異類婚姻奇譚 1
逃げて逃げて逃げて、へとへとになったサクラは蹲ったまま動けなくなる。
追っ手がすぐ近くまでやってきていることは気配で分かるが、もう体力の限界だ。
信太の森の奥深く、梟の鳴く声が木霊する中、肩で息をするサクラは暗闇に浮かぶ月を見上げる。
周囲が真っ暗なため、黄金色に輝く月がいやに鮮明に映った。
仲間は逃げる間に全員殺され、こうして生き残ったのは医療忍者であるサクラのみ。
だが、サクラが捕らえられるのも時間の問題だった。
任務に失敗し、敵に盗まれた大事な巻物を奪い返せず死ぬのはひどく心残りだ。
最後に一度、恋人であるカカシの声を聞きたいと思ったが、里から遠く離れたこの土地では無理な話だった。
背後に草を踏む音を聞いたサクラは、予想より早く発見されたことに舌打ちしながら、勢いよく振り返る。
せめて一太刀なりとも浴びせてやろうとクナイを片手に身構えたものの、彼女の足は一歩も進むことなく止まった。
きらきらと光るものが、サクラの眼前に立っている。
いや、わずかに発光しているのは金色の髪のみで、それは人によく似た少年の形をしていた。
人間ではないとすぐに分かったのは、尋常ではない妖気と、彼の頭についた動物の耳のような物のせいだ。「そういえば、この森ってば人食い妖怪が出るとか、聞いたような・・・・」
呟きをもらすサクラは、じろじろとその少年を爪先から頭まで観察する。
月の優しい光に似た金髪がとても綺麗だ。
睨むようにサクラを見ていたその眼差しが、ふいに困惑したものに変わったのをサクラは見逃さなかった。
「・・・・普通に喋れるんだ」
「えっ?」
「人間って、ギャーとかワーとかしか言えないのかと思った・・・・・」
少年の口調は心底戸惑っているようだったが、妖怪が人語を解すると知ったサクラの方が驚きだった。
しかし、妖怪を前にした人間が恐怖のため絶叫しか出来なかったというのは、なんとなく分かる。
サクラとて、今が普通の状況ならば一目散に駆け出していたことだろう。
「ねえ、この森に住んでる人食い妖怪って、あなたのこと?」
「うん」
即答した少年に、サクラは思わず安堵の微笑を浮かべていた。
「そっかーー。うん、いいよ。早く私のこと食べちゃって!!」
サクラがにこにこと笑って言うと、少年はますます困惑した顔つきになった。
「・・・・・そんなこと、初めて言われた」
「だって、どのみちこのままじゃ殺されちゃうんだもの。私は女だし、ほら、こんなに可愛いじゃない。強姦されてその後は息があるうちに体を切り刻まれるだろうから、そんな目にあうより残らず食べてもらっちゃった方がいいわ。さ、早く早く」
「・・・・今はそんなにお腹が減ってない」
「えっ!?」
「今日はもう三人も人間を食べたから。森の入り口に落っこちてたんだ」
「・・・・・ああ」
敵にやられて死んだ、サクラの仲間だった三人のことだろうか。
どうやらサクラを追うのが先決と思い、敵はそのまま死体は放置したようだ。
帰り際に捜査して見つからなければ、さぞかし慌てることだろう。「でも、そんなの困るんだけど。ここにいればそのうち見つかるし、早くしてくれないと」
眉間にしわを寄せたサクラが声高に詰め寄ると、少年は目をぱちくりと瞬かせる。
恐怖におののく人間しか見たことがないため、もちろん怒られたことなど皆無だ。
「・・・・・・・変な人間」
首を傾げた少年は、口元を緩め、くすりと笑う。
こうして表情が和らぐと、サクラの目で見て、同じ年頃の少年達となんら変らなかった。
もしかして、意外と整った顔をしているのではないかとサクラが思ったとき、少年は足を踏み出して彼女の体を抱え上げる。
まるで、荷物を脇に抱えるように、軽々と持ち上げられたサクラは唖然として声が出ない。
身長はサクラと変らないが、少年の腕は彼女よりずっと細く、どこにそのような力があったのかと仰天する。「あの・・・私、重いんだけど。平気?」
「大丈夫。牛や馬の方がずっと重いよ」
「・・・・はあ」
牛や馬と比べられるのは心外だったが、妖怪相手になにを言っても無駄な気がした。
「それより、何・・・・・ギャーーーーーーー!!!!」
話すうちに、突然跳躍した少年にサクラは思わず悲鳴を上げる。
おそらく妖術のうちなのだろうが、サクラを抱えたまま少年はあっという間に天高く伸びる木を飛び越えた。
忍者もチャクラを使って枝から枝へ移動することがあるとはいえ、スピードが全然違う。
まるで自分が風になったかのような錯覚をしながら、サクラは少年の腕にしがみついていることしか出来ない。
「今はお腹がすいていないから、非常食にする。暫く時間かかるけど、それならいいよね」
「あ、うん。分かった」
上空を移動するうちに目を回したサクラは、話を半分聞き流しながら生返事をする。
上から下へ、右から左へ、少年に抱えられるサクラは視点が定まらずに気持ちが悪かった。
「ど、どこに向かっているの?」
「巣穴。もう眠いし」
「そう」
もし敵に出くわしても、彼の脚力があれば十分に逃げ切れることが出来そうだ。
ようやく安心できたサクラは、ふと傍らを見て訊ねる。
「私の名前はサクラよ。あなたは?」
「ナルト」
あとがき??
元ネタ『チキタ☆GUGU』。
次はカカシ先生。っていうか、全然カカサクっぽくないですね・・・・。
カカサクというより、カカサク前提のカカ→ナル←サク?
ドシリアスで超暗い話のはずなんですが、これだけだとそんな感じしないです。おかしいな。
『鬼魔』と似た話みたいですね。