痴人の愛 Y


死を覚悟してからは、カカシは心を鬼にして行動した。

これまで以上に。
大事なものを作らないように。
未練を残さないように。
自分の死が、他に影響を及ぼさないように。

それなのに。

一番に遠ざけたいと思っていた彼女だけは、カカシがどんなに冷たく当たっても、全く態度を変えなかった。

 

 

「カカシ先生が好き」

言葉で、行動で、サクラは常にまっすぐな気持ちをカカシにぶつけてくる。
そんな彼女を、いとおしく思わない男はいない。
何度も、何度も、サクラを抱きしめてあげたいと思った。
それでも、カカシは自分にはそんな資格はないのだと、言い聞かせた。
短い命。
彼女に期待を持たせては、ならない。

死をも覚悟して自分に挑んできた彼女に、つい、手を差し伸べてしまったのは、大きな誤算。

毎日が、よけいに苦しくなった。
サクラに辛くあたるたびに、かえって自分の心が締め付けられる。
傷つかないはずはないのに、サクラはいつでも自分に笑顔を向けてくる。
もういいよと。
言ってあげたくなった。

 

 

そんなある日、舞い込んできた達成困難な任務。
命の保証のないその任務に仲間の上忍達が顔をしかめる中、カカシだけは密かに狂喜した。
自分の最後に相応しい、大きな任務だと思った。
どこから聞いたのか、サクラに任務内容を問い詰められたが、気持ちは変わるはずもない。

サクラによって料理に毒が混入されたときはさすがに驚いたけれど、彼女を責める気持ちはなかった。
ただ、強すぎる愛情に眩暈がした。
自分を足止めするための行動。
彼女の作った食事を口に運びながら、涙が出そうになる。
馬鹿なことに、自分の死に彼女を道連れにしてしまおうかという考えすら浮かんだ。
適えてはならないことだし、自分の死に場所は、任務に関わる時だと決めている。
任務地に赴く日取りが急遽早まったのは、カカシにとって吉報だった。

サクラに会わずに出発することは少しばかり気がかりだったけれど、彼女の顔を見ると決心がぐらついてしまうことは大いに予想できたことだったから。

 

 

サクラの毒の影響で手足に僅かな痺れが出ていたことが原因だったのか、それとも元々身体の動きが鈍くなっていたのか、カカシは任務開始と同時に大きな怪我を負った。
カカシ死亡の誤報が里に届くほどの。

病室で意識を取り戻したカカシの目に、最初に飛び込んできたのは、別人のように痩せたサクラの姿。

 

「カカシ先生、死んでもいいよ」

カカシと目が合うと、サクラは独り言のようにぽつりと言った。

意外な言葉に、カカシは目を見張る。
サクラの顔に表情はなく、ただ、静かにカカシを見詰めている。

「そんなに早く楽になりたいんだったら、死んでもいい。でもね」
サクラは包帯の巻かれたカカシの手を強く握る。
「覚えておいて。カカシ先生がいなくなったら、私、探しに行くわよ。地の果てだって、地獄の底だって、どこまでも追いかけていく。先生が嫌だって言っても、絶対に離れないから」
途中からは感極まったのか、涙声。
「カカシ先生が私のこと嫌いでも、構わないもの。私がその分好きでいるから、全然、構わないもの」
瞳に涙の雫が浮かんでも、サクラはじっとカカシを見詰めて言葉を続けた。

 

「・・・まいったな」

身体のそこかしこに、ひっ詰めたような鈍い痛みがある。
だけれど、カカシは顔に頬を緩めて明るく笑った。

「俺ね、この世の誰が死んでも、サクラにだけは生きてて欲しいって思ってたんだ。だから、サクラにそんなこと言われたら、死ねなくなっちゃったよ」
一瞬、サクラの呼吸が止まる。
流れていた涙すら止まってしまうほどの、衝撃。

「・・・どういう意味?」
サクラはカカシに問い掛ける。
本当に、分からなかった。
カカシの真意が。

 

カカシはサクラに向かってやわらかく微笑む。
サクラが久々に目にした、下忍時代から見慣れているカカシの笑顔。

「サクラが好きだよ」

たぶん、忍としての人生を貫くよりも、もっと大事な気持ち。
自分が愛さなければ、愛を返されることはないと思っていた。
それがサクラには通用しないらしい。
これでは、もう降参するしかない。

 

忍者としての、自分はここで死んだ。

これからは、サクラと共に、新しく生きていく道を探していくのもいいかもしれない。
カカシは涙の止まらない様子のサクラを横目に、苦笑した。
包帯だらけの自分の身体が自由に動くなら、すぐにも彼女の頭をなでてあげるのに、と思いながら。


あとがき??
うーん。これは最初徹底的にサク→カカが書きたくて出来た話だったのです。
サクラちゃんに冷淡なカカシ先生が書きたかった。
しかし、途中から、やっぱりサクラちゃんのことを好きなカカシ先生に変化してしまった。
私は根性なしです。ハッピーエンド好きーだし。

遅筆のため、思った以上に長くなってしまって、申し訳ないです。


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