血途 14


首を絞められる夢を見る。
ずっとずっと昔から。
乳飲み子だった自分の首を押さえ込む手は、小さな子供の物だ。
母親譲りの緑の瞳は、深い悲しみに満ちているように見える。

どうすることも出来ない。
命を奪おうをしている者に対して、自分はただ深く同情している。
何度も繰り返される呟きを聞きながら、ひどく申し訳ない気持ちになったのだ。

 

 

 

 

「今日はもう、休め」
「・・・はい」
手足に擦り傷を作り、床に転がっていたユキはサスケの手を借りてゆっくりと立ち上がる。
休日になると、サスケは敷地内にある道場で子供達を相手に体術の訓練をしていた。
走り込みをしたあとの組み手で、ユキはすぐに足下をふらつかせる。
型は一通り頭に入っているようだが、自分から攻撃することはせず、防戦一方だ。
毎日の修行を怠けることなく、同じ年齢の子供と対戦すれば負け知らずのサチと比べると力の差は歴然だった。

すごすごと立ち去るユキの背中を、サスケはいつも昔の自分の姿を重ねて見ていた。
優秀な兄の陰に隠れ、けして目立たない弟。
だが、サスケとユキには大きな違いがある。
「父さん、この間教えてもらった技、もう完璧に出来るよ!見ててよ」
ユキのことなど忘れたようにサスケに話しかけているサチは、まだ気づいていない。
「ああ・・・」

 

昔から父親に懐くサチに比べ、ユキはサクラと行動することが多かった。
幼い頃、体が弱く、サクラが年中付き添っていた影響だろうか。
アカデミーに入って数年、徐々に忍びとしての才能を開花させ、10年に一人の逸材と言われるサチとは性格の上でまるで似たところがない。
本を読むことは好きなため、体術を除く学業の成績は良いユキだが授業をさぼることもしばしばだ。
ふらりと野山の出かけては、花や木の実を持ち帰り、たまに狐や狸、リスといった友達を連れてきた。
人との付き合いが苦手なのかと思われたが、教室に入れば常に皆の輪の中心にいる。
いつもにこにこと笑顔を絶やさないユキは、どうやら不思議と人を引きつける魅力があるようだった。

ユキに対するサスケの印象といえば、「時折、何を考えているのか分からない眼差しをする子供」というもの。
先ほどの組み手にしても、ユキの目にはサスケの攻撃が全て、見えている。
どう動くか、次の、さらにその次の手も予測して逃げていた。
体が反応したとしても、完全によけることはせず、一番ダメージの少ないと思われる体勢で受け身を取る。
一度など、サスケはつい手加減を忘れて攻撃したのだが、難なくかわされた。
5才の子供とは思えない動きにサスケは目を見張ったのだが、ユキはその後にわざとらしく転倒し、困ったように笑ってみせたのだ。

ユキが何故その実力を必死に隠すのか、サスケには理解できない。
だが、ユキは間違いなく100年に一人の逸材だ。
ユキが本気になり、サチのように己を磨き始めれば、どれほどの力を付けるのかサスケにも予想することが出来ない。
そして、彼にはあの写輪眼の現れる兆候があるように思えた。
いや、もしかしすると、すでにユキはそれを手に入れているのか。

 

「父さん?」
心ここにあらずといった様子で考え込んでいるサスケに、サチが怪訝そうに声をかける。
「ああ、悪い」
答えながら、少しだけ表情を和らげると、サチもつられて微笑みを浮かべる。
サクラとうり二つの容姿の、二人の息子。
内面もよく似ていて、優しい子供に育ってくれていると思う。
しかし、彼らを見ていると何故こうも胸騒ぎがするのか、いくら考えても答えが出ることはなかった。

 

 

 

 

「あれ、もう終わったの?」
洗濯カゴを持って庭に出ていたサクラは、道場のある方から歩いてくるユキを見て首を傾げる。
「邪魔だからって、追い出された」
「根性無いわね!投げ出されても向かって行きなさいよ、男の子なんだから」
「父さんや兄さんにはかなわないもの」
威勢のいいサクラに苦笑いをすると、ユキは干すのを手伝うつもりなのかカゴの中に手を入れた。
「あ、そうだ。これ、洗濯物の中に入っていたわよ。はい」
サクラはエプロンのポケットから出した木彫りの独楽をユキに差し出す。
掌にのる小さな物だが、ユキはそれを大事そうに握りしめた。

「これはお守り。兄さんが昔、作ってくれたんだ」
「そう」
「熱を出して寝込んでいたときに、持ってきてくれたんだよ」
嬉しそうに語るユキに、サクラも自然と顔を綻ばせた。
考えてみれば、ユキがサチに優しくされたのはあれが最初で最後だったような気がする。

サチの姿が頭をよぎると、重なるように思い出すのは、首に当てられた冷たい掌。
誰も知らず、ユキもけして口にはしない。
赤ん坊の頃に殺されそうになったと言ったところで、覚えているはずがないと一笑されるだけだ。
そして、言葉にしてしまえば、全ては本当になってしまう。
認めたくはないのだ。
生まれ落ちたその瞬間から、兄に憎まれているという事実を。

 

 

「それでも僕は、兄さんのことが好きなんだ」
「・・・ユキ?」
ふいに寂しげな笑みを浮かべたユキを、サクラは不思議そうに見つめる。
出来の悪い弟に向けられる、哀れみの優しさ。
そうであっても、かまわない。
このまま家族揃って穏やかに過ごせるならば、他に望むものなどあるはずがないのだから。


あとがき??
たまには本筋の話でも。
サチくんは昔はサクラ似だったので、引っ込み思案だったんですけどね。努力して変わったようですよ。
ユキくんはそのまま自然に育ってる。体が弱かったのはトラウマが原因。
薄暗い話ですみません・・・。


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