羅生門 −渦−
病院というのは、どうも行くのが億劫だ。
たとえ見舞いのためでも、気が乗らない。
それでも毎日のように通っているのは、彼女に会うためと、もちろん入院している人に早く治ってもらいたいから。手術は成功したというのに、カカシ先生の意識はまだ戻らない。
俺が駆けつけたとき、カカシ先生は弱々しいながらも俺の腕を握り、言った。
「サスケを助けてやってくれ」って。カカシ先生は馬鹿だ。
とんでもない大馬鹿だ。
血をだらだら流して死にかけてて、しかもカカシ先生をそんな姿にしたのはサスケなのに、先生はまだ自分の生徒を心配している。
サスケのことを、信じている。
俺はどうしようもなく泣けてしまって、しょうがなかった。俺が来るのがもう少し遅かったら、カカシ先生は確実に命を落としていた。
カカシ先生に刃を突きつけたサスケを発見したときの、俺の気持ちは、誰にも分からないことだろう。
深手を負わせたサスケが、血まみれのサクラちゃんを抱えて呆然をしているのを見付けた衝撃も。
病室の扉を開けるとすぐに、棚の上に飾られた花が目に入った。
ベッドサイドの椅子に腰掛ける彼女が、毎日花を持ってくるから、花瓶がそこかしこに置かれている。
振り向いた彼女は、微かに笑みを浮かべて俺を見詰めた。「綺麗だね」
「ピンクのガーベラ?それとも、こっちのカーネーション?」
「サクラちゃん」
真顔で言うと、サクラちゃんは小さく笑い声を立てた。
その笑顔は、飾られた花にもけして引けを取らない。
サクラちゃんがこうして笑うようになったのは、ごく最近のことだ。
あのとき、怪我をしたサスケを追ったものの、大蛇丸の姿はもうそこになかった。
カカシ先生の忍犬を使い、思った以上に早く隠れ家を見付けたから、たぶん一歩違いというところ。
そして、カカシ先生が未だに目覚めないのは、サクラちゃんの治療を優先させたからだ。
俺と行動を共にした忍びの中に、治療術を使える者は一人しかいなかった。心臓が停止し、一度は死亡したサクラちゃん。
奇跡的に息を吹き返したのは、医療班に所属する忍びの必死の努力と、見守る自分達の願いが天に通じたのだと思いたい。
退院した今でも、サクラちゃんには大きな傷が残っている。
身体にも、心にも。
「サスケの刑が決まったよ」
「・・・そう」
「一生牢獄暮らしだ」どんな理由であれ、仲間を殺めた罪は変わらない。
怪我を完治させたサスケは、病院を出るのと同時に牢に繋がれた。
知らせを聞いても、サクラちゃんは眉一つ動かさずに、冷静に頷く。
おおよその覚悟は、出来ていたのだろう。
「私ね、嬉しかったの」
沈黙が続く中、サクラちゃんはぽつりと呟く。
小さいけれど、しっかりとした声音で。「サスケくんのしたことは許されないことだけど、サスケくんがそこまで私のことを想ってくれてたって分かって、涙が出るくらい嬉しかったの」
眠り続けるカカシ先生の顔を見詰めるサクラちゃん。
でも、彼女の目が映しているのはカカシ先生ではなく、遠い場所にいる彼の姿。
少しの気配も感じ取れないくらい離れているのに、彼らの心は、なんて近い。「私、悪い女でしょ」
顔を上げたサクラちゃんは、綺麗に綺麗に笑った。
目に涙をためながら。
いつも暗い顔で俯いていたサクラちゃんが、ようやく笑ってくれるようになったのに、俺の胸はきりきりと痛む。
「このまま、ずっとサスケを待ってるつもり?」
「うん」
「いつ牢から出れるか分からないよ」
「うん」
「サクラちゃん、おばあちゃんになっちゃうよ」
「うん」返答はあまりに明瞭で、俺は全く口を挟むことが出来なかった。
サクラちゃんは、変わらない。
アカデミーのときから、自分達の容姿も周りの環境も何もかも移ろっていくのに、彼女のサスケに対する気持ちだけは不変だ。
こんな風にまっすぐに見詰められたら、心の揺れない男なんていないかもしれない。
「幸せ、だね・・・」
それだけ想える人がいるのも、想われている方も。
何だかとても切なくなって、俺はサクラちゃんから視線を逸らす。
自分が好きなのは、ずっとずっとサスケを一途に想い続けているサクラちゃんだと、分かっていたから。
これではいつまでたっても、片思いだ。
「これ、あげる」
椅子から立ち上がった自分は、サクラちゃんの手の上に、鞄から出した紙切れをばさばさと落とす。
意見書、嘆願書、抗議文書、その他もろもろの書類。
目を丸くするサクラちゃんに、俺はにっこりと笑いかけた。「こんだけ提出すれば、サスケの刑も大分軽くなると思うよ。本人十分反省してるし、木ノ葉で一番優秀な血を持つうちはの人間を、里の上層部がこのまま放っておくわけないからね」
あとがき??
結局のところ、サクサスなんですね。
リローデッドに感化されたのは、予知夢のところだけ。
サスケが見た死の夢は一応当たり。サスケがサクラを手放さなかったから、大蛇丸は一緒に連れて行かなかったようです。
ナルチョ達がすぐ近くまで来てたし。
書こうと思った次の瞬間から、1〜4まで一度もつっかえずえらいスムーズに書けた。
心残りは話が緊迫しすぎて濡れ場を書けなかったことだろうか。(笑)まぁ、サスサクだしね。珍しく、書く前に章ごとのおおまかなあらすじを考えました。
1(春)・・・サスケ、サクラを向かえに来る。
2(畠)・・・羅城門にてサスケVSカカシ。
3(扇)・・・大蛇丸、サクラ殺害。
4(渦)・・・ナルチョ、モノローグ。・・・・おおまかすぎるって。
冗談ぬきにこれ以上のことを考えずにふらふら書いていたら、いつの間にかこんな話になっていた。うーん。
ここまで読んでくれている奇特な人がいるのか、どうか。
本編のタイトルは黒澤監督の映画『羅生門』から。
題名はこれだけど、内容は芥川龍之介の『藪の中』みたいです。
登場人物それぞれの視点で物語が進むのですよ。だから、何となくこれにした。
だからサスケが辻斬りをしている場所は別に五条の橋でも良かったのですよ。(弁慶みたいにね)それぞれの章のタイトルはメインキャラの苗字から一字とりました。
サクラが春で、カカシ先生が畠で、サスケが扇で、ナルチョが渦。