腹の内
「ナルトってば、また寝坊したの?」
任務の休憩時間、大の字になって寝転がるナルトにサクラは呆れて言う。
自分の顔を覗き込んでいるサクラと目が合うと、ナルトは訝しげに眉を寄せた。
「え、何で」
「お腹、さっきから鳴ってるわよ。朝ご飯食べてこなかったんでしょう」
言いながら、サクラはナルトの隣りに座り込む。
腹部に手を置いたナルトは首を傾げて考え始めた。今朝は寝坊をしておらず、朝食もしっかりと食べてきたはずだ。
だが、確かにサクラが言う通り、腹の音が鳴っている。
思えば満腹のはずなのに、腹がしきりに飢えを訴えることは今までにもあった。
そして、その感覚は、日を追うごとに狭まっている気がする。
求めているのは、水や穀物ではないのかもしれない。
今まで、自分が口にすることがなかったもの。
手に入らなければ、その声が鳴りやまないのは道理だった。
「・・・あー、なるほど」
合点のいったナルトは、思わず顔に両手を当てて苦笑をもらす。
もとよりこの体はあるものを封印するためだけに用意された器だ。
おそらく、腹を空かせているは自分ではなく、体の中にいるもう一匹の方なのだろう。
何しろ12年の間何も食べ物を与えていない。
あの狐が人の血肉を懐かしんでいても、おかしくはなかった。「ナルト?」
くすくすと笑い続けるナルトを、サクラは心配そうに見ている。
自分に向けて伸ばされた掌を掴んだナルトは、細い手首をじっと見据えた。
「サクラちゃんの肌って、色が白いよね」
「そう?普通よ」
サクラの腕を押さえたまま、ナルトはゆっくりと微笑みを浮かべる。
目の前の餌はまるで警戒していない。
この柔らかな皮膚に強く爪を当てれば、すぐにも血が噴き出してくる。
彼女の白い手足が赤く染まるのを見てみたい。
綺麗なサクラは、もっと綺麗になれるはずだ。
果たして、どんな味がするのだろうか。まだ息があるうちに食んだ方が、肉は旨味を増していく。
鉤裂きの体に、喉から漏れる引きつった呼吸。
脈打つ臓物から滴る血液は至上の甘露に変化する。
そして、血の一滴も、髪の毛の一本も、骨の欠片も、全部残らず平らげるのだ。心から愛している人だから。
他の誰にも分けてあげない。
「食べたいなぁ・・・」
しみじみと呟いたナルトに、サクラの顔から笑みがこぼれた。
「しょうがないわね。カカシ先生には見つからないようにしてよ」
ナルトの手を離すと、サクラは自分の鞄から取り出した昼食用のサンドイッチを彼に渡す。
「全部食べないでよね。私のお弁当なんだから」にこにこと笑うサクラはあまりに無防備で、痛ましかった。
無知は罪だ。
彼女が狐の存在を知っていて、少しでも自分を訝る態度があれば、すぐに牙をたてられた。
サクラの腕を引き寄せたナルトは、優しい香りのする彼女を思いきり抱きしめる。
「何よ、足りないの?」
「ううん。有難う」サクラから、今の自分の表情を見られないのは幸いだった。
長くはもちそうにない。
彼女の味を想像しながら、もう暫くはこの穏やかな時間を守りたいと、まるで逆の思いが浮かんでくる。
太陽は空の真上へと近づき、短い休憩時間は終わろうとしていた。
あとがき??
九尾の狐に内部を侵食されていくナルトでした。
うちのナルトのイメージ。こんな感じ。
好きな人(イルカ先生とサクラちゃん)がいるから、何とか本性を隠している状況。
鬼は食べることが最高の愛情表現らしいです。文字通り、愛した人の体をむしゃむしゃと食べる。
残らず、全部。
満たされてしまった腹と、空いた心の穴に、鬼は涙をこぼすことはあるのだろうか。