血途 5


「うわーー!凄い人!!」
「・・・・だから嫌だって言ったんだ」
歓声を上げるサクラとは対照的に、サスケはふてくされて言った。
年始めの恵方詣で。
里に住む人間の大半がこの社に集まるため、道は人で埋め尽くされていた。
元旦に来ずとも、人が空いてからでいいというのがサスケの主張だったが、サクラや子供達に押し切られてしまった。

「今からでも引き返して・・・・」
言いながら隣りを見ると、サクラの姿がない。
「ねぇねぇ、サスケくん!これ、どう?」
サスケの小言をまるで聞かず、近くの露店を見ていたサクラは笑顔で彼を手招きしている。
サクラが結い上げた髪に付けているのは、店の売り物である瑪瑙のかんざしだ。
財布を握り締めているところを見ると、もうそれを購入する心づもりなのだろう。

 

「何か言うこと、ない?可愛いとか、口笛ふきたくなるとか」
「似合わない」
きっぱりと言い切ったサスケに、サクラは項垂れる。
朴念仁なサスケに意見を聞いたのが間違いだった。
「お前なら、こっちだろ」
瑪瑙のかんざしは抜き取られ、サクラの髪にはサスケの手によって別の飾りを付けられる。
その店で一番上等の、水晶のかんざしだ。

「他には何も買わないからな」
さっさと勘定を済ませたサスケは再び社に向かって歩き出した。
顔を見合わせたサクラと子供達は、くすくすと笑い合う。
「見栄っ張り」

 

 

 

渋々サクラ達に付き合っているサスケだが、昔は彼も家族で恵方参りをしていた。
まだ子供だった彼にとって、非日常的空間であるその場所が楽しくて仕方がなかった記憶がある。
両親と手を繋いで、人混みをかき分けてのお参り。
帰り際には、きまってべっこう飴を買ってもらった。
兄のイタチが家族と一緒に行動することを拒むようになったのは、いつからだったか。

 

 

「それ、どうしたの?」
父の着物の袖から覗いた腕の傷を指差し、幼いサスケは無邪気に訊ねる。
辛うじて人の少ない石段に座っているのは、父とサスケの二人だけだ。
あまりの混雑にまだ小さいサスケを心配した母は、一人で破魔弓を購入しに行っている。

「兄に、斬られたんだ」
「お父さんのお兄ちゃんー?」
サスケは不思議そうに首を傾げる。
父に兄弟がいた話は今まで聞いたことがない。
そして斬られたというのは、あまりに物騒な話だ。

「どこにいるの?」
「もういない」
暗い面持ちで呟いた父だが、子供のサスケには分からない。
それ以上の追求から逃れるように、俯いた父は自ら語り出した。

 

「サスケ、いつか一族の中でお前に仇をなす人間が現れるかもしれない。それでも恨んでは駄目だ。憎しみで人を殺めれば、その者の縁者が必ずお前を狙うだろう。そうすればまた同じことの繰り返しだ」
「・・・・」
「全てを失いたくなければ、自分が耐えなければならないんだ」
口数の少ない父の、初めての熱弁にサスケは何と答えたらいいか分からない。
黙ったまま自分を見据えているサスケに、父は少しだけ表情を緩める。

「難しかったか?」
「・・・うん。よく分からない」
「今の話を、お前が思い出さないことを祈るよ」
立ち上がった父の視線の先には破魔弓を持って歩く母がいる。
「お待たせしました」
「じゃあ、中の方に行くか。サスケ、はぐれるなよ」

 

人混みを進みながら、サスケはにこにこ顔で父を見上げる。
「お父さんは何をお願いするの」
「一族安泰。サスケは?」
「べっこう飴が早く食べられますように」
えへへっと笑ったサスケに、両親は共に苦笑した。
「お母さんは」
「んー・・・」
少し考えるような仕草をしたあと、母は優しい微笑みを浮かべてサスケの頭を撫でる。
「何だと思う?」

 

 

 

 

何だったんだろう。

 

 

聞くことの出来なかった返答は、今もうやむやなままだ。
人にもまれながら、祭壇に向かって祈りを終えたサスケは、ふと傍らへと目を向ける。
顔はまるで似ていない。
だが、熱心に手を合わせるサクラは、遠い日の母の姿と重なって見えた。

「何を願った?」
瞳を開けたサクラに、サスケは訊ねる。
足元にいる子供達の手を取ると、サクラはサスケを見上げてにっこりと笑った。
「子供達が仲良く、そして元気に成長してくれますように」


あとがき??
『無限の住人』4巻、恵方参りの場面をそのまま模してみました。
サブタイトルは、「母の答え」。

しかし、私の中で何故か天津(『無限の住人』)はイタチなイメージ。
え、ということは、凛ちゃんがサスケ!?(笑)
凶さんはカカシ先生ね。そのまんま。
万次さんは何というか、格好よくて理想のお人です。


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