異種婚姻奇譚 7


カカシが国元に密告したことにより、横領の事実が発覚した代官は失脚し、詰め腹を切らされた。
騒ぎのあと、難産の末に女児を産み落としたサクラはそのまま入院生活を送っている。
平温な毎日だ。
カカシがいて、タルトがいて、以前と違うのは家族が一人増えたことと、家族が一人減ったこと。
ナルトは最初から分かっていた。
森を離れれば、妖力が消え、その体も消えて無くなるということを。
それでも、ナルトはサクラのもとへ駆けつけることを選んだのだ。

 

 

「サクラ、少しは食べないと」
サクラのために、毎日病院に通って看病をしているカカシは、いろいろと彼女の好きな食べ物を持ってくる。
それでも、サクラが口にするのは一日に一匙の水分くらいだ。
「・・・・ごめんなさい」
すっかり体が細くなったサクラは、申し訳なさそうにカカシを見やった。
ふと目を離すとそのまま消えてしまいそうな儚げな笑みに、カカシは思わず涙ぐみそうになる。
責任を感じているのだろう。
自分のせいで、ナルトが死んでしまったことに。

サクラの意識がはっきりしたときには、すでにナルトはいなくなった後だった。
別れの挨拶すら出来なかったことを、サクラはひたすら後悔している。
このまま泣き暮らす日々を送れば、サクラも長くはないだろう。
近頃のサクラの顔には、カカシの目に、はっきりと死相が表れているような気がした。

「・・・・・サクラを、連れて行かないでくれよ」
託児所に子供達を迎えに行く道すがら、カカシは重い気持ちで呟く。
子供達のためにも、カカシだけは弱気なところは見せられない。
だが、ナルトに続いてサクラまで失えば、本当に自分もどうにかなってしまいそうだ。
サクラの心の傷を癒せるのがナルトだけだとしたら、もうカカシには手の打ちようがなかった。

 

 

 

花壇にすくすくと育ったひまわり達は、その日も太陽に向かって咲いている。
黄色い花びらを見たサクラは、その花をナルトに似ていると思った。
花壇に咲く地上のお日様だ。
周りの皆を照らして、心を明るくしてくれる。

「サクラちゃん」
呼びかけに反応して振り向いたサクラは、ナルトの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「ナルト」
「サクラちゃんにプレゼントだよ。サクラちゃんに見てもらいたくて、俺、ここに種を埋めたんだ」
「うん、凄く綺麗で、嬉しくなっちゃった!有り難う」
感情のままに飛びつくと、ナルトからは日の光に干した洗濯物と同じいい匂いがする。
やはり、ナルトは太陽そのものだ。
月の下で見るナルトも綺麗だが、日の下で見るナルトはもっともっと輝いていた。

 

「サクラちゃん、俺さ、サクラちゃんにさよならしないといけないんだ。これから遠いところに行くの」
「えっ!!」
驚きの声をあげたサクラは、ナルトの瞳をまじまじと見据える。
ナルトは嘘をつかない。
冗談ではなく、本気なのだろう。
「そんなの嫌よ!!行かないで!」
「俺だってサクラちゃんのそばにいたい。でも、もう行かないと・・・」
急に泣き出したサクラをなだめるように、ナルトは彼女の体を優しく抱きしめる。
そして、サクラはナルトの肩越しに人影を見つけた。

金色の髪の、一対の若夫婦が少し先にある小道からナルトとサクラを眺めている。
どこかで会ったような覚えがあると思ったが、ナルトに面影が似ているのだ。
「あの人達は?」
「俺の父ちゃんと母ちゃん。俺を迎えに来てくれたんだ。一緒に行くんだよ」
「・・・そう」
ナルトが嬉しそうに笑ったから、サクラは少しホッとした気持ちで頬を緩める。
何か、事情があってのことなのだろう。
そうでなければ、ナルトが自分から離れたいなどと言い出すはずがない。
これ以上我が儘を言っても、ナルトを困らせるだけだった。

「もう、会えないの?」
「そんなことないよ。俺がこれから行くところは、それは素晴らしいところなんだ。サクラちゃんも、カカシ先生も、タルトも、先生とサクラちゃんの赤ちゃんも、みんなみんな、いつか来る場所だよ」
話しながら、ナルトはサクラの頬を濡らす涙を拭う。
「急がないで、ゆっくりと来ればいい。また、絶対に会えるんだから」
「うん」
「俺、サクラちゃんに会えて幸せだった」
サクラの両手をしっかりと握り、太陽のような笑顔でナルトはサクラに告げた。
「さようなら」

 

 

夢を見ているのかと思ってしまった。
朝、カカシがいつものように病室を訪れると、昨日とは打って変わってサクラがガツガツと朝食を食べている。
とはいえ、今までほとんど胃に入れていなかったため、薄いおかゆだ。
「朝になったら、何か食べたいって言い出したから、急いで用意したんですよ」
担当の看護婦も首をかしげてカカシに説明する。
まだ信じられずにサクラを見ていると、ふいに彼女がカカシを見上げた。
「先生、森に連れて行ってくれる?」
「え、森って、俺達の家があった」
「そう。ひまわりを観に行かないといけないの、私」

 

 

 

タルトや赤ん坊を連れ、カカシと共に森に入ったサクラだったが、立派な家が立っていた場所は更地になっていた。
ナルトの妖術で作り出した物は、彼が消えるのと同時に消滅している。
タルトの遊具として作った砂場やブランコも何もない。
ただ一つ、残っていたのはサクラがこの場所に来てすぐに、暇つぶしで花を育てた花壇だけだ。
そして、サクラの言ったとおりに、そこには花開いたばかりのひまわりが所狭しと咲き誇っていた。
時折人里に行ったサクラが買うのは花の球根から野菜の苗まで様々で、その中にひまわりの種があったのだろう。

「何で分かったの?」
ナルトが何かを埋めていたのは知っていたが、どの種類の花か聞いていなかったカカシは目を丸くして訊ねた。
自分より背の高いひまわりを見つめていたサクラは、振り返り、穏やかに微笑する。
ナルトがいなくなって以来、久しぶりに見た、サクラの明るい笑顔だ。
「ママが笑ってる!」
カカシと同じ心情だったのか、はしゃぐ声を出すタルトにサクラは優しく笑いかけた。
「ごめんね。これからはずーっと笑顔でいるから」
「うん」
自分に駆け寄り、抱きついてくるタルトの背中にサクラはそっと手を置く。
こんなに小さな子供にまで心配をかけていたとは、全く母親失格だった。

 

「サクラ、ずっと言おうと思っていたんだけど、木ノ葉隠れの里に帰らないか」
「えっ?」
サクラが驚きの声をあげて傍らに目をやると、赤ん坊を腕に抱くカカシは珍しく真顔だった。
「そして、結婚しよう。子供達を育てるには、こんな知り合いもいない場所より、サクラの両親や友達がいるところの方がいいだろう。重い罰を受けることになると思うけど、何とか頑張るからさ」
「で、でも、私は人食いの妖怪の子供を産んだのよ。一緒に里に戻ったら先生まで白い目で見られるかも。子供達は私が面倒を見るから、先生一人の方が・・・・」
「馬鹿なこと言わないでよ。サクラもタルトも、俺が守るよ。それに、この子もね」
腕の中の赤ん坊を抱え直したカカシは、とろけるような笑顔で愛娘を見つめた。
それまで気持ちの余裕がなく、サクラはまともに赤ん坊の顔すら見ていなかったというのに、カカシはずっと世話をしていてくれたのだ。
あまりに申し訳が無くて、サクラは胸が痛くなってくる。

「・・・・先生って人が良すぎるよ。任務を放棄したうえに、私の我が侭に付き合ってくれちゃって。私、先生のことそっちのけでナルトの方ばっかり見てたのに」
「そりゃ最初はちょっとショックだったけどさ、ナルトを大切に守ろうとしているサクラのことも、やっぱり好きだって思えちゃったんだもの」
「・・・・・」
「ま、サクラが嫌だって言っても、無理やり攫っていくけどねぇ」
「それじゃ、私に選択の余地がないじゃない!」
「そういうこと」
身を乗り出したカカシのキスを、目を閉じたサクラは黙って受け入れる。
ナルトの言っていた、皆がたどり着くという素晴らしい場所。
そこに行くまで、彼と手を繋いで歩くことが出来たら、どれほど素敵だろうか。
「ずるいずるいーー!」
「はいはい」
足元でわめくタルトに服を引っ張られ、サクラは苦笑して彼の頬に口付けた。

 

いつか必ずまた会える、太陽の笑顔。
サクラにもカカシにも、それはまだ、ずっとずっと先のことになりそうだった。


あとがき??
長々と続きましたが、ここまで読んでくださった方、有難うございました。(果たしているのか・・・)
あの、パラレルになるとサクラの貞操に対する意識が急激に低下するもので。子供二人も作ってすみません。
私のくノ一に対する考え方ってこんな感じ。
しかし、見事に最初に考えた話と別物になりました。
サクラが行動を共にするのは妖怪じゃなかったし、子供なんて出来ないし、そもそもナルトは出てこないし、カカシ先生がサクラ殺しの任務を引き受けるし、ダーク路線突っ走る話だったんです。
おかしいな・・・・なんでこんなことに。
『チキタ☆
GUGU』ネタを入れようと思ったせいだと思います。
何はともあれ、完結できて良かったです。


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