血途 16


「これ、書斎に戻しておいてくれ」
「分かった」
出掛けに、サスケが鞄から出した本を受け取ったサクラは笑顔で頷く。
タイトルを見ると、以前サスケが同僚の伊庭に貸すために探していた古い書物だ。
どうやら返ってきた本を鞄に入れっぱなしにしていたらしい。
「そういえば、伊庭さんこのごろ来ないわね。聞きたい話が沢山あったのに」
「・・・・・・」
残念そうに呟くサクラを横目に、サスケの眉間に皺が寄った。
伊庭はサクラに気があるらしく、サスケの不在のときを狙ってこの家にやってきているようだ。
もちろん、極端に鈍いサクラは彼の好意に全く気づいていない。

「ご馳走つくるから、サスケくんからも今度うちに寄るように言ってよ。ねっ!」
「嫌だ」
間髪入れず、きっぱりと拒否される。
目をぱちくりと瞬かせるサクラの額に出かける前の習慣となったキスをすると、彼は乱暴に戸を閉めて歩き出した。
自覚がないとはいえ、サクラと伊庭がいちゃつくところを見るなどご免被る。
伊庭に再び長期任務が入り、今日から里を離れることが妙に嬉しく感じられる朝だった。

 

 

 

「捜索隊を出せ」
「はあーーーー??」
突然執務室に入ってきたサスケに命令口調で言われ、ナルトは素っ頓狂な声をあげた。
留守中の火影の代理として働くナルトならば、直属の部下である暗部を動かし、捜索隊などいくらでも手配できる。
しかし、あまりに唐突な話だ。
助手として働く中忍も怪訝そうにサスケを見つめていた。
「理由は?何を捜すのさ」
「サクラだ」
「サクラちゃんが、どうかしたの?」
「いないんだ・・・・どこにも」

ナルトが促すと、サスケは傍らの椅子に腰掛けて額を押さえた。
何か思い悩むような仕草だったが、ナルトの方は彼ほど深刻な表情ではない。
「別に、どこか買い物に行ってるとか、急な用事で出かけたとか、いろいろあるじゃない」
「俺が早く帰ることは知らせてある。それに、今まで俺や子供達が帰る時間にサクラが家にいなかったことなんてない。あっても、何かしら書き置きがあるはずだ」
「ふーん」
窓の外を見ると、確かに日は暮れ、主婦が買い物に行くには遅い時間だ。
さらにうちは家は普通の家庭とは違い、血継限界という貴重な財産を持っている。
一族で集落を作っていた頃ならば不審者が入ってもすぐに分かったが、今は他の里との交流も深まり、比較的里を出入りする規制もゆるやかになっていた。

「・・・・伊庭が、連れて行ったのかもしれない」
「えっ、伊庭さんが?何で」
「見た奴がいるんだ。サクラが、あいつと歩いていたのを」
「はあ・・・・」
首を傾げるナルトは伊庭がサクラに懸想していたことを知らない。
事情がよく分からなかったが、ナルトの元に不審者についての報告が届いていないことは事実だ。
「お前さー、普段は自信満々ですげー憎たらしいのに、サクラちゃんのことになると何でそんなに可愛くなっちゃうの」
「・・・何だよ」
ふてくされたように言うサスケに、ナルトは思わず苦笑してしまう。
「俺さ、サクラちゃんがいつも行きたいと思ってる場所、一つだけ心当たりがあるよ」

 

ナルトが向かったのは、先ほどサスケが飛び出してきたうちはの家だった。
中にはいると、サチとユキが不安げな顔をして彼らを出迎える。
「久しぶりー、ちょっと家の中、調べさせてもらうからね」
ナルトがにこにこと笑って子供達の頭を撫でると、彼らの表情が僅かに綻んだ。
父親のサスケが騒ぎ立てたため、彼らも落ち着かない気持ちで玄関をうろついていたのだ。

「お前の家の書斎って、二階だよな」
「書斎?」
「朝、サクラちゃんに言ったんだろ。本を戻しておけって」
最期に見たサクラの様子をサスケから聞き出していたナルトは、廊下を歩きながら言った。

 

 

 

「ごめんなさい。知らなかったのよ、そんなに時間が経っていたなんて」
書庫の奥で見つかったサクラは、サスケ達に頭を下げて謝っている。
朝、サスケと入れ違いにやってきた伊庭を門の近くまで行って見送り、その後サスケに頼まれた通り本を戻しに書斎に行ったのだ。
そこで見るともなしに本の背表紙を眺め、何冊かの本を手に取ったサクラは、棚の奥に隠されるように置かれた一冊のアルバムを発見した。
「アカデミーに入る前のサスケくんの写真、見たことなかったから・・・・」
サクラがページを捲ると、赤ん坊の頃からのサスケの成長がよく分かる写真が大量におさめられていた。
暗くなってからは部屋に置かれていた非常用の懐中電灯を片手に無心でそれを見ていたらしい。
人並み以上の集中力のあるサクラは、くノ一時代、仕事の資料を一度も休憩を取らずに24時間かけて作成し、完成と同時に倒れたことが何度もある。
一度のめり込むと、とことん夢中になる性質のようだった。

「父さんが僕より小さいやー」
サクラと共に写真を眺めるユキは、思わず喚声を上げる。
当然のこととはいえ、今のサスケしか知らない子供達にはどれも新鮮な写真だった。
さらに、彼らは祖父と祖母の顔も初めて見るのだから、興味を持って当然だ。
両親が死んでから、感傷的になることを避けてアルバムをしまい込んだサスケ自身も、今となっては懐かしい気持ちで写真を見つめている。

 

「サスケくんがあんまり可愛くて、つい見入っちゃったんだけど、なんだか嬉しくて」
「嬉しい?」
「うん、だってサスケくん、今はこの写真の中と同じ顔で笑ってるでしょう。最初に会った頃なんてずーっとしかめ面で、周り全て敵って顔だったもの」
「・・・悪かったな」
とたんに不機嫌になったサスケに、サクラはくすくすと笑い声をもらす。
自分が笑えているのだとしたら、それはお前がいるからだと思ったサスケだが、そのようなことは口に出しては言えない。

「大変だったんだよー、サクラちゃん。サスケが捜索隊を出せって。伊庭さんと一緒に駆け落ちしたんじゃないかって・・・」
「うるさい、黙れ!!!」
「えー、なになにーー??」
にやつくナルトの声はサスケに掻き消され、サクラは不思議そうに二人の顔を見比べている。
ナルトにすれば、このサクラが家族を捨てて他の人間と里を旅立つなど、天地がひっくり返ったとしてもありえないことだった。


あとがき??
拍手用に短くするはずが、変に長かったですね。
イタチ兄は、この話の中ではすでに死んでいる設定です。
思い出すのが辛いから、過去の写真は全部隠していたらしい。
ああ、出かける前のデコチューは必須なんです。(拍手用SS参照)
昔のぐれていない頃の坊ちゃん、究極の可愛さでしたよね。


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