鬼魔 2


「こんなに可愛いのに、化け物だなんて酷いわよねー」
いつものように、少年の元に食事を届けたサクラは、彼の髪を櫛で梳きながら言う。
伸び放題だった髪を短く切り、たらいに浸した水で顔や頭を洗い、着物を新しい物に替えると随分と人間らしくなった。
見張りの中忍が嫌な顔をするため、短い時間しか一緒に過ごせないが、それでも彼はサクラが来ると大喜びだ。
「今日は遅れてごめんね。出掛けに先生から電話が入って・・・・」
自分に寄りかかっている少年の頭を撫でながら、サクラは久しぶりに聞いたカカシの声を思い出した。

『暫く帰れないかもしれない・・・』

今日にも里に戻ると連絡をもらっていたサクラはひどくがっかりしたのだ。
カカシはサクラの担任だが、恋人でもある。
名の売れた上忍である彼が忙しいのは分かるが、それでももう少し一緒にいたい。
この少年のことを話したいというのもあるが、そばにあるとホッとする彼の笑顔を見て、思い切り抱きしめてもらいたかった。
サクラが不安げな顔で俯いたことに気づいた少年は、そっと彼女の頭に手を置く。
サクラのよくする動作を真似ているのだろう。
頭を優しく撫でられたサクラは、苦笑気味にナルトの瞳を見つめ返した。
「有り難う。でも、大丈夫よ」

 

 

懐から出した写真を、サクラはナルトの目の前に持っていく。
笑顔のカカシとサクラが並んで写っている、彼女の一番お気に入りの写真だ。
「これが私の先生。カカシ先生っていうのよ」
「・・・・か、かし」
薄明かりの中、写真をしげしげと眺めるナルトの口から漏れた言葉に、サクラは仰天して目を見開いた。
「あ、あなた、喋れるの!!?」
「かかし」
「凄い!!じゃあ、サクラって言ってみて、サクラ。私の名前よ、サクラ」
「さく・・・ら」
サクラの口元を見ながら真似した少年は、そのままサクラの名前を呼び続ける。
「さくら・・・さくらさくら」
「うわー!!黙っていたから普通に声を出せないのかと思ったけど、違ったのね」

興奮したサクラがその体を抱きしめると、彼は嬉しそうに目を細めた。
母親に甘える子供のように、頬をすり寄らせてくる。
「私、あなたの名前考えてきたのよ。「成る」っていう字と「人」でナルト。化け物なんて言われないように、もっと人間らしくしてあげるからね」
まだ意味が分かるはずがないが、サクラは自分に言い聞かせるようにして声を出す。

だが、サクラがどんなに頑張っても、こんなところにいてはいつまでも人間らしくなどなれない。
太陽のような髪と、澄んだ空のような瞳のナルト。
彼の笑顔を、明るい日差しの下で見てみたい。
そして、彼に広い世界を見せてあげたい。
そのためには、何故ナルトがこの世の地獄のような牢獄に入れられたのか、知ることが必要だった。

 

 

「さくら・・・」
「そんな顔しないで。また、必ず来るから」
サクラが牢の外へと出てしまうと、ナルトは決まって悲しげな表情で鉄格子を握りしめる。
そのたびにサクラは胸が切なくなるのだ。
屈んでナルトの頭を撫でると、サクラは出来るだけ明るく微笑んでみせる。
「大丈夫」
サクラが自然と呟いてしまうこの言葉は、カカシの口癖だ。
彼がこうして微笑んでくれると、どんなに困難な状況でも、本当に大丈夫なように思えてくる。
ナルトもそのときのサクラと同じように、少しでも安心してくれれば良かった。

 

角灯を持ったサクラの足音が遠ざかると、あたりは再び闇に包まれる。
光も、音も、何もない地下牢。
「さくら・・・・」
サクラの握ってくれた掌を頬に当てて、ナルトは大事な宝物のように顔を綻ばせてその名前を呼ぶ。
彼女が現れてから、ナルトの世界には色が付いた。
嬉しいということを覚えたが、寂しいという感情も初めて知った。
「さくら、さくら」
何度でも、繰り返す。
サクラが来てくれるまで。
あと何回呼べば、彼女が来てくれる時間になるだろう。

サクラはナルトのところに来るたびに、彼の環境を改善しようと、いろいろな物を運んでくる。
だけれど本当は、ナルトは何もいらないのだ。
サクラが、ただ自分に会いに来てくれさえすれば。

 

 

 

 

「いろいろ嗅ぎ回っているそうだな」
サクラが地下通路へと続く扉の前に立つと、見張り役である中忍に鋭く睨まれた。
ここ数日、ナルトについて聞き込みをしたことを咎めているのだろう。
サクラが押し黙ると、中忍はサクラの持つ食事の盆を強引に奪い取る。
「今日からお前は食事を届けなくていい。他の者に任せることにした。早く帰れ」
「そんな!!ま、待ってください」
寝耳に水の話に、サクラは立ち去ろうとする彼の腕に掴まり必死に追いすがった。
また来ると、約束したのだ。
ようやく片言の言葉を覚え、サクラに慣れてきたというのに別の人間に任せればまたふりだしに戻ってしまう。
何より、ナルトに会えなくなるのは嫌だった。

「お願いします、私に・・・」
「あいつは化け物だって言ったはずだろう。情けをかけるようなことをするな!」
「あの子は化け物なんかじゃありません。優しい、いい子です!」
かっとして言い返すと、中忍は皮肉げな笑みを浮かべてサクラを見据える。
「優しい、いい子が人殺しをしたりするか」
「えっ・・・」
こぼれ落ちそうなほど目を見開いたサクラに、中忍はさも楽しげに話を続けた。

「お前の前の食事係、何で辞めたと思う?本当は辞めたんじゃない。あいつに、喉笛を噛みきられたんだ。俺が様子を見に行ったときは、血まみれの牢の中であいつが平然と飯を食っていた。その前の女は左目をつぶされた、その前は・・・・」
「やめて!!!」
耳を塞いだサクラは思わず金切り声をあげた。
首を振って彼の言葉を否定しながら、サクラは最初に会った頃のナルトの姿を思い出す。
あのときのナルトは全く人の話が通じない状態で、サクラとて一歩間違えば大怪我をしていたはずだ。
ただの土の汚れだと思っていたが、ナルトの顔や手にあった黒い染みは、誰かの血だったのかもしれない。

「・・・あ、あの子がやったんだとしても、知らなかったのよ、人を傷つけたらいけないって。それに、あんなところに閉じこめられていたら、気が立って当然だわ」
「そうじゃない。その残忍さがあいつの本性なんだ。何しろ、あいつの体の中には本物の化け物がいるんだから」
断定的に言う中忍は、必死にナルトを弁護しようとするサクラの頭をさらに混乱させていく。
「なんであいつが牢獄にいると思う?腹の中に、12年前に里を半壊させた九尾の妖狐が封印されているからだよ」

 

 

 

その中忍の語ったことをまとめると、こういうことだった。

依り代が死ねば封印された妖狐が再び暴れ出す。
だから、ナルトは殺されなかった。
されとて、人として生かされることもない。
一つの国を簡単に滅ぼすことの出来る九尾の妖狐の力はあまりに巨大だ。
何かのきっかけで、封じられた妖狐が暴れ出すか分からない。
だから逃げ出さないよう、まずナルトの足が折られた。
そして自分の境遇に疑問を持たせないために、言葉を与えず、地下牢へと繋げる。

主立った人間はナルトの存在を知ることなくそのまま十数年。
姿を見せずとも木ノ葉隠れの里に妖狐の力があるのは周知のことで、むやみに戦いを仕掛ける輩はいなくなる。
里は平和になった。

 

 

「ひどい・・・」
己の心情をはき出すように、サクラは顔を歪めて呟く。
確かにナルトの中に妖狐の力はあるが、彼自身は妖狐ではない。
妖狐を封印された幼い時分から一人きり、呼吸をすること以外許されず、全てを奪われて彼は生きていた。
自分がたとえようもない不幸の中にあることに気づくこともなく、ただ闇だけを見つめ続けて。
あふれ出した涙は彼への哀れみというよりは、何も知らずに生きてきた自分を恥じたせいだ。
全てが露見したからには、サクラにはナルトをあのままにしておくことなど、出来なかった。


あとがき??
まあ、元ネタの漫画の通りに、進んだり・・・・。
光のない場所で育ったわりにナルトがまともに成長しているのは、やはり妖狐の力です。
最後は180度変っちゃいます。


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