血途 9


「今時、小遣いが500円なんて家、ないよなぁ」
サチは不満げに地面の小石を蹴りつけた。
サクラ達は7つのサチにはそれで十分だと思っていたが、彼のクラスメートには月5000円もらっている者もいる。
自分の小遣いの金額をサチは到底友達に公表できなかった。
「もう、今月あと50円しかないよ・・・」

サチはアカデミーの帰り道にあるコンビニで買ったスナック菓子をバリバリと食べている。
年明けにもらったお年玉はすでに底をついた。
貯金通帳は母に預けてある。
これからどうやって金を工面するかがサチの当面の問題だった。

 

 

「ちょっと、ちょっと、そこの僕」
背後から聞こえてきた呼び掛けに、サチは振り返る。
手を振って走ってくるのは、先程買い物をしたコンビニの店員だった。
釣銭でも間違えたかと思ったが、小銭でしっかり払ったはずだ。
「何?」
「あーー、えっと・・・・」
サチに追いつくと、彼は何故かもじもじと体をよじっている。
すわ誘拐かと警戒するサチだったが、彼の用件はそのようなことではなかった。

「君、よくお姉さんと一緒にうちの店に来るよね」
「・・・・・お姉さん?」
「ほら、君とよく似たピンク色の髪の女の人!」
暫しの間考え込んだサチは、彼が言っているのがサクラのことだと思い至る。
確かに、アカデミーの帰りに待ち伏せしているサクラと、あの店でおやつを買って帰ることがあった。
「前から気になっていたんだ。よかったら、お姉さんのこと教えてくれないかな。その、恋人はいるのかとか」
「・・・・」
サチは彼の姿をまじまじと凝視する。
一見して真面目そうな青年だ。
この日サチに話しかけたのも、精一杯勇気を振り絞ってのことだろう。

 

「いいよ。姉さんの情報、教えてあげる」
「本当!」
瞳を輝かせた青年に、サチはにっこりと笑って右手を差し出す。
「情報料」

 

 

 

「サチ、またアカデミーの帰りに買い食いなんかして!」
「みんなもしてるよ」
「よその家はよその家、うちでは駄目なの。買ってもいいけど、家で手を洗ってから食べなさい。それと、夕飯はちゃんと食べること」
「はいはい」
叱りつけるサクラの横を素通りすると、サチは自分の部屋へと入っていく。
全く反省の色のないサチの様子に、サクラの怒りは倍増した。

「サスケくんに厳しく言ってもらわなきゃ!」
頭に血を上らせたままサクラは厳しい表情で呟く。
サクラの計算では、サチは小遣いをとっくに使い切っているはずだった。
それなのに、毎日何かしらの菓子を持って帰ってくることが不思議でならない。
「・・・・まさか、何か危険なバイトでも始めたんじゃあ」
薬の売買、運び屋、援助交際、連日ニュースで流れる様々な事件がサクラの頭をよぎる。
恐る恐るサチの部屋を見やったサクラは、突然開かれた扉に飛び上がった。

「何やってるの」
「な、何でもないわよ」
「ふーん・・・・」
サチはびくびくと自分を見るサクラに首を傾げる。
「あのさ、母さん、今日暇?」
「え、これからユキを幼稚園に迎えに行くけど」
「・・・・まだ1時間以上あるよね」
時計を見た後、サチはサクラへと視線を戻す。
「ユキは俺が迎えに行くからさ、ちょっと付き合ってくれる」

 

 

 

サチに手を引かれてやってきた公園では、れいのコンビニの青年が待機していた。
人のいいサクラを騙すには、どんな手が有効なのかサチはよく理解している。
あとは、サチの考えた設定で彼がどこまで演じきれるかだった。

 

「そう、先月亡くなられたお姉さまが私に似ていたのね・・・・」
サチに紹介された青年の言葉をすっかり信じ込み、サクラは涙ぐんでいる。
二人でベンチに並んで座りながら、彼は必死に罪悪感と戦っていた。
彼女と親密になりたいのは本当だが、嘘をつくのは良いこととは言えない。

「元気を出して!」
力強く言うと、サクラは膝の上にあった青年の手を握り締める。
「私のこと、お姉さんと思ってくれていいわよ」
「はぁ・・・・」
「一人暮らしだって聞いたわ。今からでも食事を作りに行ってあげる。好き嫌いはある?」
「な、ないです」
自分の顔を覗きこむサクラに青年はしどろもどろに答えた。
憧れの女性が目の前にいるばかりか、自分の家に来ると言っている。
あまりに順調な成り行きに、夢ならば覚めないで欲しいと思わずにいられなかった。

 

 

 

「結構奥手なんだな、あのお兄ちゃん」
植え込みの陰から二人を見守るサチは、青年から大量にせしめた「情報量」、チョコレート菓子を食べている。
さすがに自分の母親に何かあってはまずいと思い、隠れて様子を探っているのだが、心配は無用なようだった。
「そろそろユキを迎えに行こうかなぁ・・・・・ゲッ!」
口に放り込もうとした最後のチョコレートの欠片を、サチは取り落とす。

今、この場にいては最もまずい人間。
いるはずのない人が、公園の入口付近を通りかかったのが見えた。
優秀な忍びで、周囲に対して常に注意を配っている彼がベンチにいるサクラ達に気づかないはずがない。
案の定、彼らに向かって一直線に歩き出したその姿に、サチは全身の血が一気に引いていくのが分かった。

 

「人の女房に手を出すとは、いい度胸だな」
「え、ええ??!」
突然現れた忍び装束のサスケに胸倉を掴まれた青年は、事態を把握できず慌てふためいている。
「さ、サスケくん、やめて!!誤解なのよ!」
必死に止めようとするサクラを無視し、サスケは後ろの植え込みへと目を向けた。
「それと、そこにこそこそ隠れているサチ!」
「は、はい!!」
鋭い声音に震えたサチは立ち上がって姿を見せる。
「事情を詳しく説明してもらおうか」

 

 

 

「サチ、今後三ヶ月小遣い無し」

腕組みをしたサスケの冷ややかな声に、サチな泣き崩れる。
だが、一番哀れなのは純情をもてあそばれた青年だ。
恋をしていた相手は人妻、子持ち。
しかも、旦那がうちはの人間ではどうやっても勝ち目はない。

「あの、ごめんなさい。サチが使ったお金はうちで弁償しますので」
ぺこぺこと頭をさげるサクラに、「気にしないで下さい」と言い残して青年は去っていく。
金は返せばすむことだ。
だが、心優しい青年の心に傷を付けたサチの罪は、限りなく重かった。


あとがき??
7歳で500円なら、良い方だと思うけどなぁ。私、その当時はお小遣いなんてもらっていなかったよ。時代が変わったのか。
サチくんの甘党は、サクラ似ですね。あんまり食べると、太るぞ。
まゆら(ハッピー・ファミリー)がコンビニでナンパされていたのを見て、書きたくなった話でした。
NARUTOの通貨は両だけど、ここでは円ね。


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