血途 12


「確かにさ、よくしてくれてるよ。でも、下心がみえみえで凄く嫌なんだけど」
「放っておけよ」
わざわざ部屋まで来て不満をぶつけるユキに、勉強机に向かうサチは振り向きもせず答える。
「それに、お前もう餌付けされてるじゃないか」
「人聞きの悪い・・・・」
思わず頬を膨らませたユキだが、確かに手には大好きなチョコレートアイスを持っていた。
これは、先月からうちはの家に通う家政婦にもらったものだ。
サクラが留守中、その若い家政婦が家のことを全て取り仕切っていた。

「でも、本当に綺麗な人だよなぁ」
サフラン色の長い髪と柔らかな微笑を思い出したユキはぼんやりと呟く。
彼女に言い寄られてその気にならない男がいるはずがない。
だからこそ、不安になった。
「あの人、父さんのこと見るとき目がハートだもん。絶対、母さんを追い出してこの家に入ってくるつもりだよ」
「かもな」
子供達にも親切だが、取り分け親身にサスケの世話をする彼女の行動を見ていれば、おおよそ察しが付く。
邪魔なサクラが帰ってくる前に、何とかサスケの気を惹こうと必死なのだろう。

 

「ちょっとー、兄さんはなんでそんなに余裕なのさ。離婚の危機で家がごたごたしてもいいわけ?」
ユキが床に転がっていたクッションを投げつけると、サチはようやく椅子を軋ませながら後ろを見やる。
「父さんは?今日、休みで家にいるだろ」
「庭で花に水をあげてる。家政婦さんがやるって言ったんだけど、断ってたよ」
「ふーん・・・」
頷いたあと、椅子から立ったサチは二階の窓から庭の様子を眺めた。
ユキの言葉の通りサスケが庭の草木にホースで水をかけ、家政婦はその後ろから彼に何か話しかけている。
「・・・あれなら、大丈夫だろ」
つまらなそうに呟くサチだったが、ユキにはその根拠が全く分からなかった。

「お前は、もっと人間観察をした方がいいぞ。忍者になるつもりなら」
振り向いたサチの忠告に、ユキは口を尖らせて訊ねる。
「どーいう意味さ」
「そのまんまの意味だ」

 

 

 

 

一ヶ月の欧州一周旅行ペアチケットはいのが懸賞で当てたものだった。
彼女の夫は多忙で一ヶ月もの休暇は取れない。
それで親友のサクラに白羽の矢が立ったのだが、主婦の旅行にしては一ヶ月は随分と長い期間だ。
帰宅したサクラは、玄関で彼女を出迎えた家族一人一人に同じ質問をする。

「元気だった?怪我とか病気とか、していないわよね。困ったこととかは?」
「もー、毎日電話で話してたでしょう」
「だって、顔が見えないと不安じゃない」
言いながら、サクラはサチとユキの体をぎゅっと抱きしめる。
そして、前方のサスケと目が合うと、その顔にゆっくりと笑みが広がった。
「サスケくん、ただいま」
「おかえり」

 

荷物の大半は宅急便で送り、サクラは小さな鞄一つしか持って帰ってこなかった。
その中身は、家族への土産だ。
「・・・何、これ」
「パリ饅頭」
「饅頭!!?フランスまで行ってきて、土産が饅頭!!!?」
「美味しいのよ。饅頭って本当、どこの観光地にもあるのねー」
12個入りの一つをすでに口に入れたサクラは、『パリ』と何故かカタカナで書かれた饅頭を皆にも手渡す。

サクラの土産は他もろくなものがなかった。
『ローマ』と書かれた提灯、ギリシアの神殿を象った文鎮、『マッターホルン』と刻まれた木刀、象の絵が描かれたペナント。
どうやって見付けてくるのかも不思議だ。
「お前、相変わらず変な奴だなぁ・・・」
呆れて声も出ないユキは、さも愉快そうに言うサスケに気付いて首を傾ける。
普段は面白くも可笑しくもないという顔をしているサスケが、珍しく笑っていた。

「もう、母さんに二度と土産なんか頼まないよ」
「何よ、一生懸命、みんなのために選んできたのに!」
一人ふてくされているサクラだが、場の雰囲気は和やかなものだ。
サクラの代わりとして来ていた家政婦も明るい人柄だったが、それとはまた違う。
何故だか安心出来るこの空気は、サクラが自然に発しているもののようだった。

 

 

 

 

「なるほど・・・・」
庭で植木の手入れをする両親を眺めながら、ユキは小さく呟く。
あまり表情が表に出ないサスケだが、傍らにいる相手によって、眼差しが全然違った。
サクラに無理矢理外に連れ出されたわりに、楽しそうだ。
留守中、唯一サクラに頼まれた草木の水やりという役目を、誰にも譲りたくなかったのかもしれない。
ユキの心配をよそに、サチが妙に落ち着いた態度だったのは、こういうことだろう。

「人間観察、かぁ」
兄に言われたことをユキは繰り返した。
よく見ると、ちょこまかと庭を動き回るサクラをサスケはずっと目で追いかけている。
サクラの強い思いが成就して、二人は結婚まで至ったと聞かされていた。
本当は、真相は逆だったのかもしれない。

 

 

「サスケくん、家政婦さん凄い美人だったんだってー?ユキから聞いたわよ」
「そうか?」
とぼけているのではなく、サスケは本心から答える。
何かうるさく喋りかけられた気はしたが、興味がない話題だったせいか思い出せなかった。
「何だ・・・。少しは動揺するかと思ったのに」
じょうろを持つサクラはがっかりとした様子でため息を付く。
雑草は摘み取り、水や栄養は十分に与え、水道で手も洗った。
そろそろ家に戻ってお茶でも入れようかと考えていると、サクラは軽く頭を叩かれる。

「お前はどうなんだよ」
「え、何が?」
「「旅先で素敵な人との出会いがあったらどうしようー!」って、騒いでいただろ」
「・・・・そうだっけ」
実際は一週間でホームシックになり、夜は家族の写真ばかり眺めていた。
軽い気持ちで言ったことをサスケがまだ覚えていたのが意外だ。
「あれ、もしかして心配だったの?」
「別に」
不機嫌そうに顔をそむけたサスケを見てサクラは笑いをかみ殺す。

「じゃあさ、寂しかった?」
「・・・・・さあな」
素直でない返事だったが、サクラは満面の笑みで彼に飛びついた。
金髪碧眼、物腰の柔らかい異国の青年は確かに魅力的だ。
だが、彼以上に可愛いと思える存在はどこにもいそうになかった。


あとがき??
『あたしンち』を読んでいたら、こんな駄文を書いてしまった。お父さんとお母さんがサスケとサクラね。
楽しかったです。書いていて何だかとても幸せーでした。
幸せーな気持ちが読んでいる人にも伝わると良いです。
このシリーズのラストは悲劇と散々言っていましたが、そのあたりは書かなくていいような気がしてきました。
予告したままうっちゃってある天狗とサクラの話はいずれ書きます。
まぁ、そのうち。


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