迷子


「ああーーーー!!!」
唐突に絶叫したサクラに、カカシとナルトは驚いて振り返った。
「サスケくんがいない!」
「え?」
言われて初めて、二人は後方を歩いていたはずのサスケがいないと気づく。
7班は現在、任務地である菜の国に向かって旅をしている最中だ。
サスケを最後に見たのは、道中、休憩をした茶店だろうか。
元々誰かと連むことを好まないサスケは、7班で行動するときも、大抵一人離れた場所にいる。
だから、彼がはぐれたことに気づくのが遅れてしまった。

 

「腹でもこわして道端で倒れてたりして・・・」
「顔がいいから、どこかの後家にでも拾われて、拉致監禁されたり」
「キャーーー!!!何てこと言うのよー!!」
好き勝手なことを言い出したカカシとナルトをサクラはバシバシと叩く。
あり得ないことではないだけに、サクラの悲嘆は並々ならぬものがあった。

「大丈夫だよ。サスケだって子供じゃないし、向こうで合流出来るだろう」
「あーそれは、無理。路銀は俺が全部持っているし、あいつ、今回あんまり金を持ってこなかったって言っていたから」
「・・・じゃあ、やっぱりあの小綺麗な顔を使って身売りをして、金を作るしか」
「いやーー!!サスケくんーーー!!!」
不安を煽るカカシとナルトの会話に、サクラはその場で泣き崩れる。
すっかり二人に玩具にされているサクラだったが、至って真剣な彼女には冗談に聞こえないことばかりだった。

 

 

 

 

小さな地蔵が安置されているお堂。
近くに住むものが供えたのか、果物と団子が置かれている。
お堂の横に座り込んだ少年は、何の躊躇いもなく手を伸ばして団子を頬張った。
「・・・・腐りかけてる」
ぶつぶつと不満を言いながらも、しっかりとそれを胃の中におさめる。
金を使い果たし、飲食店に入ることが出来ない身なのだから、仕方がない。
続いて果物も食そうと手を出した彼は、自分を凝視している二つの眼に気づいた。

「お兄さん、忍びなの?」
いつからいたのか、草むらの中にしゃがみ込んで彼を見つめていたのは、10代半ばの少女だ。
彼よりも、一つか二つは年下だろうか。
「その額当て、忍者の証でしょう?お兄さん」
「・・・うちはサスケだ」
「お兄さん」と繰り返す少女に向かって、彼は抑揚のない声で応える。
まるで愛想はなかったが、それでも反応があったことに少女は嬉しそうに笑って近づいてきた。

 

「サスケさん、こんなところで何をしているの」
「何もしていない。あえて言うなら、迷子だ」
「へぇー」
いやに堂々と宣言するサスケに、少女はくすりと笑って彼を見る。
「ねぇ、忍者って、お金を払うと何でも仕事をしてくれるって、本当?」
「金額が合えばな」
「じゃあ、人殺しもしてくれる?」

小首を傾げながら自分を見ている少女を、サスケは無言のまま見据える。
人好きのする顔にほだされ、つい受け答えをしたが、年若い彼女に似合わない話の流れだ。
難しい表情のサスケを気にせず、少女は彼の目の前で財布を開けて逆さに振った。
出てきたのは小銭ばかりだが、全部合わせれば小判何枚分かにはなる。
おそらく、家にある金をかき集めた、彼女の全財産だろう。

 

「・・・・相手は」
「町の悪徳金貸し『越後屋』と、その用心棒達」
「金貸し?」
「うん。私ね、母は小さいときに死んじゃったけど、父一人子一人でわりと幸せに暮らしていたんだ。でも、父が知り合いの借金の保証人になってから生活が180度変わっちゃった。父の知り合いは失踪して、そのしわ寄せは全部私の父のところに。おまけに、最初に『越後屋』から借りたお金は3両だったはずなのに、一週間で30両になっちゃったのよー」
笑いながら語る少女の話を聞いていると、まるで他人事のようだ。
おそらく、追い詰められた彼女はこうして笑って自分の気持ちも誤魔化すしかないのだろう。
「最初にお金を借りた父の知り合いも『越後屋』の仲間だったの。あいつらは、そういう卑怯なやり方で貧乏人からお金を根こそぎ奪っていくのよ。父は『越後屋』の用心棒にたてついて殺されちゃうし、私は借金返済のために今日明日にも廓に売られそうな感じ」
「役人はどうした」
「『越後屋』がお奉行様にも、ちゃんと袖の下を渡しているみたい。取り締まるどころか、町の内情が外に漏れないよう、関所で見張らせているもの。柳生出身の剣術の達人達が用心棒として『越後屋』にぴったりくっついるから、私は父の仇を討ってくれる強い人を探していたってわけ」
「・・・・・」

聞けば聞くほどひどい話だが、サスケは木ノ葉隠れの里に所属する一人の忍びにすぎない。
そして、依頼は里の本部を通してでないと受けない決まりになっている。
忍びにとって、里の規則を破るのは何よりも恐ろしいことだ。

 

 

「この金では、人を一人も殺せない」
にべもなく断ると、サスケは小銭の入った財布を少女へと返し、立ち上がる。
道の向こうから、嫌な気配が近づきつつあった。
着崩れた衣服の、いかにも浪人といった風体の侍達を引き連れた恰幅のいい商人の男。
彼が少女の話に出てきた『越後屋』の主人に、ほぼ間違いないだろう。

「どこに行ったのかと思えば、街道沿いの路地なんかで何をしていやがる。売られるのが嫌で逃げ出す気だったのか!」
少女を見付けるなり、先頭を行く侍の一人が荒々しく言い放った。
「・・・違うわよ。日課だから、お地蔵さんにお参りに来ただけよ」
先程までの明るい表情は消え去り、少女は萎縮した様子でサスケの後ろの隠れる。
彼らへの嫌悪から思わずとった行動だったが、侍は不機嫌そうに片眉をつり上げてサスケを見た。
「何だ、お前は」
「・・・関わりなき者だ」
自分の服の裾を掴んでいる手を引き離すと、サスケは少女の背中を『越後屋』達の方へと押し出す。
同情はしている。
だが、木ノ葉隠れの忍びとして有益でないことをするつもりはない。

 

「さっさと帰るぞ、サクラ!」
乱暴に腕を掴まれた少女は痛みに顔をしかめる。
全ての人々の悩みや苦しみを救うと言われている地蔵菩薩。
その地蔵のそばで額当てをした人間を見付けたときは、神仏が引き合わせてくれたのだと思った。
だけれど、彼女の望みはあっさりと絶たれてしまったのだ。
悲しみに沈んでいた少女は、侍が持っているのと反対側の腕を誰かに引っ張られ、歩みを止める。
釣られるように振り向いた彼女は、難しい顔をしているサスケと視線を合わせた。

「お前、サクラという名前なのか」
「そうよ」
少し考えるような仕草をしたサスケは、少女の腕を掴む侍の手を振り払い、彼女を自分の背にかばうように立ちはだかった。
「・・・助けてくれないんじゃなかったの」
「気が変わった」
それまで眼中になかったサスケに邪魔をされた『越後屋』達は、怒りに顔を赤くしてサスケを睨み付けている。
「小僧、逆らうつもりか・・・」
「そういうことになるか」
言いながら、サスケは足に固定したホルスターから刃を磨いたばかりのクナイを取り出す。
用心棒の侍達も、その額当てを見ればサスケの身分は分かっていた。
だが、まだ子供と言える年齢の少年。
彼らの方が人数も多く、それぞれ腕に自信もあった。

「サクラの、知り合いか?」
「いいや」
「では、何故そいつに加担する」
「・・・・廓の遊女になるには、すぎた名前だから」
ちらりと彼女を見たサスケは、『越後屋』達には理解出来ないことを口走る。
彼自身にも分からないのだから、他に説明の仕様がない。
「貴様、名を名乗れ!」
「必要ない」
刀を握りながら距離を縮めてくる侍達に対し、サスケは微かに口元を緩めて呟く。
「だって、すぐに死ぬんだから」

 

 

白刃一閃、足元に落ちたものを訝しげに見ると、それは人間の手だった。
同様に、地面に転がっているのは用心棒として雇った3人の侍の首。
手首から噴き出した血飛沫を見て、初めて『越後屋』は自分が叫び声を上げていることに気づく。
腕が違うというレベルではない。
相手の動きが全く視界に入らず、ただ恐怖だけが心を支配していた。

「悪い・・・、狙いが逸れた」
それが、彼が最後に耳にした言葉だ。
仲良く4つ並んだ首と血を流す胴体を一瞥し、サスケは後方を見やる。
瞬きをする間に起きた出来事に、少女の頭はついていかないようだった。

 

「『越後屋』の用心棒とやらは、これで全部か」
呆然としたまま首をゆっくりと縦に動かした少女を確認し、サスケは踵を返した。
「仲間割れをして斬り合ったことにしておけ。絶対に俺の名前は出すなよ」
主が死ねば、店はおのずと衰退していく。
町での厄介者が死んで喜ぶ者がいても悲しむ者はいない。
逆に、感謝されて町の人々にもてなされても、サスケにとっては迷惑だった。

「あ、あの・・・」
歩き出して数分経ってから、ようやく少女はサスケを追いかけてきた。
無視して行こうとしたサスケの前に立った少女は、彼の前に懐から出した財布を差し出す。
「これ」
「いらない」
即答したサスケは、その脇を素通りしながら彼女に声をかける。
「金をもらったら任務としてやったことになる。それは、お前が自分のために使え」

 

気の強い少女だったが、彼女はもう二度と前のような朗らかな笑顔はサスケに見せない。
ただ、怯えた眼差しで俯いている。
何の躊躇いもなく人を殺せるという意味では、侍と忍びは同じ人種だ。
ただ、そこにどのような利害が絡むかの違い。
仕事を終えた忍びが長くその場所に滞在しないのは、自分達が異質な存在だと理解しているからだろうか。

 

 

 

「サスケくんーーーー!!!」
次の宿場の入り口付近で待ちかまえていたサクラは、夜道を歩いてくるサスケを見るなり喜んで飛び付いてきた。
日は暮れていたが、提灯を片手に道を照らしていたサクラは感激もひとしおだ。
薄情なカカシとナルトはとっくに宿に向かい、今頃夕食を食べている頃だろう。
だが、二人に脅かされ続けたサクラは、サスケが心配で何も喉を通らない。
「また会えて良かったよー」
道行く人の目はいくらかあったが、珍しいことにサスケは何も言わなかった。

「・・・・血の匂い」
彼の胸に顔を埋めていたサクラは、僅かな残り香に眉をひそめる。
「怪我をしたの?」
「いいや」
いつも多くは語らないサスケだが、サクラにはそれで十分だ。
彼の瞳を暫しの間見つめていたサクラは、徐々に顔を綻ばせていく。
「無事で、良かった」


あとがき??
漫画のサムライチャンプルーのジンを見て書きたくなっただけでした。まぁ、深いことを考えないでさらりと読む話ということで。
サスケは名前が一緒じゃなかったら、そのまま放っていたと思います。
そう考えると、ジンの方が優しいのかな?
サスケは、忍者って寂しいなぁと少々憂鬱な気分だったのでサクラに会えてちょっとほっとしている感じ。
サクラはサスケが人の腕を斬ろうが首を斬ろうが、かまわずにくっついてきます。同類だから。

NARUTOの世界は一両=10円のようだけれど、それだと金額がえらいことになるので、普通に1両=10万円、ということで。


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