藪の中
サクラが死んだ。
死因は不明。
外傷は全くなく、病を得ていたわけでもない。
遺体の第一発見者はサクラの母親。
娘の帰りが遅いのを心配した彼女が、自宅付近の林の中ですでに冷たくなったサクラを見つけた。
まるで眠っているかのような、安らかな表情だったとサクラの母は言った。遺体発見当初は殺人事件として捜査されたが、手がかりとなるものは一切見つからず、早々に打ち切りにされた。
殺人だと思われた理由は、忍の証しである彼女の額当てが無くなっていたことからだった。
任務のない時でも、彼女がそれを外すことは絶対になかった。そしてその事件の1ヵ月後。
サクラの後を追うかのようにカカシが死んだ。
彼の場合は病による死ということがはっきりしていた。
しかし、相次ぐ7班内での死に、木ノ葉の忍の者は誰しも釈然としないものを感じていた。
カカシの葬儀が済み数日たったある日、イルカはサスケによってアカデミー内のとある一室に呼び出された。
「どういうことだ」
サスケがイルカの目の前に差し出したものは、木ノ葉の印の入った額当て。
「お、お前、それ・・・」
何か思い当たる事があるのか、イルカは即座に反応した。
サスケはイルカの様子をじっと見つめている。
「これはサクラの額当てだ」
「どうしてわかる?」
「そんなことは関係ない。どうしてこれをおまえが持っていたんだ」
サスケの鋭い視線に、どんな言い逃れの言葉も通用しないと悟る。
イルカはため息をついた。
「サスケ、そんなもの持ってると、呪われるぞ。早く返して来い。頼むから」
サクラの葬儀には沢山の人が集まった。
その誰もが涙に沈んでいる中、イルカは見てしまったのだ。
ただ一人、笑っている人物を。
次見たときはもう普段の表情にもどっていたので、確信は持てない。
それに、見間違いだったと思いたかった。
その人物は、彼女の上司である上忍だったから。
数日後。
アカデミーの教師控え室にて。
「俺が殺したんですよ。サクラ」
世間話をするかのようにカカシは気軽に言った。
まるで「今日、良い天気ですね」と言うような調子だ。
イルカは自分の耳を疑った。
サクラの遺体を見て薄笑いを浮かべていた彼を見てから、うすうす感づいていたとはいえ、まさか本人が告白してこようとは思わなかった。
「どうして俺にそんなこと言うんですか」
たまたまその部屋にはカカシとイルカしかいなかったが、イルカあたりに気を配りながら慎重に言った。
その声は動揺からか、少し上ずったような声だった。「イルカ先生、気づいてたでしょ。俺が笑ったの」
「何故なんです。何故、彼女を」
上忍がその気になれば証拠の残らない殺し方などいくらでもある。
イルカはそんなことより、カカシがサクラを殺そうと思った原因が知りたかった。「サクラが俺のこと好きだって言ってくれたんですよ。だから」
カカシは間を置くと右手親指を首の前で左右に動かし、首を切るような動作をした。
「殺した」
カカシは終始笑顔だ。
カカシの言葉はイルカには理解しがたかった。
好きだと言ったから殺したとは、どういった経緯なのか。「愛する人が死んだら、イルカ先生どうします」
「それは、悲しむと思います」
「それで」
「その人のことを忘れないようにして、また毎日頑張ると思います」
「あなたならそうでしょうね」
クククッと笑うカカシに、イルカはムッとした顔をする。
だが、カカシはイルカのそんな表情を気にした風もなく、言葉を続けた。
「俺は無理です。サクラのいない世界なんて生きていられない。サクラをそんな気持ちにさせたくなかったから、殺したんです」カカシが懐を探った。
「これ、見てもらえます」
それはおそらく病院のカルテ。
イルカは手渡されたその紙を眺める。
難しい医療用語は分からないが、それでも相当症状が進んでいる人間のものということは分かる。
「これは」
「それ、俺のです。もうすぐ俺死んじゃうんですよ」
イルカは驚きに目を見張る。
目の前にいるカカシはそんな重病人だという気配は全くない。「もうすぐ声も出なくなっちゃうらしいんで、その前に頼んでおこうと思って」
はい、これ、とカカシがイルカに向かってあるものを差し出した。
木ノ葉の忍の額当て。
「これ、俺の棺に入れてくれます?」
イルカは震える手でそれを受け取る。
「サクラのですよ。死んだ後もサクラと繋がっていたいと思いまして。嫌ならいいですど、祟って出てくるかもしれませんから、そこのところよろしく」
ここまで言われてイルカに否の返事ができようはずもない。どこかで授業が終了したのだろう。
子供達のはしゃぐ声が外から聞こえてきた。
だが、イルカにはその声がやけに遠くから聞こえてくるような気がした。
まるでこの部屋だけ隔離された別の世界のような。子供の声が通り過ぎるのを待って、カカシが口を開く。
「サクラが俺のこと嫌いだって言ってくれたら、殺さないですんだんだけどなぁ」
カカシはイルカがその日初めて見た真顔で呟いた。
その視線はイルカに渡した額当てに向けられていた。そして、カカシの願いどおり、彼の亡き後イルカが額当てを棺に収めた瞬間を偶然サスケが目撃していたのだ。
「そういうわけなんだよ」
「そんな話信じられるか!」
サスケははきすてるかのように言う。
「でも、俺のした話は全部本当だぞ。カカシ先生が嘘をついたのならともかく、そんなことする意味ないだろう」
「これは俺の額当てだ」
「え!?」
イルカはサスケの額に目をやるが、サスケは今、額当てをしている。
それに、先ほど手元にある額あてをサクラのものだと言ったのはサスケだ。
困惑するイルカをよそに、サスケは淡々と言葉を続ける。「サクラが死ぬ少し前に、お互いの額当てを交換したんだ」
サスケの瞳に涙がにじむ。
「サクラは、俺のことを・・・好きだって・・言った」
後はサスケの嗚咽する声が部屋に響いた。どういうことだ。
カカシの話は全て嘘で、本当は無理心中だったのか。
それとも、今こうして涙で語るサスケが嘘を言っているのか。
イルカは判断がつけかねた。
どちらも嘘を言ってるようには見えない。
ということは・・・。嘘をついていたのは。
サクラ?
死者に解答を訊けるはずもなく、イルカは何日か眠れない日が続いた。
そして夢にサクラが現れる。
あまりにサクラのことを考えていたせいだろうか。
ここのところ毎日だ。夢の中のサクラは、イルカのよく知る無邪気な笑顔で彼を見つめていた。
「サクラ」
呼びかけても、応えはない。
「あの二人の話はどっちが本当なんだ?それとも両方とも嘘なのか」
イルカの必死の呼びかけにも、サクラは変わらずに微笑んでイルカを見ているだけだ。
重苦しい空気が辺りを支配し、イルカは睨むようにしてサクラを見た。
だが、眼前にいるサクラの手がイルカに向かって伸ばされると、ふいにイルカの表情が緩んだ。
「そうだよな。あいつらの言ったことは全部嘘だよな」
イルカは安心したように呟く。
「サクラが好きだったのは俺だったんだから」サクラを殺したのは俺だ。
確かに俺の毒で死んだはずなのに、カカシ先生があんなことを言うものだからちょっと頭が混乱してしまった。
サクラに飲ませた毒に即効性はなく、服用してから2、3ヶ月後、突然息を引き取るという里でも珍しい特注品だ。
もちろん痕跡が身体に残ることもない。
授業で調合を実演して教えると言ったら、なんの疑いも持たれず、材料を用意してもらえた。
多分日ごろの行いが良かったせいだろう。サクラに好きだと告白して、彼女がそれに応えてくれた時は、まさに夢のようだと思った。
だが、サクラを抱きしめる度に、自分の中である思いが強くなっていった。
今はまだいい。
下忍としての任務など高が知れてるし、担当の上忍がついている。
けれども、これからは?
くの一としての任務の内容。
そんなことは分かりすぎるほど分かっている。
他の男がサクラに触れる。
それが生来真面目な性格のイルカには耐えられなかった。イルカは一度だけサクラに忍の仕事をやめてはどうかと冗談まじりに言った事がある。
しかしイルカの提案はサクラに一笑されてしまった。
その時からかもしれない。
サクラを殺そうと思ったのは。
サクラの遺体が発見されたという知らせを聞いた時、イルカは、はっきりと安堵した。
これで誰にも彼女を奪われないですむ。「大丈夫だよ。俺もすぐ傍にいくから」
もちろんサクラを一人で逝かせる気など毛頭なかった。
カカシ先生にはああ言ったが、自分もサクラのいない世界に何の意味も見出せない。
サクラと同時期に服用した毒は確実にイルカの体を蝕んでいた。
人によって毒の効き目は個人差があるが、たぶんそろそろ限界だ。
今日のこの眠りからイルカが目覚めることはないだろう。
「サクラ」
イルカが自分に向けられた手を取ろうとすると、それまで見た夢とちがってサクラに触れることができた。
歓喜の表情をうかべるイルカを見て、サクラは楽しそうに笑った。
あとがき??
これ最初はカカサクだったんですよ。マジ。それがいつのまにかこんなことに〜。
書いてる間じゅう暗かった。
誰が読むんだかこんなの。結局サクラちゃん台詞ないしさぁ。
イル→サク、カカ→サク、サス→サクですわ。あわわわ。
おちがないと困ってて、突然、イルカ先生を持ってきちゃおうかなと思ったのでした。ハハハ。これ、バリトンのコンサートで考えた話。
確か「美しき水車小屋の娘」とかいう題名だったような。
いい声だったけど、猛烈に眠かった。
しかし、前から2番目の席で寝るわけにいかず、頭の中はこんなアホな妄想話がぐるぐると。
おかげで目が覚めたけど、馬鹿だわー。
でも、歌の内容も一応この作品に反映されているかも。
僕が死んだら彼女(水車小屋の娘)に棺に花を手向けて欲しいっていう歌だったような。
彼女は猟師の男が好きだから、彼の片思いなのだ。書きたかったのは、サクラちゃんの遺体を見て笑うカカシ先生と、それを見て驚愕するイルカ先生。
タイトルは、まさにそのまんま。芥川龍之介の『薮の中』。
真相は全て、薮の中。