昔の人
子供を殺すことを厭う忍びは多い。
だけれど、その人はまるで躊躇うことなくしてのけた。
相手はまだ下忍になりたての、十にも満たない年齢の少女だ。
助けてくれと、涙ながらに懇願した。
彼女が里を裏切る行為を働いたのは、病に倒れた母親のためだ。
たった一人の身内を救うために、どうしても金が必要だった。「お前ね、情にほだされたりしていたら、この世界で長生きできないよ」
犬の顔の面をずらした彼は、冷ややかな眼差しを向けて言う。
ある意味彼は優しかったのかもしれない。
苦しむことがないように、一太刀で死ねる場所を狙って彼女にクナイを突き刺した。
いや、任務が長引くことが面倒で、手早く始末したという考え方も出来る。
なんとなく後者が正解のように思えてしまうのは、暗部に入ったばかりでまだ彼をよく知らないせいだ。「生きていくには、情も必要でしょう・・・・」
「ここにいる間はいらないよ」
無線で仲間を呼ぶと、彼は淡々とした口調で続ける。
「暗部なんかに志願してやってくるのは、どいつもこいつも家族を亡くしたはぐれ者・・・・待っている人間なんていやしない。俺はここにいる、死にたがりの烏合の衆がなかなか気に入っているんだ」
駆けつけた仲間に身振りで指示を出し、小声で話す彼を見ながら考えた。
逆、のような気がする。
欲していなければ、そうした言葉が出てくるはずがない。
「もし、あなたを心配して待っていてくれる人がいたら?」
なんとなしに訊ねてみると、俯き加減に自分を見据えた彼は、ひどく寂しげに笑ってみせた。
「どこにいる」
いつ死んでもいいと思っていたのに、そうした考えを持つ人物にかぎって、なかなか死ねないらしい。
自分も彼も、里長の命令によって地の底を這うような暗がりから、光の差す場所へと引き上げられた。
仲間が死ぬか、自分が殺すか、毎日のように血の匂いをかいでいたあの頃とは違い、平時のときは何をするのも自由だ。
中には変化した環境に慣れずに暗部に戻ることを望む者も多いと聞き、本当に根暗な集団に所属していたと思う。
この平穏に安らぎを覚えられるということは、自分はまだまともな思考を持ち合わせていたらしい。
「今度こんなことしたら、本当に許さないから!」
「だからごめんって・・・・イテテッ」
カカシの腕に包帯を巻くサクラの動作はひどく乱暴で、治療しているのか、悪化させているのか分からない。
それだけ彼女が怒っているということだ。
「先生もナルトも、何で怪我をしてもすぐに私に言わないのよ。痩せ我慢ばかりして、化膿しちゃったじゃない」
ぶつぶつと呟くサクラの目は鋭く釣りあがり、上忍であってもびくついてしまうような迫力がある。
「ほら、男の子はさ、好きな女の子の前ではいい格好していたいんだよ」
あいている方の手で頭をかいたカカシを、サクラはじろりとねめつけた。
「・・・・・男の子っていう年齢ですか。ずうずうしいにもほどがありますよ」
「あれ、突っ込むところは、そこなの?」いつも暗い瞳で任務を遂行していた先輩と、年下の少女にやりこめられて喜んでいるカカシは、到底同一人物とは思えなかった。
少々がっかりな気持ちもあるが、おそらく今のカカシが本当の彼なのだろう。
「先輩・・・変りましたよね」
肩を怒らせたサクラがナルト達のところに戻ったのを見計らって声をかけると、カカシは不思議そうに首を傾げた。
「そう?」
「全然違いますよ」
以前のカカシならば、仲間であろうとけして他人に心を許さなかった。
今のように晴れやかに笑うことも、冗談を言うこともなく、口を開けば仕事に関する話題ばかりだ。
「どんな風に変ったと思う?」
「・・・・隙だらけっていうか、なんだか、よわっちくなりました」
ヤマトが正直に自分の気持ちをさらけ出すと、一瞬の間をあけて、カカシはぷっと吹き出だした。
「あー、そっかー、うん、そうかもねぇ」
弱くなったと言われて、ここまで楽しげに笑う忍びというのも珍しい。
だけれど、カカシには笑顔が似合っている。
彼に釣られて頬を緩めたヤマトは、子供達が彼に懐いているのも、頷ける気がした。「でも、この場所は居心地が良くて、好きなんだ」
微かに微笑んだまま、カカシは教え子達のいる方を見つめて声を出す。
昔、ヤマトは同じような言葉を彼の口から聞いた。
それでも、表情はあのときとはまるで違う。
「俺も、今の先輩の方が好きです」
「よわっちくても?」
「一人じゃないから、弱くても、誰かがフォローしてくれるでしょう」
「そうね」
ふふふっと笑うカカシは、とっておきの秘密を打ち明ける、子供のような瞳をヤマトに向けた。
「俺、見つけちゃったかもしれないよ」彼の穏やかな笑顔は、おそらく、あのときの自分の問いかけに繋がっている。
あとがき??
先生の過去を知っているヤマトさんが羨ましい・・・・・。
死にたがりの烏合の衆は新選組のことですよ。壬生義士伝。
四代目が死んだ後、先生は自暴自棄になって暗部に入ったという設定らしい。
これはいつなんだとか、何でカカシ班にヤマトさんが同行しているのかとか、サクラの医療忍術はどうしたとか、深いことは考えないように・・・。