異類婚姻奇譚 2


恋人であるサクラが任務中に消息を絶って3ヶ月。
最初の頃は何も喉を通らず呆然と過ごしていたカカシだが、それでは生きていけない。
毎日死んだ恋人の冥福を祈りながら、忙しく任務をこなす日々だ。
そして今カカシが向かっているのは、何か因縁があるのか、サクラの最後の地である信太の森だった。

人食い妖怪が出ると恐れられている森には、金の出る山と、その国の首都を繋ぐ大事な道がある。
周囲は人が進むには困難な地形で、どうしても森の一部を通らなければ発掘した金を運ぶことが出来ない。
その道で、近頃人食い妖怪が頻繁に出没しているらしいのだ。
しかし、そのつど奪われるのは人の命ではなく、積荷の金。
妖怪の世界で金の需要があるのかは不明だが、政務を司る者達は国の大切な収入源を絶たれ、非常に頭を悩ませているらしい。
そこで、木ノ葉隠れの里に妖怪退治の依頼が来たというわけだった。

 

 

 

「何やってるんですか!危ないですよ」
「へーき、へーき。ちょっと散歩してくるだけだから」
つい怒鳴るように言ってしまった部下に、カカシは手を横に振って応える。
問題の森の近くの村にたどり着き、妖怪退治の対策を練る中、ふいにカカシが会議の席を立ったのだ。
気になった中忍があとをつけると、カカシは一人で森に向かって歩いていく。
慌てて止めた中忍だったが、カカシの意志は固いらしい。
「俺の恋人が、少し前にここで死んだんだ。話は、聞いたことがあるだろう」
「・・・・・はい」
「ちょっと線香をあげるだけだよ。お願いだから、一人にしてくれ」
「・・・・」
悲しげに言われてしまっては、中忍も何も言葉を返すことが出来ない。
大事な人を失った痛みは本人にしか分からないことだろう。
カカシは小脇に抱えた荷物を彼の前で広げて見せたが、そこには確かに線香が入っていた。

「すぐに、戻ってくださいね。妖怪は妖術を使ううえにすばしっこくて、一人で相手をすればまずやられますよ」
「ああ。悪いな」
厳しい口調で忠告をする中忍に、カカシは少しだけ頬を緩めて笑顔を見せる。
その微笑が不思議と穏やかなものだったから、中忍は胸騒を覚えた。
森の住む妖怪はよほど強い力を持っているのか、度々退治のために雇われた者がやってきては返り討ちにされているらしい。
もしカカシが何の準備もなく妖怪に出くわせば、抵抗も出来ずに殺されるに決まっている。
また、それをカカシは望んでいるのではないか。
恋人が死んだ森で、自分も命を絶つことを・・・・。

 

「どうした?」
暗い表情で俯いていた中忍は、カカシに肩を叩かれてはっとなる。
「・・・いえ。お気をつけて」
「うん」
小さく頷くと、カカシは踵を返して森の中へと入っていく。
遠ざかる後姿を黙って見守る中忍だったが、もう会えないような不安にかられ、目を離すことが出来ない。
また、彼の予感は、半分は当たっていたのだ。

 

 

 

「ここらでいいかなぁ・・・・・」
15分ほど進んだ地点で、カカシは周囲を見回して呟いた。
サクラが死んだ場所など誰も分からないのだから、これ以上歩いても無駄だ。
「南無」
適当な木の前でしゃがみ込み、線香に火をつけたカカシは両手を合わせて経文を唱える。
坊主ではないため所々いい加減だが、心がこもっていれば十分のはずだ。
サクラのことを何よりも思って拝んでいるのだから。

静かな森に風が木の葉を揺らす音と鳥の声だけが響いていたが、その中に小さな足音が混じった気がして、カカシは祈りを中断して後ろを振り返る。
数メートル先にある木陰からカカシの様子を窺っているのは、金色の髪に青い瞳の、小さな子供だった。
まだ、2つか3つくらいだろうか。
紺絣の着物を身に付け、髪を短く切っているから男の子かもしれない。
「やあ」
カカシがにっこりと笑いかけると、子供も木の後ろに隠れながらはにかんだ笑顔を見せる。
思わず気分が和んだカカシだったが、同時に、激しい違和感を持った。
ここは人食い妖怪が出るという、森の中だ。
普通の子供がふらふらとこのあたりを歩いているはずがない。

 

「君は・・・・」
「タルトー、どこにいるのーー」
立ち上がった瞬間、続いて聞こえてきた女の声に、カカシは今度こそ度肝を抜かれる。
聞き覚えのあるその声音は、あまりに死んだ恋人にそっくりだ。
呆然と立ち尽くす中、木立の陰から飛び出してきた少女がその子供に駆け寄った。
声だけでなく、桃色の髪の少女は容姿までサクラに瓜二つ、別人と考える方が難しい。
「良かったー。もう、一人で出歩いちゃ駄目ってあれほど言ったのに・・・・・ん?」
子供の肩に手を置いて叱り付けた少女は、そのときになってようやく、子供が見ている物の方向へと視線を向けた。
そして、カカシと目が合うなり、彼女の顔はゆっくりと驚愕の態に変わっていく。

「カカシ先生だーー!!久しぶりー、何でここに!?」
「・・・・・」
ぽかんと口を大きく開けたまま、カカシは全く思考が停止してしまった。
死んだはずのサクラが、すぐ目の前で笑っている。
彼女に会いたいという願望が見せた夢や幻にしては妙にリアルだ。
「ママ・・・・」
「ああ、この人はね、ママの先生だった人なのよ。こう見えて、木ノ葉の里ではエリートだったんだから」
「ま、ママ!!?」
「うん。これ、私の息子でタルトっていう名前なの。可愛いでしょうvv」
子供を抱えあげたサクラは、満面の笑みで彼に頬擦りをする。
優しく子供の顔を見つめる仕草は確かに母親然としていたが、納得できるはずがない。

「う、嘘だ。サクラがいなくなって、まだ3ヶ月しか経ってないじゃないか。里にいたときは子供の話なんて・・・」
「妖怪の子だからかしらね。お腹が大きくなったと思ったら、一週間くらいでするりと産まれちゃったの。この子、大きく見えるけどまだ
2ヶ月の赤ん坊なのよ」
「妖怪って、まさか・・・・」
「いろいろ住んでるけど、私の旦那は人食いって言われてる妖怪よ。狐みたいな耳が頭に生えていて、可愛いの」
明るい口調で説明したサクラは、笑顔のまま木々の先を指差した。
「家、こっちなんだけど、会っていく?話してみれば先生もすぐ気に入ると思うわよ」
「・・・・」

 

無言になったカカシは、とりあえず額に手を置いて考え出す。
話があまりに急展開で付いていけない。
死んだと思っていた恋人が生きていた。
しかも、妖怪の子供を産んで幸せに暮らしていて、旦那は可愛くていい奴らしい。
だが、カカシがこの森にやってきた理由は、その妖怪を退治するためなのだ。
そして、サクラの死に暫く立ち直れないほど悲しんだというのに、当の本人が妙にあっけらかんとしているのも少し腹が立つ。

「サクラ、俺と一緒に逃げよう」
「えっ!?」
「その妖怪はもうすぐ退治される。木ノ葉の優秀な忍び達が集まって、今、妖怪を殺す囲いを作る相談をしているんだ。一緒にいるとサクラまで妖怪の仲間だと思われて殺されるぞ」
「・・・・・・それは困ったわね」
真剣な眼差しで語るカカシからその深刻さが伝わり、サクラは眉を寄せて目を伏せた。
「先生、何か、助ける方法はないかしら」
「何でそんなこと言うのさ・・・」
頬を膨らませたカカシは、いらつきながら強引にサクラの肩を掴んで引き寄せる。
恋人のサクラの命は助けたいが、人を食う悪い妖怪まで救おうとは思えない。
何しろ、その妖怪に食われて死んだ人間の数は大人から子供まで、10や20ではないのだ。

「だって、私はもうナルトのこと見殺しになんて出来ないもの・・・」
子供を抱えるサクラは、その腕にわずかに力を加えたようだ。
サクラは昔から優しい子供で、敵であっても自ら手をかけて殺すことはなかったと記憶している。
一緒に過ごすうちに情が移ったのかと思ったカカシだが、そもそも何故サクラが殺されずに妖怪と一緒にいられるのかが、大きな謎だった。


あとがき??
長くなった。もっと短い話のはずが。おかしい。
この話、インモラルな内容なので、そのあたりよろしく・・・・・。


暗い部屋に戻る