吸血遊戯 − サクラサクヒ −
窃盗の罪のほとぼりを冷ますために逃げ込んだ森で、ナルトは奇妙な光景を見た。
そこにいたのは、一人の少女と青年。
薄紅色の髪の少女は意識のない彼の首に噛み付いているように見えた。話には聞いたことがある。
吸血鬼という存在を。
だが、見るのは、初めてだ。
顔を上げ、自分のいる方角を振り向いた少女に、ナルトは躊躇なく近づいた。
「お姉ちゃん、吸血鬼なの」
「そうよ」それが二人の最初の会話だった。
はたから聞くと、間抜けな会話だと思う。
だけれど、ナルトは目の前にいる少女を、少しも怖いと思わなかった。
唇が鮮明な赤でも、紅を差しているのとそう変わらなく見える。
ナルトにとって、吸血鬼よりも人間の方がずっと怖い存在だ。
「あ、続けて続けて。俺、そいつ嫌いなんだ」
ナルトは言いながら懐から取り出したタバコを口に咥えた。
慣れた様子で火をつけると、煙を吐き出す。
おそらくまだ7、8歳であろうナルトには、まるで似合わない動作だった。奇妙な対応に面食らったが、ナルトが不審な行動を取る様子もなく、サクラはあっさりと警戒をとく。
小さな子供なら、どうとでもできるという気持ちもある。
見物人の視線を感じながら、サクラは横たわるその人の首にしゃぶり付いた。
ナルトは律儀にもサクラが食事を終えるまで何も訊ねようとしない。
夕方が近づくと、森は表情を一変させる。
薄暗く、日の光が差しこまない場所は、幼子が泣き出してしまうほどの陰鬱な空気が漂っている。
風にざわつく木々が不安を一層煽ることだろう。
だが、ナルトは平然とした顔で木の幹に寄りかかっている。ほどなく腹の満たされたサクラは上を向いて口元を押さえた。
覚束ない視界に、白い喉を伝う赤い液体が、妙に生々しく映る。
「ねぇ、死んじゃったの?」
ナルトはタバコを持った手でその人物を指し示す。
「うん」
「吸血鬼に血を吸われた人間って、皆、死んじゃうわけ?」
「違う。私の血を少し分けてあげれば生きていられるし、たまに私の仲間になったりする」
「ふーん」
ナルトは冷静な口調で相槌を打つ。
「で、そいつのことは殺しちゃったんだ」
「だって、この人私を人気のない場所に連れ込んで悪戯しようとしたんだもの。許せなくて」
憤るサクラに、ナルトは喉を鳴らして引きつったような笑い声をたてる。「そいつは災難だったね。俺も似たようなことそいつにされた」
ナルトはさらりと言うと、冷めた視線を彼に向ける。
「懲りないから、そんな目にあうんだよ」
その瞳には、同情の光は微塵もなかった。
「ねぇ。俺の血、欲しくない?」
「欲しくない」
「何で」
「今、お腹一杯だもの」
「そう」
ナルトはあからさまにガッカリと肩を落とす。「じゃあ、腹が減ったら俺のところに来なよ。吸わしてあげるから」
サクラは怪訝な顔でナルトを仰ぎ見た。
「死にたいの」
「ううん」
ナルトは首を横に振ると、にかっと笑う。
「後者。仲間になりたい」妙に子供らしく、邪気のない笑顔にサクラは苦笑する。
「変な子」
「よく言われる」
垣間見たサクラの笑顔に、ナルトは心底嬉しそうに笑った。
「お姉ちゃんみたいな人と一緒にいたいなぁと思って。仲間なら、連れて行ってくれるでしょ」
「サクラ」
「え?」
「名前。お姉ちゃんはやめて」
ナルトは大きく頷いてサクラを見詰める。
「んじゃ、サクラちゃん。君みたいな綺麗な人は初めて見ました。一目惚れ」
ナルトにとって、日常生活を送る環境は全く芳しくなかった。
母親はナルトが生まれてすぐに死んだ。
夫以外の男と作った子供を残して。
母親似ならまだ救いはあったが、よりにもよってナルトの金色の髪と青の瞳は母の浮気相手から譲り受けたものだった。
結果、義理の父親が幼いナルトに向けた暴力は凄まじいものがあった。村の人間からは不義の子として冷たい目で見られる。
ナルトの体に青アザのない日はなかった。
飢え死にしそうになったのは、一度や二度ではない。
スリまがいのことをして食いつないだが、見つかると家に連れ戻され父親に殴られた。
この年まで無事生きてこられたことが、嘘のようだ。
ナルトはその日も小高い丘の上から学校へ通う同年代の子供達の列を眺めていた。
彼らとは、口もきいたことがない。
彼らの親が、それを許さなかった。
学校は義務教育だったが、行くことは父に禁じられている。
悲しいとか、悔しいという感情はとうの昔に枯れてしまった。
村人たちに、まるで存在しないかのように扱われる自分は、生きていない、幽霊みたいな人間だとナルトは思っている。ふと気付くと、背後にサクラが立っていた。
人形のように綺麗な顔はそのままで、ナルトは思わず見惚れてしまうところだった。「ああ、サクラちゃん。お腹、すいたの?」
また会えたという感激から、ナルトの顔は自然に綻ぶ。
その顔が苦しげに歪んだかと思うと、サクラは彼の体を抱きしめた。
突然のことに、ナルトはわけが分からず体を硬直させる。
「痛い?」
サクラはナルトの頬を両手ではさみ、その瞳を覗き込む。
ナルトはぱちくりと目を瞬かせた。
言われた意味が、分からなかった。
ナルトの顔は父親に殴られ、いつものように腫れあがっている。
だが、体を気遣うことを言われたのは、生まれて初めてのことだ。「だ、大丈夫だよ」
思わず強がると、サクラは頬を緩めた。
悲しげな微笑み。
その瞬間に、ナルトの胸がズキリと痛む。
自分が彼女にそのような顔をさせたのだと思うと、罪悪感に胸がつぶれそうになる。
「泣かないでよ。こんなの全然痛くないんだから」ナルトが慰めるようなことを言うと、サクラは堪えきれずに涙をこぼした。
自分の境遇を不幸だと思うことすら出来ない子供が、痛ましくて、憐れで仕方がない。
サクラはナルトに興味をひかれ、その生活を見守った。
だけれど、3日ともたなかった。
彼をこのままにしておくことは、できない。「優しいのね」
サクラは抱きしめたナルトの首筋に顔を近づける。
ナルトは目を閉じて、その瞬間を待った。
サクラの、優しい髪の香りを感じながら。
「一緒に行こう」
ナルトの体はサクラと同じ年齢で時を止めた。
サクラと共にありたいと思う気持ちが、それだけ強かったのかもしれない。
あとがき??
すみません。非常に楽しかったです。ナルト別人です。
次はサクラ達とサスケっちの出会い編。これは番外編なのです。本編はカカサク。この話より数十年後の話。
まゆさんのところのパラレル企画に投稿しとうと思った話が本編です。
しかし、本編を書くか分からないのでこっちだけアップしました。
タイトルも仮。
・・・・こういうのって読者に受け入れられるのかよく分からないです。パラレルすぎかな??
いくらでも続きは考えられるんだけどね。
サクラは人を捜して旅をしています。
その人はサクラの大事な人で、ナルトはどこまでいっても片思いです。
そう思うと切ないな。
ちなみに今回の話のテーマ曲は島谷ひとみの『市場に行こう』。
いい曲です!!!
島谷さんの曲でダントツ一番に好き。もう一つ大事な設定。
吸血鬼は不老だけど不死ではありません。