electric mermaid 2
「うん、どこにも異常なし!良かったねー」
「・・・・・」
定期的に行われる検査を終えたサソリは、不機嫌な表情のまま自分の体に付いた器具を取っていく。
彼の目の前にいる、脳天気に笑う青年がサソリの体を作った天才博士だ。
人間があまり好きではなく、一日中研究室にこもってはロボット作りに熱中している変人だった。
さらさらと流れる黒髪を一つに束ね、端麗な横顔には誰もが見とれてしまうのだが、人の多い場所に出ると混乱して泣き叫ぶという奇病を持っている。
いくら見かけが貴公子然としていても、それでは宝の持ち腐れというやつだろう。
「よく任せる気になったな」
「え、何?」
「リンとかいう小娘だ。俺が今までどんなことをしてきたか、分かっているんだろう」
「まあ、ね」
サソリは上目遣いに博士を見据えたが、彼は全く意に介さず微笑んでいる。
「・・・・何で、俺にこんな体を与えたんだ」
「んー、人工知能を使ったロボットはなかなか上手く動いてくれなくてね。それで人の記憶を埋め込むことにしたんだ。君は元々自分の脳から傀儡人形に記憶を移していたし、新しい体への移植は簡単だった」
「・・・・」
「でもね、君を被験者にしようと決めたのは、記憶は見させてもらったからだよ」人に、記憶を覗かれるということはあまり嬉しいものではない。
サソリは顔をしかめていたが、博士は構わず話しを続ける。
「リンは事故で両親を亡くして、小さいのにひとりぼっちだ。昔の君と、似ているだろう」
「・・・・」
「君にはお婆さんがいて、リンには僕がいる。だけれど、どちらも子供と接する時間は少ない忙しい人間だ。君なら、リンの気持ちが少しは分かるんじゃないかと思ってね」
「くだらねえ」
舌打ちしたサソリは吐き捨てるようにして言う。
昔はともかく今は両親に対して何の感慨もなく、リンの力になれるはずもない。
何もかも分かったような顔で自分を見る博士の眼差しが、煩わしくて仕方がなかった。
莫大な予算をつぎ込んで作られた研究施設にはありとあらゆる設備が整っている。
ぽかぽかと光の降り注ぐ緑の多い公園が全て人工的なもので、建物の中だということに、サソリはどうも半信半疑だ。
木々の間でさえずる小鳥や、葉に留まる昆虫まで、自然な仕草で動くあらゆる生物が機械仕掛け。
今、公園内を生身で動いているものは、サクラとリンの二人だけだった。
「人魚は瞳を開いて最初に見た人間に恋をするんですって。人魚姫が王子様を好きになったのも、そうした理由だったのかしら」
「物凄い醜男を見たら最悪だな」
その返答に、サクラはサソリの頭を軽く叩く。
「そんなのロマンチックじゃないでしょう!やめてよね」
「何しやが・・・・」
とっさに怒鳴ろうとしたサソリは、サクラの掌で口を塞がれた。
サクラの視線は、すやすやと寝息を立てるリンへと向けられている。
芝生に座って彼女に絵本を読んでいたのだが、途中で眠ってしまったのだ。
「大きな声出さないでよ。リンちゃんが起きちゃうわ」
「・・・・・」
先にわめいたのはサクラなのだが、彼女にこうしてやりこめられることにも多少は慣れた。「私、子供の頃このお話が大嫌いだったのよ」
リンと同じように寝そべったサクラは、『人魚姫』の絵本を掲げながら呟く。
「やっぱり「めでたし、めでたし」で物語は終わらないと」
「王子的には「めでたし、めでたし」だろ。隣の国の王女様の方が持参金はあるし、妙な半魚人娘に掴まるよりマシだ」
「・・・・」
再び夢のない返答をされたサクラは傍らのサソリをじろりと睨んだが、あえて反論はしない。
声を荒げれば、今度こそリンの眠りを妨げることになってしまう。
「もっと面白い本を読んでやった方がいーんじゃねーか。『チャイルド・プレイ』とか『人形霊』とか。昔、読みあさったもんだぜ」
「・・・・・そんな絵本はありません」
サソリのあげる本のタイトルを聞きながら、チヨには悪いが、どんな少年時代を送ったのかと頭を抱えたくなるサクラだった。
「・・・おい、小娘?」
黙り込んだまま反応のなくなったサクラに、サソリは怪訝そうに呼びかけるが、返事はない。
何か怒っているのかと思いつつ顔を窺うと、目をつむったまま規則正しい寝息が聞こえてくる。
子守の監視役のはずが、これでは全く意味がなかった。
リンを殺せば、今すぐ子守などという面倒な仕事から解放される。
彼女の寝顔を眺めつつ、そんな物騒な考えがサソリの脳裏を過ぎったが、同時に博士の言葉までが思い出された。『リンは事故で両親を亡くして、小さいのにひとりぼっちだ。昔の君と、似ているだろう』
両親の存在など、チヨが二人の傀儡を持ち出すまで綺麗さっぱり忘れきっていた。
だが、冷たくなって帰ってきた父と母に、どれほど絶望したかはよく覚えている。
それが、道を踏み外すきっかけとなったのだ。
「・・・・ママ・・・パパ」
小さな呟きを耳にして振り返ると、リンの眦には涙が浮かんでいた。
どんな夢を見ているのかは、訊かずとも分かる。
サソリやサクラの前では笑っているリンだが、一人でいるときはこうした悲しげな表情をしているのかもしれない。
「・・・嫌な奴」
殺意が霧散したことが腹立たしく、元のようにしゃがんだサソリはその場にはいない博士に対して毒づく。
暁にいた頃は無抵抗の女子供すら簡単に殺してきたというのに、とんだ体たらくだ。
新しい体になったときに、あらかじめ思考回路に細工されたとしか思えなかった。
あとがき??
何を書きたかったかうろ覚えになってきました。思い出さないと・・・。