血途 19
近頃くノ一仲間達の視線が妙に冷たくなったのは、サクラの気のせいではないはずだ。
自分の境遇と照らし合わせて、「モモエちゃんと結婚するときのトモカズは大変だったんだろうなぁ」などと思ってしまう。
そして、サクラの旦那様となる人物はモモエちゃん以上のアイドルだ。
木ノ葉隠れの里だけでなく、同盟国の隠れ里にもファンクラブが多数存在する。
そのうち自宅に不幸の手紙や爆弾が届くのではないかと心配になるが、今のところ警備は万全だった。
うちはの人間を守る天狗の一族は、跡取りをその身に宿すサクラも今のところ守護すべき者として認識しているらしい。
「何やってるの?」
「ああ・・・ごめん」
どこかからか監視しているはずの天狗の気配を探っていたサクラは、小走りで前を行くいのに追いついた。
任務で里を離れているサスケに代わり、新生活に必要な買い物に付き合ってもらっているのだ。
実家が花屋を経営しているせいか、商店街のどこで何を安く買えるか、いのに聞けば何でも分かる。
「ぼーっとしていることが多いわよね。妊娠初期ってそんな感じなの」
「どうだろう・・・。まだよく分からないんだけど」
腹部に手をやったサクラは首をかしげて答えた。
目立ってくる前に式をあげるということになったのだが、急なことで戸惑っているのは周りの人間だけでなく、サクラも同じだ。
あれほど憧れていたサスケと結婚できるなど、まだ夢の中にいるような錯覚に陥ってしまう。「あのさー、サクラなんだか元気、ない?」
ふいに振り向いたいのに訊ねられ、サクラはぎくりとして足を止めた。
「えっ、そんなことないよ」
「・・・・」
明るく微笑んだつもりだったが、長い付き合いのいのの目は誤魔化せなかったらしい。
無言のまま凝視されたサクラは、段々と笑顔を引きつらせ、泣いているような顔つきになってしまう。
「いのーーー」
「よしよし、どうしたの?」
小さな子供にするように、いのが頭を撫でると、サクラは目に涙を浮かべて俯いた。
「なんだか、これでいいのかなぁって思っちゃって」
「え、何が?」
「やっぱり、結婚やめようかなって・・・」消え入りそうなほど小さなその呟きを聞くなり、いのの表情がにわかに険しくなる。
昔はサクラと同様にサスケのことが好きで、その後ろを追い回していたのだ。
今でもサクラを妬む気持ちが少なからずあるというのに、何を躊躇しているのか全く理解できない。
「何よ、それー!贅沢なこと言っちゃって。サスケくんみたいな素敵な人、他にいないわよ!どれだけの女の子があんたのこと羨んでると思ってるのよ」
「それは、よく分かってるけど・・・・・」
いのがまくし立てても、サクラは暗い顔つきで地面を見つめ続けている。
「サスケくんは私なんかで・・・、本当にいいのかな」
最初は両親にも反対されたのだ。
妊娠が発覚しなければ、未だにごたごたが続いていたかもしれない。
隠れ里が作られた当初から、守りの要として重責を担ってきた名門うちは一族と違い、春野家はもともと百姓の出だ。
目覚しい活躍をした忍びは一人もおらず、少しばかり物覚えがいいだけの、平凡な人間が揃っている。
そして、血継限界を持つ一族は木ノ葉隠れの里では大切に扱われているが、異質な存在として見られている節もあった。
一族がサスケを除いて根絶やしにされた過去のこともあり、サクラの両親が娘の身を心配するのも無理はない。
考えれば考えるほど、サクラはこのままうちは家に嫁いていいものか、悩んでしまうのだ。「あんた、サスケくんのこと好きなんでしょう」
「うん」
「それなら、サスケくんのこともっと信じてあげなさいよ」
即答したサクラに、いのは少し表情を和らげて告げる。
「・・・でも、サスケくんから私に好きって、あんまり言ってくれないし」
「サスケくんの性格じゃ無理でしょうー。それに、年中、好きだとか愛してるだとか言ってるよりいいんじゃないの。そういう人は外でも同じようなこと他の女に言ってるのよ」
上目遣いで自分を見るサクラに、いのはにっこりと笑って言葉を続ける。
「口数少なくても、サスケくん、嘘はつかないわよ」
もやもやとした気持ちを抱えたまま、式での衣装合わせに向かったサクラは、可愛らしいドレスを見ても反応は薄かった。
いのや担当の女性があれこれアドバイスしてくれたが、どれを着るかはなかなか決まらない。
同じように衣装を見に来た若い女性達が、幸せそうな笑顔を浮かべているのとは正反対だ。
「やっぱりこれでいいんじゃない。リボンがラブリーだし、あんたぺったんこだから胸元隠れるやつ」
「よけいなことまで言わなくていいわよ」
いのが軽口を叩くと、苦笑したサクラは彼女が選んだものを持って試着室へと入っていく。
独特の光沢を放つ白いドレスは刺繍やビーズの飾りが使われ、若い娘なら誰でも憧れる愛らしいデザインだ。
しかし自分に似合っているのかどうか、髪をアップにして鏡の前に立つサクラは、暫しの間自分の姿を見つめ続ける。
とりあえず、着替えが終わったからには、一度外に出ていの達に評価してもらわなければならない。「・・・・・あれ」
カーテンを開けるなり屈んでサンダルを履こうとしたサクラは、すぐ手前にある男物の靴に気づくと、訝しげに顔を上げた。
そして、彼と視線が合った瞬間に、サクラの思考は停止する。
あと二日は戻らないはずのサスケが、いつもの仕事着姿でそこに佇んでいた。
「い、いのは!?」
「帰った」
きょろきょろと辺りを見回したサクラに、サスケは素っ気なく答える。
あとになって考えると、「お帰りなさい」「お疲れ様」と言えばよかったと思うのだが、このときはそこまで頭が回らなかった。
それほど危険な任務ではなかったはずだが、彼の顔を久しぶりに見られただけで、胸が一杯だ。
「あの、他のも試着しようかと思ってるんだけど、これがいのの一押しで・・・・」
「綺麗だ」他の衣装へと目を向けていたサクラは、体の向きを戻すと、サスケの顔を正面から見据える。
どうやら聞き間違えではなかったようだ。
「・・・・サスケくん、顔赤いよ」
「悪いか」
言葉遣いは乱暴だったが、長い付き合いのサクラには、彼が照れているのだとはっきり分かる。
確かに障害は沢山あった。
だけれど、こうしてサスケのそばにいられることを思えば、他の何を失っても後悔するはずがない。
面を伏せたサクラは、瞳を潤ませて少し笑った。
「素敵な旦那様ですねぇ・・・」
サクラの担当の女性は、サスケの横顔に見惚れて深いため息をつく。
サスケの姿を見つけたいのがとっさに彼女の腕を引っ張って隠れたのだが、正解だったらしい。
「それが悩みの種らしいんだけど」
こっそり様子を窺うと、近頃浮かない顔ばかりしていたサクラが、サスケの隣りで屈託なく笑っている。
「あれなら大丈夫そうだわ」
あとがき??
サスケは、サクラちゃんに会いたくて早めに仕事終わらせて帰って来たんですよ。
アンケートで、サスサク好きーさんもわりといらしていることが分かったので、ちょっと書いてみました。
サクラの要望で白無垢とウェディングドレス、両方着るようですよ。
披露宴で白鳥のゴンドラに乗って登場する演出は却下されましたけど。