血途 15


「ごめんごめん、明日は会いに行くから。ちゃんと愛してるって、ハナちゃん!」
「・・・・・」
最後に発せられた名前を聞いて、サスケは怪訝そうに彼を見た。
携帯電話を切った上忍は、それを胸ポケットに入れながら傍らへと顔を向ける。
「なんだよ」
「さっき話していた恋人の名前は、ミコちゃんだっただろ」
「そう、その前はヨシコちゃん」
悪びれもせずに答えるその上忍はサスケの同僚で、くノ一から絶大な人気のある色男だ。
忍びの名門、伊庭家の嫡男だが本人にそうした自覚はなく、毎夜遊び歩いている。
女性にもてるということではサスケも同様だが、まだ独身なだけ伊庭に分があった。

「そういえば、サスケは全然女の噂を聞かないよなー。どこに隠しているんだ」
「お前と一緒にするな」
仏頂面のサスケは心外だとばかりに顔をしかめた。
いい加減な同僚と違い、彼は愛妻家、愛息家として通っている。
「若いし、それだけのルックスなんだから、一人の女に縛られるなんて損だろ。俺には正直に言えよ」
「煩い!」
性格面で正反対の彼らが、こうして街中を並んで歩いているのは訳がある。
以前から探していた書物がうちは家所蔵ということをどこからか聞きつけ、見せろと言って聞かないのだ。
歴史あるうちは家の書庫には貴重は書物が揃っている。
期限付きで貸すという条件で、サスケが渋々折れたのはつい先ほどのことだった。

 

「本を受け取ったらすぐ帰るって。俺、午後はキヨちゃんと約束してるし」
「・・・・・そうか」
また新たな名前が出てきたが、サスケはもう気にしないことにする。
来客のことは電話で伝えたとはいえ、急な連絡にサクラも慌てていることだろう。
だが、サスケと伊庭が二人そろって暇な時間は今の昼休みしかなかったのだから仕方がない。

「そういえば、お前って子供が二人いるんだよな。奥さんはどんな人?」
「・・・・・別に、普通」
伊庭はサスケより一つ年上だが、潜入捜査で何年も国を離れていたため、木ノ葉の忍びのことはあまり詳しく知らない。
彼が戻ってきたのはサクラが専業主婦になったあとだ。
「どうせお前のことだから、かたっくるしくてそつのない、どっかのお嬢さんを嫁にしたんだろう。あー、やだやだ」
サスケの返答など聞かず、決め付ける伊庭は首を振っている。
親が押し付けてくる、行儀がいいだけで面白みのない見合い相手の娘達を思い出し、憂鬱になった。
彼の好みは少々お転婆でドジなところがあっても、笑顔の絶やさない明るい性格の女性だ。

 

「ついたぞ」
「おー、じゃあさっさと本を受け取って帰るか!」
家の作りを外側からしげしげと眺めている伊庭を横目に、サスケは呼び鈴を押す。
中からはすぐにトタトタと足音が聞こえ、戸が開かれた。
監視カメラで来訪者をチェックしているため、サスケが帰ってきたとすぐに分かったのだろう。

「おかえりなさいーー!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
すぐには言葉が出てこなかった。
暫し唖然としたあと、我に返ったサスケはすぐさま戸を横にスライドさせる。
後ろを振り返ると、伊庭も先ほどまでのサスケ動揺、閉められた戸の先を呆然と見詰めていた。
「な、何、今の・・・・」
「ちょっとここで待っていろ!いいな、動くなよ!!」
伊庭に念を押し、サスケは一人で家の中へと入っていく。
玄関先に立っていたのは、不満げに口を尖らる、頭に犬耳をつけたサクラだ。

「サスケくん、ひどいーー!!何で突然閉めるのよ!」
「ひどいはどっちだ!客が来るって言ってあったのに、なんだ、それは」
「犬耳。通販で買ったのが今日届いたのよー、今年は戌年だし、可愛いでしょう。オプションで尻尾もあるの」
話すうちに機嫌がなおったのか、サクラは満面の笑みで頭の犬耳を触る。
客は余計だったが、一番にサスケに見せたかったのだ。
ため息を付いて俯くサスケを、サクラは心配げに見守っている。
「猫耳の方が良かった?」

二人の会話を聞いていたのか、戸口の隙間からは伊庭の笑い声を聞こえてくる。
そういった問題ではないと言いたかったサスケだが、おそらくサクラは何故怒られたか分かっていない。
知能は人並み以上とはいえ、どこか抜けたところは昔から変らないようだった。

 

 

 

「菜の国にそんなに長くいらっしゃったんですか。大変でしたね」
「うん、でもまあ、それだけ俺が優秀な忍びだったってことだよ」
「そうですね」
にこにこ顔で相槌を打つサクラは、先ほどから楽しげな様子で伊庭の話に耳を傾けている。
サスケが書庫にいる間、サクラが伊庭の相手をしているのだが、彼は彼女の向かい側でなく隣の椅子に腰掛けていた。
「菜の国は美人が多いって聞きましたけど、本当ですか?」
「ああ、それは当たっているよ」
言い終えないうちに、伊庭はサクラの肩にそっと手を置く。
「でも、サクラちゃん以上に可愛い子はいなかったなぁ。どう、サスケなんかと別れて、俺と再婚する気はない?」
「お上手ですね。でも伊庭さんは素敵だから、もういい人がいらっしゃるでしょう」
耳元で囁かれた声を受け流すと、サクラは愛想良く彼に調子を合わせる。
もともと人当たりの良いサクラだが、伊庭から聞く異国の話はどれも興味深く、いくらでも話していられそうだ。

「ただいまー、あれ、お客様?」
「伊庭だ。すぐに帰る」
アカデミー付属幼稚園から帰ってきたユキは、鍵を開けたサスケと共に居間に入ってくる。
「こんにちはー、利発そうなお坊ちゃんだ」
「こんにちは」
「持ってきたぞ。早く確かめて出て行け」
伊庭とユキの間に割り込んだサスケは、扉の前で本の表紙を見せて彼を促す。
立ち上がってそばまでやってきた伊庭は気もそぞろな様子でパラパラと本をめくってサスケに耳打ちした。
「サクラちゃん可愛いじゃん、超好みだよvv俺の48人目の恋人は彼女に決まりかな」
「・・・・・・・」

 

何か、鈍い音が響いたようだった。
ユキが大きく目を見開いていたが、サクラの位置からは伊庭の後姿しか見えない。
「どうかした?」
「ああ、大変だ。持病の癪で伊庭が倒れた」
さして驚いた風もなく、サスケは淡々とした口調で言う。
サクラが慌てて駆け寄ると、サスケが体を支え何とか立っている伊庭は、白目をむいていた。
「な、なんで突然!?救急車を・・・」
「じっとしていれば治るんだ。移る病気だから触らない方がいい」
「えっ、ちょ、ちょっと、サスケくん!!!何やってるのよ!」
サクラが止めるのも聞かず、伊庭を引きずって玄関まで来たサスケは、その体を無造作に外へと放り出す。
どこに持っていたのか、塩まで撒いて厳重に戸に鍵をかけるサスケに、サクラはただ唖然とするしかない。

「・・・み、見間違いじゃないよね」
ただ一人、サスケが強烈なボディーブローで伊庭を倒したのを目撃したユキは深刻な表情で呟く。
外へ出て行こうとするサクラを引き止めるサスケを見つめ、初めて父の恐ろしい一面を知った気がしたユキだった。


あとがき??
元ネタは、『カルバニア物語』。
9巻のコンラッド王子とソルダム王子、タニア女王の話がモデルですよ。
伊庭さんの名前は適当に、『凍鉄の花』を読んでいたから。
mitsuさんに素敵サスサク一家イラストを頂いたので、書きたくなった話でした。
拍手用おまけSSだったのに、長くなったからこっちへ・・・・。
おそらく今夜うちは夫妻は犬耳プレイ(?)ですよ。


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