血途 18
母を殺す夢を見た。
「うちはは今日も満点だ」
テスト用紙の返却時に、サチの担任は満面の笑みを浮かべて彼の頭を撫でた。
優秀なサチは教師達に可愛がられており、クラスメートには何かとひがまれている。
うちは家の人間なのだから当然なのだと囁き合っているのも分かっていた。
彼らは知らないのだ。
サチが血の滲むような努力して主席の地位を保ち、一点でもテストの点数が下がることにどれほど怯えているのかを。
父と母は二人ともアカデミー時代の成績は良かったらしい。
そして忍術を使う際にサチが主に褒められるのは、チャクラのコントロールと幻術。
桃色の髪と緑の瞳だけでなく、忍びとしての能力も母親の遺伝子を強く引き継いでいる証だ。
弟のユキの方は、演習中に火を扱う術を使うことが多いのだと聞いていた。
外見的にはサチと同じく母親似でも、ユキのチャクラの性質はおそらく兄よりもずっとサスケに近い。「サチ」
ふいに名前を呼ばれ、サチは思考を中断させて顔をあげる。
「どーしたんだよ、怖い顔して」
「・・・ちょっと、考え事してたから」
前の席にいるクラスメートに、サチは曖昧な笑顔で応えた。
「やっぱりさー、名門出身のお前と俺らじゃ頭の作りが違うのかもなぁ。今度のテスト、平均点が40点だったんだぜ」
「お前は授業中にいつも寝てるからいつも0点なんだろ」
「まあなー」
万年最下位の成績の彼は、テストの点など全く気にしていない風に笑い飛ばした。
明るく、健康で、真っ当な精神の持ち主である彼をサチは羨ましそうに見つめる。
彼はきっと、何のプレッシャーもない平和な家庭に生まれ育ったのだ。
妙な夢を見てうなされることもないはずだった。
もし母親がサクラでなかったなら、どうなっていただろう。
たまに家にやってくる叔母が言うように、うちはに少しでも血筋が近い女性から産まれていれば、きっと結果は違っていた。
春野の家系には今まで突出した忍びが出た記録はない。
あまりに平凡で、何の取り柄もない一族だ。
何故、母は自分の体に写輪眼を覚醒出来るだけの能力を授けてくれなかったのか。
サチは毎日のようにそのことを考える。
サクラのせいではないと内心では分かっていても、恨む気持ちは日に日に強くなるばかりで、毎夜見る夢が現実になるときが近づいているようだった。
「ど、どうしたの、それ!!」
家に帰ると、玄関の鍵を開けたユキが目を丸くして兄を見つめる。
サチの髪の色が、朝見たときと違い、黒く変わっていたのだ。
鏡を見るたびに母と同じ容姿を確認するのが嫌で、思い切って染めてしまった。
こんなことをしても事態は好転しないと分かっていても、何もせずにいるよりはましだ。
「男なのにピンクの髪なんて、女々しくて格好悪いだろう」
「だからって、そんな急に」
なおも言い募ろうとしたユキは、背後に気配を感じて押し黙る。
サスケは長期任務で里を留守にしており、ユキに続いて玄関に出てきたサクラは、サチを見るなりその場で立ち竦んでいた。「母さん・・・・」
彼女の第一声を待つサチは、少しだけ緊張する。
驚きの表情でサチの髪を見ていたサクラは、やがて、いつものように微笑みを浮かべてみせた。
「サチは男前だから、何をしても似合うわね。さすが私の息子だわ」
明るい口調で言ったサクラは笑顔のままサチに歩み寄り、彼の頭を優しく撫でる。
幼い頃から側で見てきたから、サチはその異変にすぐ気づくことが出来た。
笑っているはずなのに、どこか悲しげなサクラ。
自分に向けられた表情が、叔母の小言を受け流しているときの作り笑顔と全く一緒だったことに、愕然とした。
口には出さずとも、サチの中にある鬱屈した心情をサクラは以前から感じ取っていたに違いない。
そうでなければ、指先がこんなにも震えているはずがなかった。
「しょうがないじゃないか。全部、全部母さんのせいなんだから!」
サクラを傷つけたことにいたたまれなくなり、自分の部屋に閉じこもったサチは周りの物に当たり散らす。
母のあんな顔を見たかったわけではないのだ。
彼女に愛情を持っているのに、うちはの長男としての重荷がサチを苦しめる。
ただ勉強をして、頭がいいだけでは周りは認めてくれない。
かつては木ノ葉隠れの里で一番の繁栄を誇った一族として、自分はもっともっと強くならなければいけない。
そして・・・・。「あっ・・・・」
荷物を投げつけた際に棚から落ちた写真立てに目を向けたサチは、そのままの姿勢で動きを止める。
そこにあったのは、ユキが産まれる前にサクラと一緒に撮った写真だ。
無邪気な笑顔を浮かべる3歳のサチが、サクラから片時も離れまいとくっついている。
そして、思い出した。
強くなりたいと願ったのは、何故だったのか。
母を守りたいと思ったからだ。
彼女がもう、平凡な子供を産んだことで叔母に責められることがないように、うちは家の守護者である天狗の力の範囲外にいる母が傷つかないように。
少しでもうちはにふさわしい人間になろうと決意し、努力しているうちに、いつの間にかサチは母を追いつめる者の側に回っていた。
そして、誰よりも強く彼女を否定したのだ。
「・・・僕は、馬鹿だ」
サスケが戻ってくる頃にはサチの髪は元の色に戻り、サクラもそのことについて何も言わなかった。
年頃の少年や少女は気まぐれで、髪型や色を変えるのは珍しくない。
サクラの態度はそれまでと同じなのに、今ひとつ素直になれないのは、サチの中にまだわだかまりが残っているからだろう。「サチ」
ぼんやりと2階の窓から外を眺めていたサチは、背後に立ったサスケへと目をやる。
「ようやく戻ってきた」
サスケが指差したのは、ユキを連れて買い物に出かけたまま、なかなか帰ってこなかったサクラだ。
通りを歩くサクラは2階にいる彼らに気づいていないようで、何か笑顔でユキに話しかけている。
夕焼けの風景の中、風に揺れるサクラの長い髪は茜色に染まっていた。
「綺麗だな」それが、夕暮れの町のことなのか、それとも他のことなのか、サスケの顔を見れば聞かずとも分かった。
他のどんな女性と一緒になっても、父は今のように笑っていない気がする。
彼のサクラに向ける優しい眼差しは昔から少しも変わらない。
ひたむきに互いを思う夫婦がいて、彼らの子供だからこそ、自分はこうして木ノ葉の地に立っていられるのだ。
「うん」
一度にいろいろなことが理解出来たような気がして、瞳に浮かぶ涙を誤魔化すために、サチは何度も瞬きを繰り返した。
尊敬する父が綺麗だと言った色が、自分の中にもあることが、今は純粋に嬉しい。
母を殺す夢を見ることは、二度と無かった。
あとがき??
天狗の設定とか、覚えている人いるんだろうか。
サスサクが入るとついほのぼのしちゃいますが、本来はサチ&ユキメインの暗い話がメインなんです。