始まりはこの一瞬から
サクラが、顔に大きな痣を作って集合場所にやってきたことがあった。
そのときサクラはたぶん、転んで机の角に頭をぶつけたと説明した気がする。
それが妙に引っかかったのだ。
くノ一としての訓練を受けたサクラが頭から転ぶなど、不自然だった。
一般の人間でも顔は一番に庇う場所のはずだ。
「本当に?」
二人きりになってから訊ねると、サクラは口端に笑みを浮かべて振り返る。
その顔は笑っているのにひどく悲しげで、思えばこの瞬間から自分は彼女の虜になっていたのかもしれない。
「随分と熱心だね」
真後ろに来るまで、その気配に全く気づかないほど集中していたらしい。
体を震わせて振り向いたサクラは、背後に立つ人物が自分の担任だと分かると、柔らかく微笑んで見せる。
「勉強になりますから」
サクラが机の上に広げているのは、過去に木ノ葉隠れの忍び達が解決した任務の報告書だ。
当時の国の情勢がつぶさに記録されている報告書は確かにためになるが、見ていて夢中になるほど面白いものでもない。
閲覧室に入る前に名前の記帳が義務づけられているため、サクラが毎日のようにここに足を向けていることが分かる。
サクラがあまり家に寄りつかない理由に、カカシはうっすらとだが、勘づいていた。「もう日が暮れたし、他の人もみんな帰っちゃったよ。夜道は危険だから家まで送っていく」
「・・・・・・」
「サクラ」
「家には、帰りたくないの」
椅子に座るサクラは、カカシから顔を背けて呟く。
「そんなこと言って、親御さんが心配するだろう。ほら」
カカシが腕を掴んで立たせようとすると、サクラは乱暴にその手を振り払った。
「心配なんか、するはずないでしょう!」珍しく感情的な声を出したサクラに、カカシはハッとして動きを止める。
怒りに燃えるようだったサクラの瞳はやがて穏やかなものになり、彼女は首もとにある服のボタンに手を掛けた。
予測不可能なサクラの行動に驚いたカカシだったが、服をはだけさせたサクラの体を見るなり目を見開く。
赤黒い痣は昨日今日に出来たものではなく、サクラの白い肌全体に広がっている。
「サクラ・・・」
「服に隠れて見えないところはいつだってこんな感じよ。酔っぱらっては暴れるあいつのせいで、体の弱いママは死んじゃった。この前の顔の痣もね、殴られて箪笥に体をぶつけたときに物が上から落ちてきたの」
笑いながら語るサクラに、カカシは眉をひそめた。
怒りがある部分を超えてしまうと、もはや笑うしかないのだろう。
その痛々しさから、とっさに目をそらしたカカシにサクラは自分から歩み寄る。
「生徒のことを少しでも可愛いと思うなら、助けてよ。カカシ先生」
あとがき??
サクラが痛々しい話は以前にもありましたね。
いつもハッピーエンドな話ばかり書いているので、とことん不幸な話にしようと思って書き始めました。
覚悟のない方は、どうかこの話までにしておいてください。