死線上のアリア
兎が一匹、餌箱のそばで死んでいた。
下忍達はアカデミーの飼育小屋の掃除を任されていたが、それを発見したサクラはひどく憂鬱な気持ちになる。
サスケと共に鶏小屋の床を洗っていたナルトは、座り込んだサクラに気づくと、すぐに兎小屋へと駆けつけた。「サクラちゃん、どうかした?」
「・・・・ナルト」
死んだ兎の前で落ち込んでいたサクラは、泣きそうな顔で振り返る。
彼女の見ていたものに気づくと、ナルトも同じように表情を曇らせた。
「埋めてあげなきゃね」
「うん・・・」
持っていた箒を立てかけたナルトは、兎の遺骸を抱き上げる。
担当の教員に尋ねると、場所は近くの欅の木の下が良いと言われた。
「この頃、朝晩冷え込んだせいかしら」
穴に兎を置き、土をかけたあともサクラは涙を滲ませている。
普段、この兎の世話をしていたのは、アカデミーの学生だ。
サクラは今日、初めてこの兎を見た。
その兎のために泣けるサクラは、とても心が清らかな人なのだとナルトは思う。「動物が死ぬほどの寒さじゃなかった。もともと体が弱かったのかもしれない・・・・」
話している途中で、ナルトはふと思い出したことがあった。
「そういえばさ、兎って寂しいと死んじゃうって、本当かな」
「寂しいと?」
「うん」
聞き返すサクラに、ナルトは頷いて答える。
「俺さ、兎が凄く羨ましいと思ったんだ」
寂しくて死ねるのだったら、もう何百回死んだか分からない。
傷を負っても、すぐに治ってしまう。
丈夫すぎて、病すら寄せ付けない厄介な体。
死ぬことが出来たら、こんな苦しみを抱える必要はないというのに。
「ナルト?」
不安げに眉を寄せたサクラに、ナルトはにっこりと笑いかけた。
「サクラちゃん、俺、昔あそこから飛び降りたことがあるんだ」
ナルトが指差したのは、10階建てのアカデミーの屋上。
落ちたらば、五体満足でいられるはずがない。「変な冗談はやめてよ!」
思わず怒鳴ってしまったサクラだが、ナルトは笑ったままだ。
いつも通りの、ナルトの明るい笑顔。
何故それが怖いと感じられたか、サクラには分からなかった。
数年経つ頃には、7班も解散し、下忍達はそれぞれの才に見合った部署へと転属された。
中忍になったナルトには、危険な任務も数多く舞い込んだ。
だが、頑丈な体が項を奏したのか、怪我らしい怪我をして帰ってきたことがない。
どんな任務でも、必ず全うして戻ってくる。
最初は、仲間内でも評判も上々だった。
だが、それが1年、2年も続くと、皆の心に不信感が芽生え出す。一緒に行動をしていた隊の者が全滅。
それでも、ナルトだけは生き残った。
傷を付けられ、血が出たあとがあっても、病院に行く前に完治している。
ナルトの体が普通ではないと気づいた忍び達が、彼を恐れるようになるまでに、そう時間はかからなかった。
「一応、病院で検査を受けてきてください」
「はぁ・・・」
受付の中忍の言葉に、ナルトは生返事を返す。
任務の途中、背後から矢を射かけられたナルトは首と肩に矢尻を受けて昏倒した。
仲間の手配で里へと送り返されたが、荷台の上のナルトはよく分かっている。
半日もせずに、傷が塞がるということが。言われるまま保険証を持って病院の待合室の椅子に座るナルトだが、体はいたって健康だった。
目を瞑って思い出すのは、恐怖に引きつる仲間の顔。
危機的状況で発せられる九尾の妖狐のチャクラと、驚異的な回復力は、彼らの理解の範疇を越えている。
自分ですら、怖いときがあるのだ。
彼らを責めることが出来ないのは、ナルトにもよく分かっていた。
「ナルト!!!」
自動ドアを開けて病院を出るなり、ナルトは待ちかまえていたサクラに掴まった。
「無事、無事なの!!?どこか痛くしていないの?」
服の襟を掴まれ、何度も揺さぶられる。
これで怪我をしていたら、絶対に悪化しているはずだ。
「サ、サクラちゃん、俺は平気だから、落ち着いて!大丈夫だから、ね」
ナルトが必死に繰り返すとと、サクラの手の力がようやく緩み始める。
彼を凝視しているサクラの顔にも、徐々に笑みが広がっていった。「良かったー・・・・」
呟くのと同時に、サクラはナルトの体を強く抱きしめた。
「敵の襲撃にあって倒れたなんていうから、心配したじゃないの。馬鹿!」
叱っているような口調だが、背中に回った腕の力は痛いほどで、サクラが彼の身を心から案じていたことは伝わってくる。
胸があたたかくなる不思議な感覚に、ナルトは戸惑いを隠せなかった。
病院にいるときは、自分をさける仲間達の姿が瞼にちらついて、やるせない気持ちで一杯だったはずだ。
そうした暗い負の感情が、彼女の登場で綺麗にかき消えてしまっている。
「・・・サクラちゃんはもう知っているでしょう。俺は普通の人間じゃないって。噂にもなっているし」
「それが何よ」
ナルトを見上げたサクラは、そのの顔をまじまじと見据える。
「目は二つ、鼻と口は一つずつ、耳は二つ、両手両足が揃っていて、どこが私達と違うっていうの?」
「・・・・」
「仲間が死んでナルトだけ戻ってきたとしても、ナルトのせいじゃないでしょう。ナルトがみんなを見捨てて逃げるような子じゃないのは、私がよく知ってるもの。助けたくても、助けられないときはあるわ。それを非難する人の声なんて、聞かなくていい」
きっぱりと言い切ると、サクラはナルトの目を見つめたまま、ゆっくりと顔を綻ばせる。「前に、屋上から飛び降りたことがあるって言ったでしょう。私、そのとき凄く怖いと思ったの」
「・・・気持ちが悪かったから?」
「違うわよ」
気落ちした様子のナルトに、サクラは苦笑する。
「ナルトがいなくなったらと思うと、怖くなったのよ。今だって、ナルトが無事だと分かってホッとしてる。私、ナルトが少しくらい普通じゃなくたって、元気でいてくれた方がずっと嬉しいわ」
笑顔のサクラの瞳には、微かに涙が浮かんでいた。
昔、兎の墓の前で見たのと同じ、透明な雫。
彼女を悲しませないためなら、邪魔でしかない治癒能力の高い体も、意味がある。
この場所にいてもいいのだと思えた。「何?」
自分の頭を撫でるナルトに、サクラは怪訝な顔で訊ねる。
「うん。サクラちゃんが飼育係だったら、兎も死ななくてすんだのに、と思って」
あとがき??
WJ本誌を見て驚いてこんなSS書いちゃったよ。
ナルト、人間じゃないって。あれ。
体の空いた穴が瞬時に塞がるなんて。
実際、あんな人いたら、怖いと思う。
何だかますますもってナルトがラファエル化しておりますね。
ラファエルとは、『キル・ゾーン』(須賀しのぶ著)の登場人物です。
うちのナルトは、90%の割合で彼がモデル。(作品によって別の要素も加わりますが)・普通の人間じゃない(本人、無自覚)
・驚異的な回復力
・綺麗な青緑の瞳
・明るく前向き、邪気のない性格で周りを和ませる(子供っぽい)
・両親がいない、孤児としての子供時代
・好きな人には一途(でも年中どつかれている)
・内側に自分以外の存在が住んでいる
・黒髪の愛想のない相棒がいる
etc.共通点をあげれば、きりがないですねぇ。本当、うちのナルトは彼を目指して書いているのです。
ちなみにエイゼンはカカシでシドーがサスケですが、私は彼らをそんなに格好良く書けないのでした。