血途 7


母に頼まれ、買い物をした帰り道。
弟が転んだ。
甲高い子供の泣き声が響き渡るけれど、自分はそのまま歩き続ける。

家を出る前、母は僕らにお揃いの麦わら帽子をかぶせて言った。
「日差しが強いから帽子を取ったら駄目よ」「車には気を付けてね」「ちゃんと手を繋いで行くのよ」。
主に、自分に向けられた言葉だ。
兄だからというのもあるが、弟は日頃からぼんやりしたところがある。
何もないところで転び、しょっちゅう熱を出しては寝込み、入学したばかりのアカデミーの成績も下から数えた方が早い。
自分が弟に優しく出来るのは、憐れみからくる感情なのだろう。
それこそ、弟が生まれた当初から自覚していることだった。

 

 

唐突に泣き声が止み、地面に突っ伏したままの弟に、さすがに不安になる。
後方へと戻ると、弟は土の上を歩く蟻を見ていた。
長い列をなして歩く蟻。
自分の体の何倍もある砂糖菓子を運ぶ蟻は、重そうに手足を動かしている。
弟はその砂糖菓子を手に取ると、蟻が持ちやすいよう、細かく砕いて土の上にまいていた。

「・・・・何やってるんだ」
「蟻さん、喜ぶでしょ」
顔をあげ、にっこりと笑った弟は、先程まで大泣きしていたことを忘れている。
やっぱりこいつは馬鹿なのだ。

 

「早く立てよ」
「んー・・・・」
手を差し出すと、弟はゆっくりとした動作で立ち上がる。
そうして、空を見上げて楽しそうに声を出した。
「雨さん、こんにちはー」
「・・・・」
見上げた先には、快晴の空
ついに、頭がいかれたのだろうか。

「太陽が出ているだろ。だから母さんは僕らに帽子をかぶせたし、洗濯だって干していた」
「ん」
自分の言葉には、弟はただにこにこと笑うだけ。
意味ありげなその笑顔に、何だか無性に腹が立った。
ぽかりと頭を殴ると、弟は再びけたたましく泣き始める。

弟の恨みがましい視線を背中に感じながら、思った。
自分が弟のように声をあげて泣いたことなど、物心ついてから全くないのではないかと。

 

 

 

天気予報では、降水確率0%。
ニュースで見たのだから、間違いない。
そして、雨が降り出したのは家につく寸前のことだった。
庭に出ていた洗濯物は、とっくに家の中に取り込まれている。

 

「何で分かったの?雨が降るって」
自分達の労をねぎらったあと、しゃがんで買い物袋の中身を確かめる母に訊ねた。
「サスケくんが言ったから」
何でもないことのように言うと、母は笑顔で自分を見上げる。
いつも忙しく任務をこなしている父は、今日、珍しく家にいた。
今は弟に付き合い、しょうがなくリビングでアニメ番組を見ている。

「サスケくんの天気予報って当たるのよ。これも千里眼と言われる『写輪眼』の力なのかしら」
弟を凝視する自分の耳を、母の言葉が素通りしていった。

 

自分にはまるで分からなかった、雨の予測。
母と自分、父と弟を隔てているのは、リビングとキッチンを阻む壁だけ。
薄いはずの壁が、何故か今日はひどく厚く感じられる。
雨の降りは激しさを増したようだった。


あとがき??
その差は平凡な天才と優秀な凡人。
サチくんにある台詞を言わせたいがために書いているシリーズです。
両親の見ていないところでは意外と仲の悪いらしい兄弟でした。


暗い部屋に戻る