の子よ。だから・・・」
「どこにいるの?」
なおも続けようとするサクラを遮り、ナルトはさも不思議だというように聞き返す。
「任務でいろいろな国に行ったけれど、俺はサクラちゃんみたいな人なんて他に見たことないよ。サクラちゃんは一人しかいない。だからずっと一緒にいたいんだ」
「・・・・」
「駄目?」
真っ直ぐに見つめてくる青い瞳から目線をそらすと、サクラは赤くなった頬を隠すように手で覆う。
「・・・あんた、それ凄い殺し文句だわ」気づくと、呼ばれもしないのに彼の家に向かっている。
うさぎ病は伝染する病なのかもしれない。
あとがき??
はい、ナルトの台詞の数々は『カルバニア物語』コンラッド王子の台詞のまねっこ。
この人、私苦手だったのですよ。顔が良くて性格が良くて非の打ち所のない王子様。
しかし、我が儘を言うことを知らずに育った非常に可哀相な王子様だと知ってからは超ラブになりました。
タニアを前にしたときだけ、普通の少年の顔に戻れる人。一番好きなのはライアンだけれど。バディシステムは二人一組で行動することですよ。
普段はスリーマンセルなんだろうけどね。
うさぎは寂しいと死んじゃうそうなので、うさぎ病。うちのナルトを一人にしちゃいけません。
ナルトは歯の浮く台詞も平気で言っちゃうし、こっちも書けちゃうから好きだ。可愛い可愛い可愛いvv
これがサスケだったら、私は死んでます。奴に甘い台詞なんぞ吐かせた日には・・・・。
ストーリー的に書きたかったのは、流血とナルトを案じるサクラと抱き合う二人。
リクエストは「18歳ナルサク」でした。162261HIT、神無月様、リクエスト有難うございました。