血途 17―3
「・・・・一体どうしたのかしら」
「分かんないよ。中から鍵を閉めてるみたいだ」
小さく呟いたサクラに、ユキは両手を上にして「お手上げ状態」であることを示した。
近所に住む子供達と遊んでいたはずのマリィが、家に帰るなり納戸に閉じこもり、全く出てこようとしないのだ。
朝は普通だったのだから、外で何かあったとしか思えない。
呼びかけても答えないのでは、事情が全く分からなかった。「あ、誰か人が来た」
「はいはーい」
廊下で右往左往としていたサクラは、チャイムの音に気づくと駆け足で階段を下りていく。
サスケは帰りが遅くなると連絡が入っていた。
新聞の集金だろうかと考え、サクラが財布を持って出ていくと、そこに立っていたのは鬼のような形相をした若い女性だ。
勢いに呑まれて目を見開いたサクラに、彼女は眉をつり上げたまま詰め寄る。「ちょっと、マリィとかいう女の子はあんたのところの子なの!?」
「え、そ、そうですけど」
「ちょっとここに連れてきて頂戴!!うちの子を突き飛ばして怪我をさせたのよ!絶対に許せない」
「ええ!!?」
「これを見なさい!」
母親の後ろに隠れていた少年が、彼女に腕を引かれて玄関に姿を見せる。
少年の手足には少々オーバーなほど包帯が巻かれていて、彼自身も母親のあまりの剣幕に怯えているようだ。
マリィが納戸から出てこないのは、おそらくこのことが原因なのだろう。
同じ頃、マリィは衣装箪笥の脇で明かりも付けず、膝を抱えて座り込んでいた。
扉の前にいたサクラ達がばたばたと階下に移動した足音は彼女にも聞こえていて、訪問者が誰なのかは考えずとも分かる。
マリィが背中を押したとき、少年はぐったりとした様子で倒れ込んでおり、怖くなって逃げ出したのだ。
うちはの家以外に、マリィの帰る場所はどこにもない。
いつも優しく接してくれるサクラも、今度のことを知れば怒るに違いなかった。「マリィちゃん、入るわよ」
サクラの声が聞こえるのと同時に、扉が乱暴に壊された音がした。
すぐに気配を察したのか、まっすぐにマリィのいる場所へと歩いてくるサクラは逆光なため表情が全く見えない。
体を震わせるマリィは目をつむり、怒声が飛んでくることを覚悟する。
だが、いつまで経っても叱責の言葉は聞こえず、代わりに強く体を抱きしめられたマリィは驚きに目を丸くした。「こんなに震えて。ここは暗くて、怖かったでしょう」
「・・・・」
マリィの顔を覗き込んだサクラは、いつもの暖かな笑顔を浮かべている。
何が起きたのか分からず、目を瞬かせるマリィを安心させるように、もう一度その体を引き寄せた。
「あの男の子の怪我は私が治したから、大丈夫よ」
小さなマリィの背中をさすりながら、サクラはゆっくりと続ける。
「あの子が、マリィちゃんに「ごめんなさい」って言いたいんだって。私も一緒に行くから、早くここから出よう」サクラの声を聞くうちに、マリィの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
堰を切ったように泣き出したマリィをサクラはただ黙って抱きしめた。
本当に帰りたかった場所を、ようやく見つけた気がする。
両親がいなくなってから、ずっと不安で、すぐにも崩れるもろい足場の上に立っているような感覚だった。
自分を助けるために伸ばされたサクラの手に、掴まってもいいのだ。
彼女ならば、どんなことがあっても手を離すことはないのだと、マリィにはこのときはっきりと分かった。
「あんな風に笑うんだなぁ」
任務を終えてうちは家までマリィを迎えにやってきた上忍は、明るい声音で話す彼女を見て心底驚いたようだった。
施設に預けることを拒んでマリィを預かったのだから、可愛くないわけではないのだ。
ただ、どう扱っていいのか分からず困っていただけらしい。
独り身で悠々と暮らしていた若者が突然小さな子供を預かることになったのだから、戸惑って当然かもしれない。
長期任務の多い部署から異動し、今までより家にいる時間も多くなるため、ようやくマリィとうち解けることが出来そうだった。「結局、悪いのは向こうの方だったんだろ」
「そうよ。サスケくんだって、マリィちゃんが友達を突き飛ばして怪我させたなんて、変だと思うでしょう!」
「まあな」
話すうちに、鼻息が荒くなったサクラをサスケは苦笑して見つめる。
「怪我をさせたことはマリィちゃんも謝ったし、別に親が出てきて大騒ぎする必要なんかなかったのよ」事件の発端は、広場で皆とゲームをしているときに、首からさげた指輪に気づいた少年が見せて欲しいと頼んだことだったらしい。
マリィが大切にしているものだと分かったから、ほんの悪戯心で彼はそれを返さなかった。
近くにいた友達と交互に投げ合って必死に奪い返そうとするマリィをからかっているうちに、彼女に体当たりをされて目を回したのだ。
怪我をしたといっても転んだ際に出来る簡単なすり傷で、意識もすぐに戻ったのだが、彼の母親は大げさに騒ぎ立てた。
「うちのマリィちゃんは理由もなくそんなことはしませんよ」
怒り心頭の母親に負けじとにらみ返したサクラは、何か言いたげな顔をして立つ少年の方から事情を聞き出しそうだ。
「うちのマリィが、本当にお世話になったみたいで・・・・」
いろいろと、里にいなかった間のマリィの話を聞いた同僚は、サクラに向かって深々と頭を下げる。
「いいえ。とても楽しかったです」
にこにこと笑って応えるサクラは、少し屈んでマリィと視線を合わせた。
「家も近いし、いつでも顔を見せてね。約束よ」
「うん・・・」
マリィは少しだけ心細い返事をしたが、サクラの笑顔に釣られて、微笑みを浮かべる。
死んだ両親とは違い、サクラは生きているのだ。
その気になればいつでも会うことが出来る。
涙を流す必要は全くないはずだった。
「お前なぁ、そんなに落ち込むなら無理言ってでもマリィを引き取れば良かっただろ」
「だって、だってさ、マリィちゃんが、叔父さんと頑張るって言ったから・・・・」
マリィが忘れていったぬいぐるみを腕に抱くサクラは、今にも泣きそうな顔で肩を落としている。
マリィの前では笑顔で頑張っていたが、家に入るととたんに寂しくなったらしい。
サチやユキは夕食がすむとさっさと自分達の部屋に行ってしまった。
「やっぱり、女の子がいてくれた方が良かったわ。男の子なんて、すぐお母さんより友達の方が大事になっちゃって、全然かまってくれなくなるし」
ぬいぐるみに向かってぶつぶつと話しかけていたサクラは、ふいに後ろから抱き竦められ、体をびくつかせる。
「えっ、な、何!?」
「女の子が欲しいんだろ」首筋に当たる唇を意識しながら、考えてみると、彼とこうして触れ合うのは随分久しぶりだった。
何しろこの一ヶ月、マリィを挟んで3人で横になっていたのだ。
サクラはマリィとの生活に舞い上がっていたため、サスケがどう思っているかなどまるで気にしていなかった。
早い時間からサスケが積極的な行動を取るのは非常に珍しい。
「あの・・・・・、もしかして、凄く我慢してた?」
「当然」
あとがき??
というわけで、うちは家の第三子は女の子なのです。
元ネタは桃川春日子先生の『アオイトリ』。
うちの坊ちゃんはむっつりスケベーなので、マリィちゃんを挟んで寝ながら、悶々としていたと思います。
彼女のせいで、近いのにサクラが遠い・・・・。(^_^;)可愛いぞ、坊ちゃん。
だらだら書いていましたが、完結出来て良かったです。書きたかったのはアオイトリ部分と、隠し子騒動で喜ぶサクラちゃんでした。