血途 10


父と母が倒れている。
血まみれの姿で。
殺ったのは、兄の姿を借りた悪魔。
次に狙われるのは自分だ。

死にたくない。
生き長らえたいと思うのに、足は鉛のように重くなっていった。
恐怖は背後まで迫ってきている。
たとえ逃げられたとしても、闇はどこにでも現れて自分を追いつめるのだ。
気が狂えたら、どれほど幸せだったか。

 

 

「大丈夫よ」

 

ふいに聞こえた優しい声音に、頭が一気に覚醒した。
汗の噴き出た額を撫でられ、瞳を開けるとその人と目が合う。
淡い照明で見える彼女の姿に、何故だかひどく安心して、涙がこぼれた。
「また怖い夢を見たのね」
頭を撫でると、彼女は自分の額に触れるだけのキスをする。
「もう夢は見ないよ。私が夢魔を追い出したから」
「・・・ああ」

彼女が言うことは真実だ。
就寝前、親が子供にするように、彼女が自分にキスをくれると悪夢は絶対に見ない。
「子守歌も必要かしらね」
自分の体をぽんぽんと叩きながら、彼女はけして上手いとは言えない歌を口ずさむ。
そうして、大抵の場合、彼女は自分よりも先に寝入ってしまうのだ。
その穏やかな表情を見つめながら眠りにつくのが、自分の日常だった。

 

 

 

「サスケさんって、不感症なんですかー?」
ファイルの束を机に置き、書類整理をしていたサスケは向かいの席にいるくの一をちらりと見た。
今は怒ってふくれ面をしているが、彼女は一般的に美人の部類に入る。
彼女が露出の高い服を着て、目の前の席にいる自分を挑発しているのも気づいていた。
だからといって、靡くかどうかは本人の気持ち次第だ。
無言のまま仕事を再開したサスケに、彼女の不満はますます募っていく。

「私、奥さんやお子さんがいても全然OKですよ。別れて欲しいとかも言いませんし」
「・・・・興味ない」
彼女の誘いを、サスケはにべもなく断る。
ここ数日必死にアピールしているのだが、彼は取り付く島もなかった。
上忍仲間が面白そうに見守る中、引くに引けないくの一はサスケに対してさらに身を乗り出す。

 

「分かった!奥さん、凄く怖い人なんでしょう。浮気がばれたら半殺しにされるとか・・・・」
「あいつは何も言わない」
早く会話を終わらせたいサスケは淡々と答える。
「俺が朝帰りしようが、香水の匂いを付けて帰ろうが、何も聞かないし嫉妬もしない女だ。だからお前と浮気をしてもしょうがない。分かったか」
最後にじろりと睨まれ、くの一はようやく自分の席に深く腰掛ける。
そして、最後に一つだけ質問をした。

「奥さん、綺麗な人なんですか?」
その時になって、初めてサスケの顔に困惑の色が浮かぶ。
「・・・・それなりに」

 

 

 

「おかえりなさいーー!!」
毎日毎日、玄関の扉を開けるたびに、もう何年も会っていなかったような歓待を受ける。
抱きついてきたサクラの頭を軽く叩くと、サスケは持っていたものを彼女の目の前に掲げた。
「『パステル』のプリン!」
彼から手を離したサクラは瞳を輝かせて土産の品を受け取る。
「有難うーvサチとユキも大好物なのよね」
にこにこ顔のサクラを見据え、サスケは唐突に訊ねた。

「俺が他の女と浮気をしたら、どうする?」
「悲しい」
真顔で即答したサクラは、ゆっくりと表情を和らげる。
「でも、しょうがないよね。しょせん夫婦なんて他人だし、離れた心はどうやっても戻らないわ」
「・・・・」
「何、他に好きな人が出来たの?」
「いいや」
明るく聞き返すサクラを、サスケはため息混じりに眺める。
「お前が隣りにいないと、安眠できない」

困るのは自分なのだから、自ら進んで壊すようなことをするはずがなかった。


あとがき??
ラ、ラブラブ・・・・・。楽しかったです。
もうこのままサスサク好きーになってしまおうかと思ったくらい。

今回出てきませんでしたが、サチとユキは、『鋼の錬金術師』のアルとエドの子供時代と同じ姿を想像してください。
あれで、髪がピンクで目が緑です。イメージがぴったりだったもので。(^_^;)二人の年齢は鋼よりも開いていますが。
このシリーズのサスサクがわりと書きやすいのは、パラレル未来だからです。サスケをある程度素直に出来る。
普段、サスケは「サクラを好きでも本人にそう悟られてはならない」を前提に書いていますので。一応。
サクラちゃんがいやにあっさりしているのは、それだけサスケを愛していて、別れて会えなくなってもずっと彼のことを好きでいる自信があるからです。彼が何をしても許せる、すでに母親に近い愛です。
サスケは愛情が薄いのだと誤解しているようだけれど。
「浮気してもいいよー」と気楽に言われると、逆に出来ないような・・・・。

このシリーズ、10作目ですよー。どうしたことか。
明るい話を書いてしまうと、タイトルが妙に浮いていますね。
これ、本当はうちは一家の中で死人が出る話なのですよ。


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