自動人形数百題

年齢3時間。
廃棄処分
電脳ラブストーリー
同型のアンドロイド
コピーとオリジナル
アシモフの三原則
意志とプログラム
人格データ/ロード
自分を分解/歌をうたう
「修理」と「治療」
痛覚・感情、OFF
データ削除
オイル? 涙?
抜け殻/上塗り/別人格
起動スイッチ

 

 

 

年齢3時間。

 

「おはよう、サクラ」

瞳を開けて最初に言われた言葉を、彼女は頭の中で反芻する。
「おはよう」は朝の挨拶。
「サクラ」は桜、バラ科サクラ属の落葉高木または低木。
・・・・・・いや、「おはよう」の後に続くのだから、人名だろうか。
自分の名前は「サクラ」と解釈して、彼女は薄い笑みを口元に浮かべた。
「おはようございます」
サクラの第一声とその仕草に満足したのか、その人は嬉しそうに微笑む。

「俺はカカシだよ。「カカシ先生」って呼んでね」
「・・・・カカシ、先生」
「おいで」
カカシに抱き上げられたサクラは、診察台から外の世界へと移動する。
廊下ですれ違う白衣の人々の視線を浴びつつ、サクラは自分の置かれた状況を考え始めた。
彼女の頭にあらかじめインプットされた情報によると、白い壁の大きな建物は国家予算の援助もあって運営されているアンドロイドの生産工場。
作業現場で労働用に使われるものから、人間の家で家族のように扱われるものまで、様々な目的で人口生命体が作られている。
まだ自らの力で歩行の出来ないサクラは、カカシに抱えられたまま、人気のない中庭に連れてこられた。
通り過ぎる風が肌を撫でられ、薄い衣を纏うだけのサクラは小さく身震いをする。

「ああ、ごめん。寒い?」
「平気です」
より人間に近づけて作られた体は、見かけ通り12歳の少女と同じ力しかないらしく、少々不便だ。
カカシに促されて顔を上げると、桜の枝が蕾を付けている。
カカシはこれをサクラに見せたかったらしい。
「そのうちサクラの髪の色と同じ、綺麗な花が咲くんだよ。うちの近くにも桜並木があるから、一緒に見に行こうね」
「はい」
愛情深い眼差しを受け止めたサクラは、彼が自分の主人だということを認識する。
よそにやるつもりならば、約束などしないはずだ。

「私は、何をすればいいんですか?」
作られたからには、どのアンドロイドにも目的がある。
そして、それを真っ当出来るように、努力しなければならない。
サクラの問いかけに、何故か泣きそうな顔をしたカカシは、そのまま華奢な体を強く抱きしめた。
「俺を愛して」

 

 

 

廃棄処分

 

カカシの本名は「はたけカカシ」。
サクラの創造主で、新たな製品を開発する技術者だ。
彼は全てのメンテナンスが終了し、自力で日常生活を送れるようになれば、サクラを家に連れて帰ることを約束した。
研究所内を自由に出入り出来るサクラだが、敷地の外に出ることだけは禁じられている。

「あれは?」
「ああ、故障で返品されてきた女性型のアンドロイドだよ」
顔見知りとなったカカシの助手が、サクラの問いかけに気安い調子で答える。
サクラが生まれるより何十年も前に作られた旧型らしい。
交換する部品が生産中止になり、完全に動けなくなったアンドロイドは知能回路を外されて廃棄されるそうだ。
目を開けたまま、カートに入れられ身動き一つしない彼女を、サクラは寂しげな表情で見下ろす。
何故そうした行動を取ったのか不思議だが、手を伸ばしてその瞼を閉じさせると、彼女の眠る顔が少しばかり穏やかになった気がした。

 

「サクラ」
長い間そのアンドロイドを見つめていたらしく、背後から呼びかけられたサクラは、びくつきながら振り返った。
仕事の合間に、カカシがサクラの好きな甘いお菓子を持って様子を見に来たらしい。
自分に手を振るカカシの笑顔にホッとしたサクラは、彼に駆け寄るなりその体に飛びついた。
「あれ、どうしたの?」
サクラの方からこうして抱きついてくることは珍しく、カカシは目を白黒させている。
一人で放置されるアンドロイドに未来の自分を重ね、無性に寂しくなってしまった。
血縁のいないアンドロイドには、主人だけが全てだ。

「急に甘えん坊になっちゃったなぁ」
明るく笑うカカシに、サクラは頬をすり寄せる。
いつか捨てられるときが来ても、目を閉じる瞬間までは彼に手を握っていて欲しかった。

 

 

 

電脳ラブストーリー

 

その日テストで0点を取ったナルトは、放課後になっても友達と遊ぶ気になれず、彼の秘密の隠れ家へと直行した。
父親が勤めている関係で、ナルトは家の近くに建つアンドロイドの生産工場に入り込むツテを持っている。
自由に出入り出来る場所は限られていたが、工場は一つの都市が丸ごと入るくらいの広さがあり、目にするもの全てが珍しい。。
運が良ければ試作のアンドロイドを間近で見ることができ、その制作に興味のあるナルトには天国のようだった。

「ねえ、あっちには何があるの?」
研究所の中とは思えないほど木々の茂った先を指差すと、ナルトと親しい若い研究者は小さく首を振って答える。
「あそこは博士達のプライベートな憩いの場所だよ。下っ端の職員には入ることが禁じられているから、俺もどうなってるか知らないんだ」
「へぇ・・・・」
「潜り込もうなんて考えるなよ。本当はナルトがうろうろしてるだけでも、上の人はいい顔してないんだから」
「分かってるってばよ」
素っ気ない返事をしたナルトはなるべく無関心を装ったが、駄目と言われればやってみたくなるのが心情だ。
どうやって忍び込むのが上策か。
あれこれ思案するナルトの頭から、0点のテストのことはすっかり消え去っていた。

 

職員達の目を盗んで近づくと、その敷地にはむやみに人が立ち入らないようフェンスが張られている。
子供では到底上れない高さがあり、諦めたナルトはその下の土を掘ることに専念した。
ナルトがようやくくぐれるくらいの穴が出来たのは、工場に通い始めて3日ほど経った頃だ。
近くの背の高い草で穴を隠すと、ナルトは注意深く周囲を窺いながら先へ進む。
もし博士が猛獣好きなら、虎やライオンが突然飛び出してきてもおかしくない。
または、美人のお姉さん達を皆に内緒で囲っているとか・・・・。
想像を膨らませるナルトは、5分ほど歩いて見えてきた花畑に目を奪われ、呆然と立ち尽くした。
春に咲く花が所狭しと咲き乱れる庭は、どちらかといった若い女性が好みそうな作りだ。
研究所で随分と大きな力を持っているらしい博士は、ナルトの予想に反して、ガーデニング好きな優しい人柄のようだった。

庭の片隅に建つ東屋を覗くと、一人の少女がうつらうつらと舟を漕いでいる。
ナルトと同じくらいの年齢だろうか。
目はつむった状態だったが、長い髪を二つに分けて纏めた少女は何とも愛らしい顔立ちをしていた。
まさか、彼女がこの庭園の主である博士なのだろうかと考えていると、どこからか足音が近づいてくる。
「サクラー、どこーー」
間延びした声の主が東屋に入る前に、ナルトは何とか物陰に身をひそめることに成功した。
隠れる前に白衣がちらりと見えたが、おそらく彼が博士なのだろう。

「サクラちゃんっていうのかぁ・・・、名前も可愛いな」
そそくさと元来た道を戻るナルトは、自然と顔が綻んでいくのを感じる。
言葉を交わすことは叶わなかったが、顔は完璧にナルトの好みのタイプだ。
「また来よう〜v」
弾んだ声を出すナルトはこの日隠しておいた0点の答案用紙が母親に発見され、大目玉を食らうことになるのだが、それはもう少し後の話だった。

 

 

 

同型のアンドロイド

 

研究に協力することを約束したとき、カカシは社長に対して一つの条件を出していた。
一体のアンドロイドを、カカシ一人のためだけに制作させること。
同型は一切量産させない。
そうして10年以上の歳月をかけて誕生したサクラだったが、彼女はあまりに出来が良すぎた。

 

「駄目ですよ」
「そこを何とか」
「駄目」
白衣姿で廊下を闊歩するカカシの後ろに、工場内でのあらゆる実権を持つ社長が付いて回っている。
これではどちらが上司か分からなかったが、年齢も立場も超えて、これが二人の間では普通のことなのだ。
10数年前、世紀の天才少年として騒がれたカカシの力なくして、今のアンドロイド制作の技術の向上はあり得なかった。
社長は米搗き飛蝗のように頭を下げたが、それでもカカシは首を縦には振らない。

「工場を視察した総理が、是非ともサクラが欲しいと言ってきているんだよ。せめて同型の物を作らせてくれ。言うことを聞かないと、私の首が飛ぶかも」
「首の一つや二つ、くれてやっていいんじゃないですか」
「首は一つしかないだろう!!」
ついに癇癪を起こした社長だったが、カカシは冷笑を浮かべるだけだ。
「俺を解雇したければ、どうぞご自由に。でも、この工場内で作られるロボットの設計には全部俺が関っている。俺なしでこれから先も新作を発表できるかどうか・・・」
「くくっ・・・」
歯ぎしりをして自分を睨む社長に、カカシはにっこりと微笑んでみせた。
「サクラは俺のためだけに存在しているんです」

 

すっかり気分を害したため、午後の仕事をボイコットしてサクラのもとへ向かうと、彼女は庭園の東屋で居眠りをしていた。
サクラの好きな花だけを植えて作らせただけあって、この庭を気に入っているようだ。
今日のサクラの装いは、カカシの趣味で中華風になっている。
ピンクの髪を二つに分けて纏め、チャイナ服のスリットからは白い足が見え隠れしていた。
「サクラ、こんなところで寝てたら風邪ひくよー」
サクラが眠りの中にいることを確認しつつ、カカシは腰を屈めて彼女に口づけをする。
目が覚めているときは手を握るだけで恥じらうのだから、自由に出来るのは寝ているときだけだ。
「・・・んっ」
柔らかな唇はまだまだ味わい足りなかったが、サクラが身じろぎすると、カカシは渋々顔を離して濡れた彼女の口元を拭った。

「・・・・カカシ先生」
頬をカカシの両手で包まれて覚醒したサクラは、間近にあるカカシの瞳を、目を瞬かせて見つめ返す。
まだ少しぼんやるとしていたが、状況は把握しているらしい。
「あれ・・・、まだお昼よね?」
「仕事がお休みになったんだ。今日はずっと一緒にいられるよ」
「えっ、本当?」
歓喜の声を上げるサクラを抱きしめると、彼女も同じようにカカシの背中に手を回してくる。
この幸福を、他の誰にも渡したりはしない。
総理だろうと王様だろうと、いとしいサクラを奪うものはカカシにとって全て敵だった。

 

 

 

コピーとオリジナル

 

「それが、サクラに関する資料は全てはたけさんが管理していて、私達は一度も目を通したことがないんですよ。あれは、はたけさんが一から作り上げた完全なオリジナル作品なんです」
困惑した様子で語る研究者の面々に、社長は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
カカシがどうやってもサクラを引き渡さないため、他の者から情報を引き出そうとしたが、無駄なようだ。
そうこうしているうちに、総理の機嫌も悪くなってくる。
社長としての今の地位の保持するためには、サクラがどうしても必要なのだ。
「他の新作アンドロイドでは駄目なんですか。いのやヒナタのように、少女型なら勝ち気から従順なタイプまで各種そろっていますが」
「確かに、あれらも良い出来だが、サクラには及ばないだろう・・・」

カカシが研究所の仕事に携わるようになって、初めて、アンドロイドに感情という機能が加えられた。
それまでただ与えられた仕事を黙々と続けるだけだったアンドロイドが、疲労や飽きを訴えだしたことに、最初は戸惑ったものだ。
今ではアンドロイドが泣いたり、笑ったりといった表情を付けることが当たり前になっている。
人口の皮膚、人口の血液、人口の骨、あらゆるものが、より人間らしく。
サクラはその最たるもので、人間と同じように食物の供給と排出をし、髪や爪も伸び、睡眠も必要とした。
これほどの傑作を公の場所に出そうとしないカカシの考えが、社長には理解出来ない。

「カカシさんは明日学会に呼ばれていて一日ここを留守にするんですよ」
それまで黙って皆の会話を聞いていた研究員が、ふいに口を挟んだ。
「・・・・それが、どうした」
「いいチャンスだと思いませんか?」

 

 

最初に会ったときから、カカシは変わらずにサクラを慈しみ、優しく名前を呼ぶ。
サクラは自分が彼の制作物だから大切にしてもらえるのだと、単純に考えていた。
「全然違うわよ〜」
オイル入りジュースをストローで飲むいのは、サクラの話に首を振って答える。
彼女はさる財閥の令嬢の話し相手として引き取られていったが、月に一度のメンテナンスで研究所を訪れた際に、サクラと知り合った。
カカシ以外は、研究所の職員や僅かな視察の要人としか接しないサクラには、貴重な友達だ。
誕生した日数は1年しか変わらないが、いのの方が随分とお姉さんぶっている。

「博士はアンドロイドを作るのは好きだけど、興味があるのは制作過程。完成してしまえば、見向きもしないのよ。私なんて起動した後は、会ったの1度だけだったし。それも凄く素っ気なかった」
「・・・信じられない」
「ま、あんたと仲良くしてたら、私にも優しくしてくれるようになったけどねー。博士ってば人間嫌いで知られてるし、笑顔を見せるのはサクラの前だけよ」
ジュースを飲みきったいのは、壁に貼られた写真を横目で見て、からかうように笑って言った。
「こんなにあんたの写真飾っちゃって。ラブラブじゃないの」

カカシの研究室の隣りに作られたサクラの部屋には、カカシが撮影した写真が沢山並んでいた。
その中に一枚だけ、セピア色の写真が混ざっている。
サクラはそれを撮った覚えがないのだが、写っているのは間違いなく彼女だ。
サクラがいつもするように、少し小首を傾げて、淡い微笑みを浮かべている。
この写真を見るたびに、サクラは妙な胸騒ぎを覚えるのだが、その理由はいくら考えても分からなかった。

 

「あっ、いのちゃん来てたんだ。こんにちはー」
ノックをして入ってきたカカシは、いのの姿を見ると愛想良く挨拶をする。
「こんにちは」
「ゆっくりしていってねー」
にこにこと嬉しそうに笑うカカシを見ていると、どうにもいのの話を疑ってしまう。
このカカシが、自分以外の者に対して冷たくなるなど、サクラには想像も出来なかった。

 

 

 

アシモフの三原則

 

「サクラー、本当に大丈夫?」
「うん。ほら、迎えの人が来てるし、早く行って」
カカシは泣きそうな顔でサクラの掌を握っていたが、彼女は困ったように笑って後方に目をやる。
スケジュールの管理を任されている助手は、いらついた様子でカカシの背中を見つめていた。
自宅と工場との行き帰りのみで滅多に公の場に出ないカカシだったが、今回の学会は1年前から決められたもので欠席は出来ない。
「無理はしないでね。帰ってきたら、すぐ診てあげるからね」
「はい。いってらっしゃい」
何度も振り返りつつ部屋から出ていくカカシに、サクラは小さく手を振った。
朝食を食べる際に、サクラは少し体がだるいことを伝えたのだが、カカシは大騒ぎだ。
「アンドロイドでも、風邪ってひくのかしら・・・・」

天気は快晴だというのに、サクラの気分は何故か晴れなかった。
お気に入りの庭園へ足を向けても、いつもその美しさに感動する花々は心なし色あせて見える。
「・・・気持ち悪い」
日よけの傘を差して東屋に近づいたサクラは、突然立ち塞がった人影に驚いて立ち竦んだ。
ここにはカカシとサクラ以外、誰も入れないのだと教えられている。
そのため一層びっくりしてしまったのだが、手前にいる男の顔にサクラは見覚えがあった。
カカシの研究室にいたスタッフの中でもとくに目つきが悪く、初対面の時からサクラの体をなめ回すように見ていたため、印象があまり良くない。
もう一人の男も印象は薄いが同じ研究室にいたような気がした。

 

「来い」
「キャアッ!!」
乱暴に腕を掴まれたサクラは慌てて手を引いたが、足がもつれただけで歩みは止まらなかった。
「少しお前のデータを取らせてもらうだけだよ。大人しくついてきな」
「い、嫌!!離して!」
「・・・・本当に大丈夫なのか、こんなことして」
「ちょっと記憶をいじればすぐ忘れちまうさ。こいつは人間じゃないんだからな」
サクラは必死に足を踏ん張ったが、舌打ちした男はかまわず彼女を抱えて歩き出す。
近くの建物には研究所の職員がいるはずだが、この庭には入ることを禁じられているため、サクラの声は届かない。
恐怖を覚えたサクラが死に物狂いで暴れると、男の腕の力が緩み、花壇の上へと投げ出された。
早く逃げなければ、何か大変なんことになる。
急いで身を起こしたサクラは体の痛みを堪えつつ駆け出したが、相手は二人だ。
少しも行かないうちに背後に回り込まれ、再び拘束されてしまう。

「こいつ!」
頬を叩かれたサクラは体を木の幹に打ち付け、そのままずるずると座り込んだ。
今まで陶器の置物のように大切に扱われていたサクラには、顔を叩かれただけでも衝撃が強すぎて、頭の中が真っ白になっている。
これは夢に違いない。
そうでなければ、自分がこのような扱いを受けるはずがなかった。
放心状態のサクラを見下ろした男は、口元を歪めて低い笑い声を漏らす。
「・・・最初に見たときから、気になってたんだよなぁ。どこまで人間に近いのか」
しゃがみ込んだ男の冷たい手がスカートの裾から入り込み、サクラは大げさにびくついた。
「おい、博士の秘蔵のアンドロイドだぞ。どんな仕込みがしてあるか・・・・」
「平気だよ。アシモフの三原則その1、ロボットは人間に危害を加えてはならない。その2、ロボットは人間の命令に服従しなければならない。この工場で作られた全ての知能回路にそれが擦り込まれているはずだ」
目に涙をためたサクラの顔を間近で見据え、男はさも楽しげに笑った。
「ほら。嫌がっていても、噛みついたり、引っ掻いたりはしてこないだろ。人間様には逆らえないんだ、このお人形さんは」

 

 

カカシの見立てで買った白い服は引き裂かれ、泥に汚れて捨てられた。
日の光を知らないかのように白い肌には、男の付けた痣がいくつも残っている。
「ちいせぇなぁ・・・。あの博士はこんなのがお好みなのかよ」
「い、いたっ!やめてぇ」
泣きじゃくるサクラは、胸を乱暴に掴まれて一層大きな声をあげた。
僅かな膨らみしかないサクラに比べれば、同じ年齢の設定で作られたいのやヒナタの方がずっと豊かな胸をしていたはずだ。
胸をいじるのにも飽きた男は、サクラの体を唯一隠していたレースの下着に手を掛ける。

「じゃあ、そろそろこっちの方を確かめるか」
「嫌ぁ!!」
サクラは首を振って拒絶するが、高く上げた両手はもう一人に押さえられ、恐ろしさと恥ずかしさで体に少しも力が入らなかった。
「あー・・・・、これは」
無理に開かせたサクラの両足の間に顔を近づけた男は、感心したように呟く。
色も匂いも、言われなければアンドロイドとは到底思えない。
全体的に小柄な体つきで、まだ成長過程の未熟な器官という印象だが、それはそれで興味をそそられる。

「すげぇな、ちゃんと人間の女と同じつくりだぞ」
「ひっ・・・っう・・」
「こんなんでちゃんと入るのか」
引きつった声を漏らすサクラを気にせず、男は指の出し入れを何度も繰り返す。
まるで濡れていないその場所は指を一つ入れるだけでも窮屈そうだ。
「可愛い顔して、毎日ベッドで博士を楽しませてるんだろ、おい。かまととぶるなよ」
「お、おい、これ以上は・・・」
ベルトを緩める音に気づいたもう一人が慌てて止めたが、男の顔から下卑た笑みは消えていない。
「こんな馬鹿高い人形抱く機会なんてもう二度とないぞ。中に出さなきゃばれねーから、お前もやっとけよ」
喋る間もその手は震える体をまさぐり、差し込む指の本数を増やされたサクラは声にならない悲鳴を上げた。

 

つい先程まで平穏な時間が流れていたというのに、到底現実のこととは思えない。
見上げる先には、憎らしいほど澄んだ青空が広がっている。
七分咲きだった桜の花も、陽気に誘われ明後日には満開になりそうだった。

 

 

アシモフの三原則

() ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、行動を怠ることによって、人間に危害がおよぶのを許してはならない。
() ロボットは人間の命令に服従しなければならない。ただし、その命令が第一条に反する場合は、このかぎりではない。
() ロボットは、第一条または第二条に反しないかぎり、自己の身を守らなければならない。

 

 

 

意志とプログラム

 

「今度からカカシくんのことは、「先生」って呼ばないと駄目ね」
カカシの作ったオルゴールの音色に耳を傾けながら、サクラはくすくすと笑って言う。
「何で?」
「あなたのおかげでこうして文字を勉強できて、本も読めるようになったもの。それに、また飛び級して今度は大学に通うんでしょう」
「まあね。でも、サクラは記憶力がいいから、学校に通えるようになったら俺なんてすぐ追い抜くよ」
「うん・・・」
口にしてからしまったと思ったカカシだが、サクラは同じように笑っているだけだった。
生まれつき体の弱いサクラは、赤ん坊の頃に5年は生きられないと宣告されたらしい。
何度も入退院を繰り返し、何とか12の年まで生き長らえたが、いつ倒れてもおかしくないと医師に言われている。
寝たきり生活で学校に通ったことが一度もなく、友達と呼べる者はカカシしかいないようだった。

 

 

「こっちだって、慈善事業でやってるわけじゃないんだよ」
「来月には・・・・」
サクラの家の玄関を出てすぐに、カカシはぼそぼそとした話し声に気づいた。
見ると、青い顔をしたサクラの父親が人相の悪い男に向かってぺこぺこと頭を下げている。
サクラの父は大工の棟梁をしていて、カカシの実家の屋根を直しに来たことで知り合った。
カカシの専門はロボット工学だが、彼が物作りに興味を覚えたのは、頭領がまだ幼かったカカシに自作の木工玩具を与えたことがきっかけだ。
頭領に懐いたカカシは屋根が直ったあとも学校帰りに彼の自宅まで押し掛け、今でも友好な関係は続いている。
何より、カカシは儚げな笑顔で自分を迎えてくれた頭領の娘に、一目で恋に落ちてしまったのだ。
サクラの父が大工の仕事をしていなければ、上流階級の出身であるカカシと町娘のサクラは、出会うことなく一生を終えていたはずだった。

「あっ、ぼっ、坊ちゃん、いらしていたんですか」
「こんにちは」
カカシが挨拶をすると、頭領と話していた男は邪魔が入ったとばかりに小さく舌打ちをして去っていく。
温厚で知られている頭領の知り合いにしては随分と柄の悪い奴だ。
「いつもうちの子と仲良くして頂いて、本当に有り難うございました」
「・・・・うん」
近づいてきた頭領に頷いて応えながら、カカシは妙な言い回しだと思った。
頭領の瞳が僅かに潤んでいるのも変だったが、まるでお別れの挨拶のようだ。
「明日から忙しくなるから暫く来られないんだ。寒くなるみたいだけど、風邪とか弾かないでね」
「はい。坊ちゃんも、どうぞお気を付けて」
カカシは引っかかりを感じつつも家路に就いたが、振り向くと頭領はいつまでも手を振っている。
後になって考えると、彼の気持ちはこのときすでに決まっていたのだろう。
夕暮れの道で頭領が手を振る光景を、どれほど歳月が流れようと、カカシは一生忘れることが出来なかった。

 

翌日から新たな学校へと移ったカカシの生活は多忙を極め、サクラの家に向かったのはそれから1ヶ月経った頃だ。
玄関の扉の前に付けられた『売家』の張り紙を見て、カカシは驚きのあまり呆然と立ち尽くす。
サクラからは引っ越す話など聞いていない。
転地療養は確かにサクラの体に良いかもしれないが、それにしても別れるときに何か言うはずだった。
「あの、ここに住んでいた人達は」
「ああ・・・・」
通りすがりの老人を見つけて訪ねると、彼女は伏し目がちに話し出した。
「可哀相にねぇ。娘さんの治療にだいぶお金がかかったみたいで。かなりの借金があったそうだよ」
瞬間、嫌な予感にカカシの胸は早鐘を打った。
頭領を訪ねてきた感じの悪い男や、最期に見た頭領の寂しげな姿が、いっぺんに思い出される。
「二週間前にね・・・・、一家心中だってさ」

 

 

 

人格データ/ロード

 

サクラにまた会いたい一心から、再び研究所内の庭園へと足を運んだナルトは、偶然にも少女の誘拐現場に出くわした。
サクラが男二人に連れ去られたのを見た瞬間、ナルトは踵を返して走り出していた。
逃げ出したわけではない。
子供のナルト一人ではサクラを助け出すことは出来ないと判断し、大人を呼びに行ったのだ。
サクラの無事を祈って走ったのはほんの数分だったはずだが、ナルトにとっては気が遠くなるくらい長い時間だった。

 

「本当に、君には感謝しているよ。有り難う」
「いえ・・・・」
「お礼に欲しい物があれば手を尽くすけど、何かある?」
カカシの私室に招かれたナルトは、出された紅茶に手を付けず、ずっと俯いていた。
サクラを救出したときに見た、太股を汚した血の色が今でもナルトの頭に鮮明に残っている。
自分は、間に合わなかったのだ。
サクラの傷ついた体と心を思えば、けして彼女を助けたとはいえなかった。

「お礼なんて、必要ないですよ。俺がもっと早く人を呼びに行っていれば、サクラちゃんはあんな目に・・・・」
「あー、何か勘違いしているようだけど、暴行は未遂に終わったんだよ。危ないところで君達が駆けつけたから、サクラはまだ綺麗な体のままだ」
「でも・・・・血が」
言いよどんだナルトの言葉の続きを察して、カカシは穏やかな口調で答える。
「あれは生理の血だよ。驚いた拍子に始まったんだろうな。朝から体がだるそうだったし」
「えっ、サクラちゃんは、アンドロイドなんでしょう!?」
「そうだよ」
目を丸くしたナルトを見つめて、カカシはティーカップの茶を一口飲み込んだ。
「他のアンドロイドと違って、サクラは子供を産むことが出来る。俺がそういう風に作ったんだ」

 

あの日以来、サクラは食事もろくにとらず自分の部屋に閉じこもっている。
あんなことがあったのだから、当然だ。
社長の指示で行われた今回の事件はすぐに工場内で知られるところとなり、非難の目に耐えかねた彼は自ら引退していった。
手足となった研究員も同様だ。
その代わりに、こそこそと出入りしていたナルトは堂々と工場に立ち入る権利を得たが、きっかけの事件を思うと素直に喜ぶことは出来なかった。

「あんな辛い記憶・・・、早く削除してしまえばいいんじゃないですか?」
「そんな簡単なことじゃないんだよ。サクラは精巧に作られすぎているんだ」
初期の段階ならともかく、正常に稼働しだした今、下手に頭をいじれば身体の器官に何らかの障害が出てくる恐れがある。
記憶を消すならば、人格データを含めた丸ごとだ。
だが、それではサクラはサクラでなくなってしまう。
「さて、どうしようか・・・」
ため息と同時に呟かれたカカシの言葉は、目の前にいるナルトではなく、自分自身に問いかけたもののようだった。

 

 

 

自分を分解/歌をうたう

 

サクラは歌を歌うのが好きだった。
そして、カカシはそれを聞くのが好きだった。
歌う元気があるということは、それだけサクラの体調が良い証だ。
にこにこと笑うカカシと目が合うと、サクラは恥ずかしそうに目を伏せた。
サクラは人前では滅多に歌わないため、カカシは特別だ。

「それは何の歌?」
「桜の歌」
「ふーん・・・聞いたことがないな」
「私が作ったんだもの」
うふふっと笑うサクラは、何でもないことのように言う。
春先に入院することが多かったため、名前の元となった花が満開になったときを、サクラは一度も見ていない。
そしてもうすぐ桜が咲く季節がやってくる。

「俺の家の近くに、桜並木があるんだ。花が咲いたら、一緒に見に行こうよ」
「でも・・・・・」
「俺が負んぶしてあげる。車椅子を用意してもいいよ。ねっ」
躊躇いを見せるサクラの手に無理矢理指を絡め、カカシはしっかりと頷いてみせた。
「約束だよ」
春野一家が心中事件を起こす、三日ばかり前の出来事だ。
そして約束は果たされることはなく、カカシの心に大きな傷を残して桜は散ってしまった。

 

 

夜中に目を覚ましたサクラは、濡れた目元を手の甲で拭う。
何か、悲しい夢を見ていたようだが、思い出せなかった。
ふと首を巡らせると、どこからか歌が聞こえてくる。
もう誰にも会いたくない。
このまま壊れてしまいたいと思っていたのに、サクラの足は自然と戸口へと向かっていた。
少しばかり扉を開けると、そこにいたのはソファに座って頬杖を付くカカシだ。
サクラの部屋に行くにはどうやってもカカシの研究室を通る必要があるが、前はあの位置にソファはなかった。

「桜の歌・・・・」
カカシが歌を止めて顔を上げると、傍らには裸足のサクラが佇んでいる。
すっかり面窶れしたサクラを見つめたあと、頬を緩めたカカシは、細い手首をやんわりと掴んだ。
「天の岩戸が、ようやく開いた」

 

 

 

「修理」と「治療」

 

「ちゃんと目をつむってないと、泡が目に入っちゃうよー」
「ん・・・・」
カカシに促されて目を閉じた直後に、頭からお湯をかぶせられた。
起動してすぐのときと違い、サクラは一人で入浴が出来るようになっていたが、今はカカシに全てを任せている。
数日引きこもっただけでも、大分垢がたまっていたようだ。
脱衣所でサクラの体を丹念に拭き、髪を乾かしたカカシは満足そうに頷いた。
「綺麗になったよー。じゃあ、次はご飯だね」

カカシが腕を引くと、サクラから僅かな抵抗が感じられる。
振り向いたカカシは、歩みを止めたサクラを怪訝そうに見つめた。
「サクラ?」
「・・・・・・」
唇を噛みしめて立つサクラは、俯いたまま返事をしない。
彼女の考えが読みとれず、困惑するカカシは躊躇いながらも、サクラの髪に触れる。
「怖い思いをさせてごめんね。これからはずっとサクラから目を離さないようにするから・・・」
「・・・汚い」
びくついたたカカシを、サクラは涙目で見据えた。
「まだ、触られた感触が残ってる・・・・・。綺麗に洗っても、全然消えないの。怖くて、夢の中にも出てきて」
そのまま両手で顔を覆って泣きだしたサクラを、カカシは壊れ物を扱うようにして抱き寄せる。
自分のことを、言われたのかと思ってしまった。

 

「サクラは汚くなんかないよ」
サクラに上を向かせたカカシは、そのまま彼女と唇を合わせる。
驚いたサクラは一瞬体を固くしたが、舌を絡められると全身の力が抜けていくように感じた。
あの男と同じように触られていても、カカシの手だと思うと嫌悪感が全くない。
「愛してるよ。今までも、これからも、ずっと・・・」
耳元で囁かれた声に、サクラの瞳から先程とは違う、涙がこぼれる。

この手の温もりと声を、ずっとずっと前から知っている気がした。
もちろん、サクラは作られて一ヶ月も経っていないのだから、何かの思い違いだ。
記憶が混乱していても、彼をいとおしく思う気持ちだけは真実だった。

 

 

 

痛覚・感情、OFF

 

「もう役目は果たしました。好きにさせて頂きます」
母親はそう言い捨てると、赤ん坊のカカシを残して屋敷を飛び出したらしい。
使用人達の噂話によると別荘で愛人と楽しく暮らしているそうだが、カカシは2、3度顔を合わせたことがあるだけで、彼女に何の印象も持っていない。
そして、父親の方も同じように愛人を何人も囲っていた。
政略結婚で結ばれた上流出身の夫婦にはさして珍しくもないことだ。
嫡子として育てられたカカシの周りにはしつけの厳しい家庭教師が何人もおり、気づいたときには誰かの指示によってのみ動く、感情が抜け落ちたような少年に成長していた。

 

家庭教師の授業が終わり、階段を横切ったカカシはふと、花瓶の脇にある赤い物に目を留める。
塵一つないはずのエントランスホールに、臙脂色の服を着た小さな人形が落ちていた。
横に傾けると瞳を閉じて、腹を押すと「キュウッ」と音を出す。
初めて見る仕掛けに、人形を拾ったカカシは何度も腹を押して音を確認していた。

「すみません、坊ちゃんが拾ってくださったんですね」
背後から声を掛けられ、振り返ると作業服姿の男が立っている。
数日前から、屋敷の修繕のために呼ばれた大工の一人のようだ。
「娘へのお土産なんです。下手な細工しか出来ませんが、坊ちゃんにも今度何か作ってきますよ」
にっこりと笑う男を、カカシはしげしげと見つめる。
今まで、誰かにこんな風に気安く話しかけられた覚えなどなかった。
父ならば無礼な奴だと言うかもしれないが、カカシは全く不快ではない。

「男の子だから、車とか、飛行機ですかね。何がいいですか?」
穏やかな口調で訊ねられたカカシは、どう答えていいか分からず、黙り込む。
教科書や参考書の問題以外の問いかけをされたのは初めてで、頭が上手く回らない。
辛抱強く答えを待っている男を見上げたカカシは、ぼそぼそとした声音で返事をするのがやっとだ。
「・・・・船がいい」
「分かりました」

 

修繕を終えるまでの3ヶ月、勉強の合間の休み時間になるとカカシは現場に向かい、飽きもせずに大工達の仕事を眺めていた。
頭領からプレゼントされた船の玩具はカカシの一番のお気に入りだ。
父が買い与えた高価な玩具よりも、手作りの玩具は不思議な温もりがある。
頭領自身も穏和な人柄で、依頼主の息子であっても普通の子供のように扱われることが、カカシには無性に嬉しかった。
仕事を終えると頭領との接点は無くなり、住所を頼りに彼の家を探し出したのは、寄宿学校に通い出した頃だ。
従者に金品を渡せば、頭領の家に立ち寄っても見逃してもらえる。
頭領は突然やってきたカカシに最初は驚いたが、仕事の邪魔さえしなければ、とくに立ち入りを禁じることはなかった。

 

「君は天使?」
頭領の一人娘の部屋へと通されたカカシカカシの第一声がそれだ。
外の世界を知らない白い肌、澄み切った翡翠の瞳と、淡紅色の髪と唇。
何よりもその穏やかな微笑みが、カカシが昔絵本で見た天使にそっくりだ。
彼女の周りだけ空気が清浄になったかのような錯覚に、カカシはぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。

少しの間をおいて頭領と娘が同時に笑い出すと、驚いたカカシも同じように笑顔を作る。
この家にいると、無理をすることなく、自然と表情らしいものがカカシの顔に浮かんだ。
カカシにとっては、使い古された家具の並ぶこの家が、望めば何でも手に入る屋敷よりもずっと居心地のいい場所だった。

 

(更新中)

 

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