傀儡師の恋


サクラの頭部が、カカシの足下に転がっていた。

貴重な宝石を拾うようにして、カカシはそれを腕の中に抱え上げる。
もとは、サクラだった首は虚ろな眼差しを向けるが、カカシの瞳を見つめ返すことはない。
生きていないのだから当然だ。
サクラの死体を使って作られた傀儡人形は、実に見事な作品だった。
桜色の柔らかな髪も、生き生きとした頬の色も、翡翠のような緑の瞳も、そのまま。
今にも呼吸をし始めそうで、カカシは暫く彼女を見つめたが、もちろん瞬き一つしない。
気が狂いそうだ。

「カカシ・・・・」
ばらばらになったサクラの体を集めてきたチヨは、彼女の首を持ったまま動かないカカシに声をかける。
彼は今、上忍とは思えないほど無防備だ。
いや、殺されたとしてもかまわなかったかもしれない。
あまりに大きな喪失感に、立っていることさえ不思議だった。

 

サクラを攫い、傀儡人形にした張本人であるサソリは彼らの眼前で事切れている。
だが、彼を殺したところで、サクラは戻ってこない。
傀儡人形のサクラを武器として使い、盾となった彼女が破壊されるのと同時に、サソリも死んだ。
最期に笑ったと思ったのは、気のせいだったのだろうか。

 

 

「カカシ、落ち着け。これはサクラではない」
「・・・えっ」
「ただの人形だ。よく似ているが、人の体を使って作ったものとは違う」
驚いて目を見開くと、チヨはカカシにしっかりと頷いてみせた。
傀儡人形に詳しいチヨが間違うはずがない。
だが、カカシはまだ信じられない思いでサクラの顔や、手足を見つめる。
サソリは優秀な忍びを手に入れては自分の人形として作り替えていた。
救出に来たというのに、サクラがサソリを守るように立ちはだかったとき、絶望的な気持ちになったのだ。
カカシ一人ならば、サクラの遺体を使った人形を攻撃することなど出来なかった。

「じゃあ、サクラは・・・・」
「カカシ先生!!!」
呆然と呟くカカシは、背後から聞こえたその声に反応して振り返る。
隠れ家の奥を調べていたらしいナルトは桃色の髪の少女を背負っていた。
見間違えるはずがない。
「・・・・サクラ」
「先生、大丈夫だよ、ちゃんと生きてる!」

ぐったりとしたサクラは目をつむったままだったが、ナルトは嘘を言わない。
サクラを同じ顔をした人形の頭部を抱えたまま、カカシはその場に座り込む。
安堵のためか、体から一気に力が抜けてしまった。
「良かったのう・・・・」
孫を失った辛い胸の内を押し隠して、自分の肩に優しく手を置いたチヨに、カカシは無言の返事をした。
チヨの瞳から涙をこぼれ、カカシもまた泣いている。
色を失った世界が再び元のように動き出し、悪い夢を見ていたようだった。

 

 

 

「よく、覚えていないの。あの人の隠れ家に連れて行かれてから、意識がぼんやりして・・・」
病院に運ばれたサクラは、困惑気味に語り出す。
何か薬をかがされたようだが、体は無傷で、まるきり健康体だ。
これならばすぐにも退院できる医者にも言われた。
サクラの待遇が悪くなかったことは、監禁されていたわりに身綺麗な姿をみればすぐに分かる。

「何で、私を攫ったりしたのかしら?」
確かにサクラの医療術は貴重だが、彼女の他に戦闘人形として使える人材は木ノ葉隠れに山ほどいる。
病院のベッドの上で、しきりに首を傾げるサクラに答えず、カカシは見舞いの品である林檎を剥いていた。
好きだったのだろう。
それまでどんな人間でも、肉親さえ簡単に人形に変えていたサソリが、手を出せないほどに。
彼女が、自分の意志で動き、笑ったり、泣いたりしなくなることが怖かった。

「サクラ、はいっ」
「あ、有り難う、先生」
兎の形にした林檎を受け取ると、サクラは明るい笑顔で礼を言う。
サクラに、サソリの本心を伝える気はない。
彼のためにサクラの笑顔が曇るのはカカシの本意ではなかった。

 

里に戻ったカカシは遺体の確認に立ち会い、彼の中の疑念は確信になる。
元が人だったと分からないほどに体を破壊されたサソリの手は、傀儡人形のサクラの掌を掴んだままだった。
やはり、あのとき彼は笑っていたのだ。

道連れにされた人形。
サクラは殺せなかった。


あとがき??
拍手用
SSだったのに、微妙に長くなったので暗い部屋に移す。
最初で最後のサソサクでした。
でも、二人は全然絡まないし、カカサク前提なあたり、カカサク好きーです。
いや、本誌で、サソリンがサクラと戦えて嬉しそうな表情をしたので、こんな駄文が出来ておりました。


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