鬼魔 4


カカシが忍犬を使って逃げた少年を見つけたのは確かだが、それは彼の匂いをたどったからではなかった。
獣のような咆哮と膨大なチャクラの放出。
同じ気配を、12年前に感じたことがある。
おびただしい血の臭気を忍犬達はいち早く察知し、カカシを少年の元へと導いていた。

 

 

「・・・・あれまあ」
その光景を一目見て、カカシは絶句した。
ターゲットが逃げたためか、付近の木がいくつもなぎ倒されている。
だが、九尾の妖狐の呼びかけに応えたナルトに、数人の忍びが勝てるはずがない。
ばらばらに千切れ、砕かれた人間の手足や頭がそこかしこに散らばりナルトはその中心で座り込んでいた。
返り血で真っ赤に染まった少年はすでに息絶えた一人の中忍の肉を夢中で食んでいる。
もはや人間とは言いがたい容姿になっていたが、それでも彼の中の封印が完全には解かれていないことに、カカシはほっと胸をなでおろした。

カカシが一歩近づくと、気配を察したナルトは肩を震わせて振り返る。
そして、相手を威嚇するうなり声を発し、すぐにも飛びかかれる体勢のままカカシを鋭く睨み付けた。
小さな体に渦巻いている凄まじい威圧感と殺気に、周囲の空気は尋常でなく重い。
カカシはその場で立っているのがやっとだったが、妖気に当てられた忍犬達は苦しげに体を伏せ、ナルトの姿を見ることすら出来なかった。
顔を歪ませたカカシは、狂気の淵にある彼の瞳を悲しげに見つめ返す。
最後に見た赤ん坊の頃の彼は、他の子供と全く変わらず愛らしい微笑みを浮かべていた。
それを醜悪な化け物に変えてしまったのは、九尾の妖狐の力を恐れる里の人間達のエゴ、そして彼を幽閉する案を止められなかったカカシの責任でもある。
ナルトが英雄と呼ばれることを望んで死んだ恩師の願いを思い出すと、たまらなく胸が痛んだ。

 

「ナルト」
カカシは持っている武器全てを彼の目に見える位置に捨て、ゆっくりとした口調で呼びかける。
「俺はお前の敵じゃない。ナルト、それがお前の名前だろう」
「・・・・」
カカシの必死の呼びかけに、ナルトの瞳が、かすかに揺らいだ。
忘れるはずがない。
大事な人が与えてくれた、何より大切な名前だ。
その人を傷つけた許せない男達と、カカシは同じ服を着ている。
仲間が仕返しにきたと思ったが、カカシの瞳には彼らにはなかったいたわりの心が、確かに感じられた。
それはまるで、ナルトの大事な人を思い起こさせる優しい眼差しだった。

「・・・・かかし」
ふいにナルトの口から出た名前に、今度はカカシの方が仰天した。
だが、戸惑っているのはサクラの見せた写真の人物を思い出したナルトも同様だ。
彼の心の中の乱れを察したカカシは、サクラの与えてくれた好機を見逃すはずがなかった。

 

「ナルト、サクラは生きている。派手に血が出たみたいだけれど、急所は外れていて命に別状はない。俺の忍犬が医療班を呼んでいるから、すぐにも到着するはずだ」
「・・・・さくら」
カカシの言葉の意味はよく分からなかったが、その名前に反応したナルトは小さく口の中で呟く。
ナルトに対して、初めてあたたかな手のひらを差し出した人。
彼女の笑顔を思い出したナルトからは、いつの間にか殺気が消え去っていた。
ようやく追いついてきた木ノ葉隠れの他の忍び達に、手を出さないよう目で合図し、カカシはナルトとの距離を少しずつ縮めていく。
再びナルトを刺激すれば、どのように暴れだすか分からない。
ここは今まで以上に慎重に行動すべきだ。

「ナルト」
すぐ間近で、自分を呼ぶ声を耳にしたナルトは不安げな様子で顔を上げる。
そこには人の体を引き裂いて噛みついていた、先ほどまでの凶暴な面影は微塵もない。
どうしたらいいか分からず、狼狽えるただの哀れな子供だ。
手を伸ばして髪に触れるとますます怯えた顔をしたが、カカシは構わずその頭を撫でる。
「大丈夫だよ」
自然と、口を衝いて出ていた。
はっとして目を見開くナルトに、カカシは笑顔で繰り返す。
「大丈夫だ」

頭を撫でる大きな手のひらと、サクラが何度も口にしていた言葉に安心して、ナルトの体からは力が抜けていった。
同時に、青い瞳からは大粒の涙がこぼれ始める。
ナルトの腕を引いて血まみれの足場から引き出したカカシは、何の躊躇もなくその体を抱えあげた。
「ごめん」
そのまま、ナルトは強く強く、痛いほどの力で体を抱きしめられる。
声を詰まらせるカカシもまた、泣いているのかもしれない。
自分を守ってくれるあたたかな手のひらは一つだけでなかったことを、ナルトはこのときはっきりと感じ取っていた。

 

 

 

 

明るい日差しの下、カカシと手を繋いで歩くナルトは上機嫌で口笛を吹いている。
折れていたナルトの足は漏れ出した九尾の妖狐のチャクラの影響で、すっかり元に戻っていた。
麦藁帽子をかぶるナルトは夏の太陽で日焼けし、普通の少年となんら変わらない。
言葉はまだ片言だが、日常生活で学ぶ様々なことを驚くべき速さで吸収しているようだ。
「こら、今日は家で夕飯食べるんだから、駄目だよ」
一楽の前で立ち止まったナルトをたしなめ、カカシが手を引くと彼は素直にくっついて歩いてきた。
横を通り過ぎた子供が転んだのは、その直後のことだ。

「だいじょーぶ?」
屈んだナルトは手を差し出し、すぐに子供を立たせる。
ナルトが微笑みかけると子供は笑顔で頷いたのだが、そばにいた母親らしい女性は引っ手繰るようにして子供を抱え、礼を言うこともなく立ち去った。
ナルトが誰であるかを知っている大人の反応は、どこでも同じようなものだ。
カカシが気遣うようにナルトを見ると、彼は母親の肩越しに手を振っている子供に応えている。
「だいじょーぶ」

里にはナルトを敵視する者は多いが、そうでない者も少なからずいる。
そのことが分かっていれば、平気だ。
自分ににっこりと笑いかけたナルトの頭に、カカシは自然と手を置いていた。

 

捕獲したナルトの処分については、里の忍び達の間で二つの意見に分かれたのだ。
再び牢へ繋ぐことを主張する者と、彼に人権を与えることを主張する者。
カカシはもちろん後者だった。
長い話し合いの末、カカシが目付け役としてそばにいることを条件にナルトは外の世界で生きることを許されたが、まだ反対している者は沢山いる。
だが、カカシがそうした者達を「俺と離されたら九尾の妖狐の力が暴走するかもしれませんよ」と言って脅かしているために、今のところ彼らも黙っている状況だ。
九尾の妖狐を恐れる彼らには他のどんな言葉より効き目があった。

 

 

 

「ただいまー」
「おかえりなさい、ナルトー!」
扉を開くと、夕食の準備をしていたサクラがすぐに飛び出してくる。
そして、カカシには目もくれずに彼の顔を覗き込んだ。
「ナルト、無事なの?怪我はない?誰かにいじめられたりしなかった?」
「・・・・・過保護すぎだっての」
ナルトが外出をするたびに過剰な心配をするサクラに、カカシは思わずため息をつく。
重傷を負ったサクラも今ではすっかり元気になり、ナルトと共にカカシの家で暮らしていた。
首や体の傷は少し残ってしまったが、服を着て普通にしていれば目に留まることはない。

「ちょっとラブラブすぎなんじゃないのー、サクラ。俺にお帰りなさいのチューはしてくれないの?」
ナルトを抱きしめて頭をなでているサクラに、カカシはつまらなそうに言う。
「だって、先生よりナルトの方が可愛いんだもの。すねたりしないし。将来、ナルトを私のお婿さんにしようかしら」
「おむこさん、おむこさん」
「納得してるんじゃないよ」
頷いてみせたナルトをカカシは半眼で見据えた。
「じゃあサクラのお婿さんになる前に、ナルトを俺のお嫁さんにしてやる」
「およめさん、およめさん」
「納得してるんじゃないわよ!ナルトってば、私より先生を選ぶ気!?」
カカシの嫌がらせを聞いたサクラはすぐさま甲高い声をあげてナルトに詰め寄る。
どちらも同じくらい大事に思っているナルトには、あまりに酷な質問だ。
困惑するナルトを見かねたカカシは、サクラの肩を後ろから引き寄せた。

「だからさ、サクラが俺のお嫁さんになって、ナルトが俺達の子供になれば丁度いいんじゃないの」
「・・・・それも、そうね」
くるりと体の向きを変えたサクラは、正面からカカシに抱きついていく。
そして首筋に手を回してキスをすると、彼は満面の笑みを浮かべてみせた。
ついつい手のかかるナルトにばかり目がいってしまうが、サクラが一番好きだと思える笑顔は彼のものに決まっている。
「お帰りなさい、カカシ先生」


あとがき??
いいなぁ、カカシ先生、可愛いサクラも可愛いナルトも両方手に入れちゃいましたよ。
mitsuさんが感想くださったので、ためしに続きを書き出したらあっさり完成してしまいました。
カカ→ナル←サクのようですが、実はカカサク+ナルト。ラブラブ両親とラブリーな子供の、ほのぼの親子ですよ。
後々、生まれてくるカカサク夫婦の娘とナルトがくっつくから、本当に親子ですね。

最初は予定ではナルトとサクラの仲を嫉妬したカカシ先生が、二人の信頼を裏切って彼らが逃げたことを火影に密告したり、そのためにナルトをかばったサクラが死んだり、怒り狂ったナルトが力を暴走させて里を滅ぼしたり、誰もいなくなった瓦礫の街でナルトが号泣していたりしたんですが、あんまり救いがないのでやめました。
そっちの方が見たかった、ということは言わないように。(^_^;)
私、サクラがとんでもな不幸な話を読んだりすると感情移入しすぎて何ヶ月も気が滅入ったまま過ごしたりするので、自分の話ではなるべくハッピーエンドにしてしまうのですよ。そしてワンパターン。
今回は希望の光としての役柄がカカシ先生でした。当初の予定と
180度性格を変えて、二人を救う救世主に。
最後は可愛い嫁さんと可愛い子供の二人を手に入れて一番の幸せものでした。羨ましい、羨ましい、羨ましいーーー!!
ちなみに、元ネタである『鬼魔』の沿った話だったら、逃亡の途中サクラを殺されたナルトが彼女の体を食っていましたよ。文字通り、肉をばりばり食べる。
鬼は食べることが愛情表現なんだそうです。好きな人であればあるほど、味は美味しく感じられるらしい。・・・悲しいな。

薄暗い話でしたが、ここまで読んでくださった方々、有難うございました。


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