異種婚姻奇譚 6
「次は、次は?サクラちゃん、何が欲しい?」
「もー、大丈夫だって」
せっつくナルトに、サクラは苦笑で応える。
森の中の一軒家とは思えない住宅を作り、服や食べ物も十分に出してもらった。
他に望むものと言われても、すぐには思いつかない。
「ああ、一つ望みがあるわ」
「何!」
「人間を食べないこと」
「・・・・・・」
とたんに泣きそうな顔になったナルトを見て、サクラは慌ててその頭に手を置く。
「ナルトも食べないと生きていけないんだものね。じゃあ、死んじゃった人の供養のつもりで、いいことを何かしましょうよ」
「いいこと??」
「うん。この前、様子見で人里に行ったときに、こんな話を聞いたのよ」今まで数多くの人間の命を奪って生きてきたナルトの、償いのつもりだった。
ナルトが100人を殺したのなら、ナルトのために100人を救おう。
森を通る荷車を襲って奪った金は全て、食うにも困る生活を送る家々の戸口へさりげなく置いてきた。
金山の管理を任されている代官は採掘場で働く里の人々にろくな給金を支払わず、私腹を肥やしているという噂だ。
ナルトとサクラが狙ったのは、年に数回、公用に治めるものとは別に代官の蔵へと運ばれる金塊ばかりだった。
しかし、代官は自分の不正は隠した上で、全ての金を妖怪に奪われたと嘘をついたらしい。
それ故にカカシを含む木ノ葉隠れの里の精鋭が、妖怪退治のために雇われたというわけだった。
「なかなか強情な娘のようだな・・・・」
醜く肥えた白髪頭の代官と対面しても、サクラは口をつぐんだまま横を向いている。
代官宅の庭先に引き出されたサクラは、両手を後ろ手に縛られ、顔にはいくつも青あざが出来ていた。
もちろん膨らんだ腹部を見れば彼女が妊婦であることはすぐ分かる。
座敷の外側に設けた、細長い板敷きの部分に立つ代官は、行政を管掌する地方官とは思えぬ下品な笑いを口元に浮かべてみせた。
「人食い妖怪を何故かばうのだ。聞けば、妖怪に拐かされた身の上という。奴の根城と盗んだ金のありかを吐けば解放してやる」
「・・・・・・」
何を言われても、サクラは彼と目を合わせることもしない。
今まで散々顔を打ち据えられ、冷水を浴びせられたのだから恨み骨髄に徹している。
自分一人ならば簡単ではないにしろ逃げる手段はあるが、おめおめと従うしかないことが口惜しかった。「妖怪の子には、逃げられて惜しいことをした。皮を剥いで晒し者にすればさぞ見物であったろうに」
それまで無表情だったサクラの顔が、楽しげな代官の声を耳にしたとたん険しくなる。
「妖怪の顔を見て生き延びた者が、あの童を見てそっくりだと言いおってな。それで、そなたの素性を調べて事が露見した。今、腹にいるのも妖怪の子か?」
「・・・・・」
「言わずとも、腹を割いて引きずり出せばはっきりするであろう」
閉じられた代官の扇の音が、いやに大きく響く。
それまで腹の子にあえて手を出さずにいたのは、取引に使う最期の材料だったからだ。
ついに進退窮まった状況に陥ったことを悟ったサクラは、ようやく顔を上げて代官の顔を見つめた。
「この子に手を出したら、あんた達全員まとめて殺してやる」
「ほう、そなたがか?」
小さな虫けらを見るような眼差しをサクラに向けると、代官はからからと大きな声で笑う。
それにつられ、家臣達の間にもざわざわと失笑が広がった。
見るからにひ弱な少女、武器もなく、体を拘束されているというのに大口を叩く姿が心底可笑しい。
揶揄混じりの笑いの中、サクラの瞳は真っ直ぐに代官に見据え、全くそらされなかった。その場が元のような静けさを取り戻したのは、ふいに、サクラの表情が緩んだからだ。
サクラは確かに笑っていた。
代官を含め、全ての人間達を嘲るような、冷笑。
「・・・・・何故、可笑しい」
「失礼、お代官様の笑ったお顔がヒキガエルとよく似ていらっしゃったので。カエルの方がずっと可愛らしいですけれど」
にっこりと明るく微笑んだサクラの返答に、空気が凍り付いたようだった。「首をはねよ!」
「ですが、人質が・・・」
「必要ない!!妖怪の子供を産んだこの娘もまた、妖怪だ。成敗してくれる」
自分まで斬られそうな勢いの代官の怒声に、近習はすくみ上がる。
女、しかも身重の体を斬ることには抵抗があったが、それも仕方がない。
サクラはすぐにも両肩を押さえられ、目の前には刀を抜いた侍が歩み寄った。
「お覚悟を」
臨月の体で忍術を使い、腹の子にどれほど負担がかかるか分からないが、他に手はない。
縄抜けをして、とっくに自由になっていた手で幻術の印を組もうとしたそのとき、サクラの視線の先にあった代官の体が前に傾ぐ。
その後ろに立っていたのは、金色の髪をした少年だ。
「ナルト!」
叫ぶ間に、サクラの両側にいた侍達が次々に倒れていった。
ギョッとしたサクラだったが、見る分にはその体に外傷はない。
「死んではいないよ」
サクラの危惧することを知っていたのか、ナルトは薄く微笑んで言う。
家中の者が驚いて集まってきたが、その中の一人としてナルトの体に触れることも出来ない。
ナルトが指を一つ動かすだけで武器はどこかへ消し飛び、家来達は次々昏倒する。
力の差は圧倒的だった。ナルトが来たから、もう大丈夫だ。
張りつめていた気が緩んだ瞬間に、突然サクラの体に痛みが走った。
外側ではなく、内側から生じる痛みだ。
「サクラちゃん!!」
気づいたナルトが慌てて駆け寄るが、サクラは満足に返事をすることも出来ず蹲る。
母親の精神的な疲労や肉体の苦痛に、今まで腹の赤子が耐えていたことの方が不思議なのだ。「もうちょっと、頑張って。医者のところに向かう」
掌を握ったナルトが、耳元で囁くのが聞こえる。
辛く、苦しかったが、サクラの瞳から涙が溢れたのは体の痛みが原因なわけではなかった。
ナルトが自分を助けに来た、その意味を悟っていたからだ。
カカシに教えられたとおり、地図を頭に思い描いてサクラを病院へと運んだナルトは、彼女が無事人間に発見されるのを確認し、屋根の上でほっと息をつく。
それと同時に、自分の体からみるみるうちに力が失われていくのを感じた。
生きているからには、誰でも死ぬのは嫌だ。
命は惜しい。
それなのに、ナルトはちっとも怖いとは思えなかった。
ただ、サクラを救い出せたことへの安堵感だけが胸にある。「サクラちゃん・・・・」
サクラやカカシが皆を助けるために、自分を先に食べて欲しいと言い出したことが、今なら理解出来た。
そして、何だかとても体が温かくなったのだ。
もしかすると、こうした気持ちを、人間は「幸福」と呼んでいるのかもしれない。
あとがき??
ようやく次で終わりー。長すぎですよ、もう!(涙)
後先考えずに書き始めるのはやめましょう。